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―― 蔵 ――
[ホズミに先導されて立ち入る、蔵のなか。
目当てらしき木箱より先に、嫌でも目に付く
白い貝殻の破片。僅かな残骸へ沈痛な面持ち]
…
「割符」が割れるなんて、随分だこと。
ねえ
其の箱も錠も、それだけ古いんだもの。
壊して開けることは、出来るんじゃないかしら。
[語尾を持ち上げずにそう言うと、
木箱に触れるホズミやフユキを見遣る。]
…
[稲荷屋のひとり娘はウミを抱いて佇む。
――木箱でなく彼女等に興味を寄せて*]
… ほんとう きれいね。
[窓から降りる薄灯りを滑らかに弾く鱗。
丁重に納まる其れには巻物が添えられていて
――『牡蠣山縁起絵巻』と書かれていた。
茶屋の娘は、ウミの耳裏を柔く掻いて起こし]
ケンなら
読み解いてくれるかもしれないよね。
[数年振りでも見憶えてくれていた様子の
ねこの顔を覗き込んで、浅く首を傾けた。]
[遠い昔に書かれた筆文字は掠れがちだが、
添えられた絵にて伝承の概要は知れる。
むかあしむかし
海では貝が全く採れなくなってしまい
海神がそれはそれは困っておりました
山神は海神の窮状に酷く心を痛めます
此方の山では栗と柿がたあんと採れる
どちらか片方採れずとも困りはしない
なんとか恵みを分けてやれないものか
契約の仲立を買ってでたのは雷神は… ]
…ん
[既に実体を持たない狐火は、
重なればほわりあたたかい。]
確かに 君が凍えながら
あたためていたあれは
王子さまには――程遠いか。
[狐の鼻先が、ぷいとロッカの其れへ合い]
まったく、いいコンビだな。
[――ケンが投げる問いの意図を汲むナオ。
その様子に、
目元だけで笑む狐の目尻には浅く皺が寄る。]
アンが、裏切った…
その通りだね。――逃げたんだ。
吊り橋を渡るための割符を持ち出して。
[狐火の欠片が、するりと貝殻を示した。]
[ぐるり 広く何処かを見回して
茶屋の娘のつめたさに息呑むホズミを見遣る]
私を殺したのは、
…ホズミじゃないよ。
ホズミのせいじゃない。
[柔い声音はもう「誰のせい」か
考えることを促す響きではなくて――]
想像。連想―― そうだね、ケン。
実際どうかというのは、たぶん関係ないんだ。
「人質」、とケンが選ぶことばは
それでもきっとやわらかいんだと想う。
[通常ならば、到底暮らせない場所へ遣わされる。
赴く者の不安は、人身御供だのなぐさみものだの
酷な連想を膨れ上がらせるに充分過ぎるほど――]
アンのように、
遣わされた先で亡くなった母親を持つなら
なおさら…ね。
やさしいことを言う。君たちは。
少なくとも私は、
…ひとを殺すことを愉しめるいきものだよ。
[もう生きてはいないけれど。
同じく死者たるケンの視線をひたり 容れる]
いもうとおとうとのように
かわいがっている君たちを――
慈しむのと同じ気持ちで ころせるんだ。
この村に住む君たちは、
それでいいんだろうと想う。
契約がなくなれば、少なくとも
理不尽な死に方をする者はいなくなる。
この山には、またたくさん柿がなる。
…ケン。ナオ、ワカバ。
ホズミ。フユキ。――ウミ。
君たちの気持ちは、わかったから。
[ひとりひとりを見遣りながら、ふわり]
願ったあとに、
海辺の街で、何が起こるか――
其処に耳を塞がずにいて。
――おやおや。
しばらく留守にしている間に、
随分と好い男が育ってるようだ…
[揺れを垣間見せる場の中で言い放つケンに、
きつねはころころと笑い声を立てる。]
…うん。
陸華…
ホズミから割符を貰うといい。
失われたいのちがどうなるか、
尊き方々の契約の俎上に載せられた
私たちがどうなるか、まだわからないけれど。
…ん、
私は、割符を使わせて貰うのはよすよ。
山へ還らずに、海へ戻る。
向こうで長いこと、世話になってるから。
[ロッカの背へふさと尾を添わせながら言う。
「茶屋の娘」が嫁いだ網元の男は早く逝った。
独り勤め果たす年月に湧いた、海原への愛着。]
掟に縛られない、友誼ってやつさ。
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