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[ばらけた学習帳を揃えなおしながら
何気なくつけくわえるのは――――]
… 神社の、宝物殿。
きょうは まだ開いているらしいよ。
[掠め取った対価に見合う『思い出』の在処。]
[拝観者の多い今夜は、国宝の刀剣について
熱く語ってくれる中年の学芸員がいるだろう。
調子よく ひと懐こく もちもちと笑う男は、
参道でテキ屋をしていた若い時分の客の面影も
忘れ得ず―― 懐かしむに*違いないのだ*。]
フユキさん、ですか。
[冬木さんなのか冬樹さんなのか或いは別の字をあてるのか。
まずは明日、ここを離れる前に、書店に行って探してみよう。]
僕は、獏と言います。
[夢を食べる動物の、そう付け加えた。]
[諸々、短い間の好意に礼を言って、教えてもらった所に向かいかけ]
あ、赤べこ。
[フユキの手にある学習帳の表紙に目が止まった。]
僕の実家にもあるんですよ、赤べこ。
父が小さい頃、祖父に買ってもらったらしくて。
[描かれた父の故郷の民芸品は、夜目にも鮮やかな赤。]
失礼します。
[作家は、どこか得心のいった響きで
若者と交わしたその名を反芻する。]
夢を食べる、獏か。
[思い出屋の噂も、文字にした過去も、
みんなみんな喰われて消化され
彼の日常という現実に昇華され――]
うん。
[作家は、離れ行く若者を見送る。
件のご婦人はどうしていたろうか。
アツタハズノオモヒデを想うまま、
罫線のないノートを渡された彼女は。
肩が触れ合うほどもない緩い雑踏は、しかし
些細な不思議を共有した人々を見失わせる。]
[前日の降灰は、カバンの底や
眼鏡の蝶番の隙間へ僅かに残る。
書店の片隅には少ない部数ながら
不行 後家(フユキ・ノーチェ)の
旅情サスペンスシリーズが並ぶし、
この現代日本に、思い出屋のうわさも
地方を問わずいまだに*途切れない*。]
こんばんわ。まだお時間大丈夫ですか?
[実物大なのだろうか、日本刀らしい大きな写真が額の中に納められている。
蛍光灯の白い明かりに、笑みを含んだ顔の男性がその脇あたりに立っていた。]
「ええ、大丈夫です」
[答えた男は、おや、という表情でこちらを見返している。]
あの、何か?
[腕章を巻いている、職員らしき小父さんの顔には、こちらも何となく見覚えがあるのだが。]
「今日は一人でここにおいでですか?」
はい?
ええ、僕一人です が ……。
[異な事を言う。]
「はあはあ、なるほど確かに、あなたまだお若いですからなあ。」
[張りのある声─例えば夜店の呼び込みあたりにうってつけな─は、言葉を続ける。]
「──二十年くらい前から何年か、テキ屋をやってましてな。
毎年この日に店を出してたんですが、
──いたんですよ」
……いた、って
誰が?何が?いたんですか?
……変な事を聞きますけど、
そのお客さん、写真なんかとってませんでしたか?
[赤ん坊を抱いて、白黒の写真を]
「……ううん。」
[福々しい顔の眉間に、微かに皺を寄せ──]
いやあ、確かもう夜だったんですよ。
──ああ、でも持ってきてはいたかな、写真。
持ってきてた?写真をですか?
「ええ、奥さんが、『よく似てる親子よねえ』って、写真と旦那さんや坊やとを見比べて感心してましたよ。あと、──」
[しばし記憶をたどるように、言葉がとぎれ]
「──『親父さんと一緒に、この祭りを見てるんだな、僕は。思い出せたら、懐かしいだろうなぁ』
確かそんな風におっしゃってましたよ」
[入り口の方から、人の話し声─新しく来た入場者であろう─が聞こえてきた。]
じゃあ、僕はこれで。
[4〜5人の年配の見物客が入ってきたのを潮時に、一礼して立ち去る。]
──『思い出せたら、懐かしい』か。
[父の父─つまり祖父─も早くに亡くなったと聞いている。
父と自分、同じよう事を考えて同じ事をしていたのだなあ
そんな感慨を覚えた。]
[宿に戻ったなら、もう一度あの写真を見直してみよう
そして、(恐らく、だが)父を抱いた四十数年前の祖父に、はじめましてと言ってみようか─そんな事を思う。]
でも、もう少しだけ──
[射的にお面、風車にリンゴ飴
アセチレンランプの明かりの集まる方へ、灯籠に薄く照らされた参道を*歩いていった*]
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