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……いや、それに驚いている場合ではないな。
此処がとあるドームの中で……
私がつい先程まで冷凍睡眠――コールドスリープをしていたと? ふむ?
どうにも奇想天外な話ではないかね。
しかし……
名前すら思い出せなかったところをみると、一概には嘘と断じ難い。
知っているかね、君。
存在の証明より、不在の証明の方が難しいのだよ。
[そんな事を言いつつ立ち上がり、背後にあった鏡へと向かう。壁にぽつんとかけられているそれを、やや膝を曲げて覗き込み]
おお、我ながらなかなか色男ではないかね?
どう思う、君……
……ああ、親切だがつれないな、君は。
[それには返さない「声」に、やはり大げさに溜息を吐き、やれやれと*肩を竦めた*]
―自室―
[仰向けに小柄な少女が横たわっている。
両手を胸の上で組んで、つま先を揃えた雰囲気は、
眠りの深さや、安らかさを伺わせる。
やがて。おもむろに。
瞼が上がるにつれ、現れる黒い双眸]
――おはよう?
[目覚め。
幾度かの瞬き、子供の高い声が零れ。
続いて起きあがった上体、蒼みを帯びた前髪が流れ、
少し間をおいて眉根がよせられる。耳をかたむける風]
あなたは、どなた、ですか?
…カナメ?それがお名前ですか?
[訝りもなく問いかける口調だけれど、ほのかな照明の中に他の人影は無い。
まるで目に見えない、彼女にのみ感知できる存在――『カナメ』を示す如く
不思議な対話は続いている]
――ルリ。
それがルリのお名前ですか?
[教わった名を唇は発音して。カナメと一通り話しがなされた。
小さな足が寝台から下りたつ。
己の身体をたどった視線の先には、入院着のような服がある。
それだけでは肌寒いか、少女は、
備え付けのチェストから探し出したブランケットを羽織り、ついでに見つけたリボンで髪を括る。
かなり無造作な所作だった。
そして軽い足音が扉を出て行く*]
―自室―
[夢を見ていた気がする。時は容赦なく、人から大切な物を奪いさっていくから。大切な何かを、決して失わないように。瞳を閉じれば、いつでも美しい景色が浮かんで来るように。楽しかった日々の思い出が、いつでも思い出せるように。大切に思っていた人達と、もう一度出会ってもすぐにそれとわかるようにと。夢を見ていた気がする。夢の中で誰かが振り返った時、声は聞こえた。]
―おはよう 目を覚ましなさい―
[繰り返し見ていたあの夢は、目覚めと共に泡と消えて。忘れぬようにと見続けた夢は、聞いた事のない声にかき消されて。自身の名も、歳も、記憶も、全て失ったウシナイビト。失人の目覚めは、最悪な気分だった。]
―おはよう 気分はどう?―
最悪だ、バカ野郎。
[カナメと名乗るその声は、最低限の情報のみを語る。まずは失人がヒトという生き物である事から。生きる上で絶対必要な記憶を聞くだけで、失人はかなりの量の説明を受ける事になる。しかも、叩き起こされて不機嫌なところにだ。一通り説明を受けてやっと、カナメが失人の置かれた状況の説明に移ろうとした時。失人は最早聞く気すらなく、ただぼーっと虚空を眺めるのみになっていた。全ての説明を終えたカナメが、失人にそれを告げるまで。彼はただ、呆けていたと思う。]
―さぁ説明は終わり―
―起きなさい 行動しなさい―
[説明の終わりを告げられた失人は、解放された喜びに満たされていた。目覚めてから、六度ほど時計の音を聞いていた。座っているの、もうも限界だったから。]
長い説明、お疲れさん。
じゃぁ俺、もう一回寝るから。
今度は起こすなよ、バカ野郎。
[失人は、もう一度眠りに落ちる。しかし、あの夢を見る事は*二度とない*]
[幾人かが目覚め始めた部屋の扉が並ぶ通路。]
[ こつ こつ こつ 歩む靴音は数歩分。]
[ こつ こつ こつ 扉を叩く音は3回。]
部屋の主は、お出ででしょうか?
[控えめな声が尋ねる。しばし返答を待つ。]
[応える者があれば、他愛無く言葉を交わすために。
応える者がなければ、左手へ握る鍵を試すために。]
[扉に触れる。
指先へ無機質な冷たさが染入る――気がする。]
此処も、違いますか?
[さらりと手探りに辿る。鍵穴は見つからない。]
私の部屋では、ないのでしょうか?
[部屋の主が出てきたならそれは明らかなのに。]
[何時からこんなことを繰り返しているのか……
Knockerは疲労した様子もなく、次の扉へ歩む。]
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