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[現れた女の姿に、男はゆらりと振り向いて、首を傾けた。身を撃ち抜かれる前に対峙していた、人外の存在。彼女に対して緊張や恐怖や嫌悪を抱く事は、最早ない。赤い涙を流しながら、笑むばかりで]
……ぁあ、……
記事。……書かないと……
[僅かに首を縦に振る。それが頷きだったのかどうかは、判然としなかっただろう。赤い水溜りを踏みながら、男は蹌踉と歩き出す。
ジャケットのポケットの内で、デジタルカメラが、死に掛けた蝉の鳴き声のような音を立てながら、稼働していた。水に浸かり切って、本来ならばけして動く事はないだろうそれが。静かに、煩く、]
……ぁ? ……
[幾らか歩いてから、男はその存在に気が付き、緩慢にポケットからそれを取り出して]
……
[ぼんやりと。真にぼんやりと、カメラの裏側の液晶を眺める。其処には男が撮った写真がスライドショーのように映し出されていっていた。
同僚である編集者とカメラマン――もといカメラウーマンの姿。四辻村へと至る山道。四辻村の入り口。立ち並ぶ民家。赤い川。上空から見た集落。バインダーに挟まれていた、何かが書かれた紙]
……?
[首を傾げる。その動きに呼応するように、写真の変移が止まった。紙に刻まれた、象形文字のようなもの――今ならば読める、屍人が用いる文字――を、男は読んでいく。ひゅうひゅうと、呼吸音を零しながら]
ゆあみ かみ
きょうかい ほのお
つちのこ うろぼろす
ふきゅうたい
いかい かみの ち なきごえ
かぶれて
もやす やいば うけしもの
しびと は まもる
うけしものは は
まわり まわり まわり
まわり まわり
[まとまりのない、ほとんどが単語で構成された文面。それを読んだ男の内に、ふっと、何かが過ぎる。変わり切った裡の片隅で、何かの断片が、浮かび上がる]
…… 記者として、
真実を、……暴、……かな、ければ……
[ぽつりと、言葉が漏れる。断片の、一欠けらが。――何処かに存在した、――]
……あ、……はぁ、はぁあ。
ふぅ……っひ、……?
……記事、……書いて……
[再び首を傾げ、暫し静止する。やはり緩慢な動きでカメラをしまい込み、男は再び歩き出した]
……
[視界が、流れ込んでくる。目の前をちらつくように流れていく。絶望の因果に囚われた者達の、それぞれの視界。ノイズが走る光景の群れに、更にノイズが生じていくように、何かが混じり込む。
サブリミナルのように。奥底から。断片が。意識し得ない、脳髄の何処にも有らぬ、だが確かに存在の端に沈み込んだ、何かが。
教誨所。その身を引き上げた。破壊した鍵。書き記す。携帯を囮に。赤い涙を流していない が銃口を向けて私はそれをひきいれてあげようと 変わっていない が変わって見えて私は変わって変わり切れなくてひとでないそれがひとにみえて わたしはなかまにするためにしてあげてそれをおって]
[光景が、言葉が、浮かんでは、消える。
無数の断片は鮮明に再現され、しかし消えた後には、浮かび上がった事すら思い出せずに、存在し得ない筈のもの、へと戻って。
――「記憶」は隠れ潜み続ける。
泡沫の幻燈の後に残るのは、ただ、得体の知れない居心地の悪さ]
……ああぁ、……あぁ……
[呻き声と荒い呼吸音とを漏らしながら、男は揺らぎ歩いていく。まわり、まわり、まわり――**]
……あ、
[近付いてくる足音に気が付き、反応する、それとほぼ同時に抱き付かれた。男はゆっくりと振り向く。少女の姿を視界に入れる。かくまって。かけられた言葉が耳の奥で淡く反響する。
――断片]
……ぅ、……
[変な手紙が。怖くて。あたし。続けられる言葉をじっと聞き入れる。目の前で震える姿を、見下ろす。
――断片]
……あ あ。
一緒に……行こう。……
……離れない、ように…… 気を付けて。
[助けて。響く少女の声に、男は軋んだ声で返す。その相貌からは、赤い涙が絶え間なく流れ落ちる。――断片、は、浮上し、沈殿し、変貌し、積載される。
廻る。繰り返す。
幾度でも。赤き無限の輪が折れ朽ちる*まで*]
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