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[――蛇遣いは、長老のテントを訪ねなかった。
惨劇の場へ居合わせたか居合わせなかったか、
記憶に定かでなかったヘイノとラウリを訪ね…
それぞれへ、僅かばかりの差し入れを届けた。
ストーブの上へかけっぱなしだった芋と鱒の塩煮は
食べ頃より少し煮詰まっていて…まあ食えるだろと
常から食に関して大雑把な蛇遣いは言い訳めかす。]
…後で、アルマウェルが来ると思う。
[別れ際に添える意味合いは、それぞれが知る――]
まじない師が卦を出していたのは、
どうやら赤マントを見立てたいうことらしい。
[名を出した使者について、片割れだけへ添えたこと]
ビャルネの嘘がまことになるとも限らんし、
あたしは今のところ手を出す気はないがな。
……目立った方がやり易い事が多い、というのはある。
しかし、そうだな、……
[トゥーリッキに返す言葉は、是とも否とも言い切らない、確かな理由は語らないもので。近くから調達してきたスコップで雪を掘りながら。その手に持たれた飾り杖を一瞥し]
知らせるなと言うなら、知らせるまい。
[一つ目の頼みには、すぐに応え]
……嗚呼。
そうしようとしたならば、止めよう。
居合わせられれば、の話だが。
[二つ目にはほんの僅かな間を置いて応える。矛先を向けるかもしれない、などと言われても、顔色は変えず]
……
[スコップの縁に足をかけ、半ば凍ったような雪を掘り進めていく。トゥーリッキの呟きは聞こえたか否か。どちらにしても、淡々と作業に勤しんで。
トゥーリッキが去った後、現れたレイヨには]
……わかった。
その事も共に、伝えに行こう。
[一旦手を止めてその姿を見る。告げられた内容には目を細めてから、頷き、伝達の旨を了承した。
それからまた、作業に戻り――そのうちにビャルネから少々離れた場所に出来上がる、人間が一人入る程度の穴。ビャルネの体を抱え上げると、穴の中にそっと横たえた。その時の男の瞳は、どこか寂しげでも、同時に優しげでもあったか。寒さで既に固まりかけたビャルネの手と手を、胸の上で組み合わせるようにして]
― 自宅 ―
[ビャルネの血がついた上着は床に脱ぎ捨てたまま、包帯を解き、開いた左腕の傷にはアルコールをかけるだけの処置。
自分がつけたものより少し大きくなっているのには苦笑。]
詫びは入れない――今はまだ。
[止まりきらない血はまた少し包帯に染みを作るけど、巻き直せば滴るほどでもない。]
もつんかね、この調子で次にいって。
[時間は限られている――マティアスに使った呪はそろそろ効力を失う頃。]
尽きる前には、居ねぇかな、俺は――。
[疑われて当然の行動だ、と思い返しつつ、着替えて一度だけ大きく息を吐いてから外へ出た。]
[携える書士の杖は、水平に手にして在れば
しゃらとも音を立てることはない。縋らぬ杖。]
"49"、…まだ戻らんかね。
[――やがて訪ねる、マティアスの小屋。
長老のテントへ向かうと別れたきりの彼は不在か、
戸口の厚い引き布越しに、 あん と声がする。]
…
そうだな。奴ではない。
だが腹が減っているというわけか。了解した。
[別段声に出す返答する必要もないことを呟いて、
蛇遣いはマティアスの留守宅へと躊躇わず入りゆく*]
[瞼が開いていたなら、それも閉じさせてから。スコップで雪をかけ、ビャルネの体を埋めていく。傍にあった血痕は早くも薄れかけていただろうか。穴を埋め終えると、その上に小さくビャルネの名を記した。程無くして消えるだろう、仮初めの墓碑。微かに赤が混じった、指による痕。石を一つ、横に置いておき]
……嗚呼。
[コートに幾らか付いた血は、やはり目立たず、多少の臭いを纏うばかりで。斑に赤で染まった白い手袋のみを変えに、小さな己の小屋へと戻った。その後、男は改めて任に向かう。ビャルネの死を、彼が無実だと言う者がいるという事を、伝達する任に**]
…――――
[怪我をしているらしきカウコは何も言うなと言うから、彼の言葉を踏み躙ってまで語れる言葉を持たない。テントを去るならば後姿を気遣わしげに見送り、テントに残る者と長老を見回した]
…狼を嗾ける者があるなら―――…
[届けるべきと判断した報せを伝えたアルマウェルは今頃、ビャルネの遺体を埋めているのだろうか。供犠の娘とて彼らの意思が狼に喰わせたのかも知れぬと、長老の言葉に言外に添えるのはそんな想い。
他に交わす言葉があれば少しは留まり、暫くすれば目礼を置き場を辞す事を示す。マティアスの姿があれば去り際に近寄り、彼の顔を見上げる]
マティアス…―――
[男の家の扉に鍵はかかっていない。
トゥーリッキが扉をあければ、飛び出す子犬の尾はちぎれんばかりに振られている*]
見えぬ分も聞こえるなら…
貴方におおかみの声はどう響くんでしょうか。
おおかみは喰らった者の声を…―――
[聞くんでしょうかと、零す声は語尾をあげぬ囁きに留まり、場を辞すのは気配が伝えようか。キィキィキィキィ…―――長老のテントを出ると曇る眼鏡を袖口で拭い、石のひとつ置かれただけの墓を見た]
きこえる…
こえが、きこえる…
[狼の遠吠えはなくとも、墓の前で明けぬ夜を仰ぎ零れ落ちる掠れた声。キィキィキィキィ…―――車椅子に座す求道者は、カウコを迎えるべく自らの小屋へ向かう*]
―― マティアスの留守宅 ――
[世話を任された橇犬の仔、その毛並みのいろを
マティアスが知っているか否か蛇遣いは知らない。
飛び出してきた毛玉をちらと見遣ると、そのまま
足元へ纏いつかせてマティアスの「家」へ入った。]
…寒いな。
[呟く蛇遣いの足元で犬がしたん、したんと跳ねる。
媚び強請るすべは、生をうけて間もない者の本能。
浮かべる嫌悪もないままに、蛇遣いは燐寸を探す。]
[外へ出て、誰かとすれ違うことはあったか。
足はレイヨの家がある方へと向いて。
途中少しだけ、立ち止まって視線を投げた先には、見えずともビャルネを殺した現場の方向。
帽子をぐっと抑えて足を目的地へと進めて。]
――カウコだ。
戻ってるか?
[扉を叩き一応問いはすれ、中に灯りが点っているのならわかっていることのはず。]
…っ、 熱…
[ ――じゅっ、
とちいさな音がして、蛇遣いは低く声を立てる。
火傷した右の小指を反射的に庇うその様子にか、
あんあん と鳴いていた犬は耳を立てて立ち尽くし]
なに、…大事ない。
…それよりも、部屋があたたまるのと
お前の同居人が戻るのとどちらが先かね。
[小さな火傷を詮無く己で舐めながら腰を下ろす。]
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