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朝
――おはようございます。
[警備員の男の姿は
普段と変わりなく受付にあった。
朝早くから訪れる見舞い客、医療業者、
それらを見守り、一日が開始する。]
―屋上―
[屋上のとびらは、ちいさな音を立てて開きました
ひんやりした風がながれてきて、なんて気持ちが良いのでしょう
そのむこうがわには、どこまでもあおい空と、ひとりの人がいました]
「嬢ちゃん、入院患者かい?
ここは寒いぞー」
[その人のことばに、わたしは首をかしげます
ほかに人がいないから、きっとわたしのことなのでしょう
嬢ちゃんなんて年じゃあないのに。
わたしはちゃんと、お酒の味もたばこの味も知っています
でも、そう呼ばれるのは嫌じゃあありません
かみさまのおともだちが、そう呼んでくれていたから
だから、わたしはにっこり笑うのです]
風が、気持ちいいんです
[ときどき、風のなかに、かみさまを感じることができるから。
わたしはポケットからハイライトブルーの煙草の箱と、かみさまが使っていたぎんいろのジッポをとりだしました
ひろくんには似合わないと言われたけれど、わたしはこれがすきなのです]
[取り出した一本を口にくわえて、火をつけました
この煙草はずっしりと重たくて、わたしはさいしょすきではありませんでした
かみさまもわかっていたのでしょう、真似っこをするわたしをみて、驚きはんぶん、呆れはんぶんでした
けれど、今はわたしはこの煙草がだいすきです
舌にちょっぴり痛みをかんじながら、煙草を口からはなして、ふぅと息を吐きました
真っ白な煙がふわふわと立ち上るのを見て、わたしもこんなふうに上へ、もっと上へといけたらいいのにと思います
かみさまのところに行きたい。**]
屋上
[微笑む来訪者の言葉に一瞬、瞳を瞬かせた。
しかしなるほど、確かにここは気持ち良い。
少なくとも、陰鬱とした空気を感じる院内よりは。]
んだな、海からの風がやさしくて…、
[と、わらって彼女を眺めていた男は
"嬢ちゃん"が煙草を吸い始めたことに再び驚いた。
それも、女性には余りにきつすぎる銘柄だ。
天へと思いを馳せるかの如く白煙を燻らせる姿を
暫し、じっと見つめて]
そうか。嬢ちゃんは煙草がすきかァ…
煙草も酒も、ないと生きていけんよなァ…
[自分に言い聞かせるような呟き。
酒に溺れては家族に手を挙げ
やがては彼等を失ってしまった。
自覚しているのに、止めることは出来ぬまま。
酒と、そして煙草を吸っている間だけは、不思議と
胸の痞えが取れるような
そんな錯覚の中で手放せぬ嗜好品と化していた。
娘のような、孫のような妙齢の女性と
一緒に吸う煙草はさぞかし旨いだろうと感じつつ
ごそり、ズボンのポケットに手をやり
くしゃくしゃになったパックの中身、本数を数える。
残りは5本。次は何時買えるかわからない。
旨そうに吸うお嬢さんを眺めるだけにしておいた**]
「そうか。嬢ちゃんは煙草がすきかァ…
煙草も酒も、ないと生きていけんよなァ…」
[たばこに口をつけて吸いこめば、ずっしりとした煙がわたしの胸の中を埋めてくれるようでした
すこしずつ消えていくわたしを、これがつなぎとめてくれているような気さえしました
だから、生きるために必要といえば必要なのでしょう
なのでわたしはおじさまのことばに頷きます]
好きだったんです。
かみさまが、この煙草。
[ふわりと風が吹いて、わたしの長いみどりの黒髪を撫でていきました
かみさまが褒めてくれた、自慢の髪。]
[献血にご協力ください。
そんな張り紙を読みながら、少し冷めた珈琲を啜る。
若者は貧血気味で、献血を行った事が無い。
こう言う張り紙を見て、人は献血をしようと思うのだろうか。
無いよりはまし、と言う事なのだろうか。
それにしても、もう少し興味を引く張り紙でも良いと思う。]
ドリンクバー付き、軽食も提供されます
ほんの五分でお腹いっぱい
[怪しいバイトみたいだな。
自分で口にしてみて、何か違うと思った。]
[椅子に深く腰掛け、顔を覆う。
どこともしれぬ身体の中が、じくりと痛んだ]
はぁ―――……
[長い、長いため息をついた。
近くに、自分を認識している女性がいることを思いだし、少しだけ背筋を伸ばした]
[何の変哲もない人生だった。
家を出て、就職をして、実家には両親も健在だ。
けれど、入院したなんて言えない。
一緒に暮らす人も、心配してくれる人もいない。
仕事だけだった。
それだけが生きていく理由で、術で、全てだった。
会社員
そういうレッテルを喜んで貼られた。それしかなかったから]
部屋にいると、暇でね…
[病室も、自分の部屋も。
名前もしらぬ人に、独り言めいた言葉を零してしまう。
「寂しい人だ」
胸のなか、はっきりと言葉にする。
自らを哀れんで、伸ばした背筋がまた少し丸まった]
― ロビー ―
よっこらしょ
[しばらく老眼鏡で何とはなしに文芸春夏を読んでいたが、同じ体勢でいたので少し疲れてきた。
眼鏡を外すと腰を上げて周りを見回す。
2,3人、このロビーの常連の入院患者の姿が見えた]
あらあら、新聞はシマさんにとられちゃったのね
シマさん読み始めると長いから
今日は早めに帰ろうかねぇ
はぎれも探さないとだし
[お嬢ちゃんが遊ぶのかい、と聞かれて、最初は少しむくれたような顔をした女の子が、笑顔を浮かべたその表情を思い出して、自分もにこにこしながら、まったく…と呟いた]
2人であそぶとしたら、5個は作らないとだねぇ
やれやれいそがしいいそがしい
ああ、小豆も買い物当番の職員さんにたのまないと
スーパーに売ってるし、お願い代もかからないでしょ
[すっかり自分も一緒に遊ぶ気になっていた]
― 廊下 ―
それにしても、人におしごとを頼まれるなんて、久しぶりだねぇ…
[介護棟へ戻る廊下を歩きながら、少し前のことを思い出していた。
我が家は、おじいさんが死んだ後、息子がほぼ完全にリフォームした。
バリアフリーにはなったものの、満州から引き上げて以降、ずっと動いていた柱時計が、針の音がうるさいし大きくて邪魔という理由で捨てられたのが寂しかった。
そのすぐ後の話だ。
孫は大学へ、嫁と息子は働きに出ていた。
あの日も、みんなのために、まだなれない新しい台所で夕飯を作ろうとしていた。
いつものように作ったつもりだったが、フライパンから火の手が上がった。
ぬれぶきんぬれぶきん、と探したが、思った以上に台所の配置は変わっており、ふきんがみつからない。
あれあれまぁ、どこだろう、と探しているうちに、炎は高くなり、真上の天井に触るくらいになった。
少しこげたにおいがした。
それでもふきんをさがして下の棚に頭をつっこんでいる時に、後ろから早くに帰ってきた嫁の声が上がった。
『おばあちゃん!何やってるの!!』
[棚から顔を出すと、嫁がコンロの火を止め、バスタオルやら大きな鍋の蓋やらをとにかくかぶせるようにするところだった]
…ごめんねぇ…
[何もいいようがなく、ただ座り込んで謝る自分を、嫁は大きなため息をついて見下ろした。
使えない奴、という目だった]
―自動販売機前―
[病室で本を読んでいたものの、何度も何度も読み飽きた本は退屈すぎた。
このままだと爆弾が爆発しなくても死んでしまいそうで、本を閉じて廊下へ出る事にした。
とはいっても院内だって歩きなれていて、新鮮味など存在しない]
あーあ、つまんないなぁ…。
[せめてお金があればジュースを買えるのに。
と、未練がましい気持ちを胸に自動販売機の前まで行ったところで、声が聞こえて]
どりんくばーで、おなかいっぱい?
[きょとんとして、首をかしげた]
[そんな目でみられたことに衝撃をうけた。
自分は美人だとは思わない。
でも、昔からよくちゃきちゃき働くねぇ、手際がいいねぇ、と褒められてきたものだ。
今日は火があがったけど、これまでだってちゃんとみんなのご飯を作ってきたのに。
当の嫁だって、義母さんは台所のことなら何でも出来ますね、と言ってくれたから、わたしが色んなことを教えてきたのに]
『…これからは火を使わないでください』
…うう、うぇえええん
[怒るような言葉と、見下されたことに、つい涙がこぼれた。
嫁はもはやこいつ超面倒、という表情を隠さなかった]
何もするな、なんて言わなくてもいいじゃないか、ねぇ
[思い出を振り切り、ふっと顔を上げると、廊下の自動販売機の前に、大体1ヶ月くらいに1度、検診を受けに行く外科の先生の姿が見えた。
近づくと、立ち止まってぺこりと頭を下げる]
こんにちは、先生
いつもお世話になっております
[そして少し考えた後、問いかけた]
あの、やっぱり外科のお医者さんから見ても、わたしはぼけているように見えますかねぇ
[自分の呟きが、木霊して帰ってきたのか。
いや、にしても声が若いか。
首を傾げながら顔をあげると、人影があった。
聞かれたか?
ああ、聞かれたろうね。
だから、木霊したのだものね。
苦笑いを浮かべながら、小さく手を振った。]
やぁ、どうした
君もジュースを飲みに来たのかい?
[誤魔化す手段が思い浮かばなかった。]
[苦笑いついでに、辺りを見回す。
丁度こちらに近づいて来る老女の姿があり。
若者は、彼女が下げる頭に合わせてお辞儀をする。]
いえ、その後お加減はいかがですか
[お世話になっております。
お加減はいかがですか。
いつでも、どの患者とでも、行われるやりとり。
彼女と自分とは、孫ほど歳が違うと言うのに。
それでも、先生なのだろうか。]
ぼけてるように、ですか?
一般にいう、ボケ、と言う奴はですね
言ってみれば、人より多くの時間眠っているような物なのですよ
子供が寝ぼけて、枕を抱いて歩き回る
それと同じような状態なんです
ですから、意識がはっきりしている間はなんの変りもありません
医者にかかる時のように、ある程度緊張を伴う場では見られないのですよ
[子供特有の好奇心の詰まったような輝く瞳で見つめ上げた後、首を左右に振り。
二つに結った髪の毛が動きにあわせるように揺れて]
ううん。
あのね、おこづかいは、にちようびに200円もらえるの。
だからね、るり、いまはせつやくしてるの。
えらいでしょ?
[無邪気に笑顔を浮かべ、口の横にえくぼを浮かべた]
医者の目から、と言うと可笑しいですが
私の目から見れば、今の貴女はしっかりしていらっしゃいます
立派な淑女でいらっしゃいますよ
[若者は立ち上がると、淑女と少女に椅子を勧めた。]
どうぞ、お二人のレディ
飲み物、飲みませんか?
御馳走させて頂きますよ
そうかい、節約してるのかい
とても偉いね
[200円って、それで何を買えと言うんだ。
まぁ、親御さんがお世話を焼いて下さるのだろうし、個人で持つお金はそのくらいで大丈夫なのだろうか?
小さな少女に笑顔を見せながら、若者は考えた。]
何か飲みたいかい?
お兄さんが御馳走するよ
賢いレディには敬意を払わないとね
[すっかり灰になったたばこを、私は携帯灰皿にねじ込みました
この灰皿は、かみさまの吸ったたばこもしまわれてきたものでした
わたしは柵の方まで歩いていって、それから、下を覗きこみました
豆つぶみたいにちいさなひとたちが歩いているのが見えます]
[ここから落ちたら、かみさまの所へいけるでしょうか
かみさまはたかい所にいるのに、落ちてたかい所へのぼれるのでしょうか
いずれにせよ、ここから落ちたら痛そうです
わたしは、いたい事は好きじゃありません
かみさまがそうだったように。
ふわりふわりと、風に髪の毛がなびきました]
[医師と老女の会話は、殆ど理解出来ていない。
だから丸い目をさらに丸くさせながら、首をかしげ]
おばあちゃん、ねむいの?
あのね、ねむいときは、ひつじをかぞえるといいのよ。
かんごしさんが、おしえてくれたの。
[分かる部分だけを拾って解釈し、にこにこと笑う。
本人はアドバイスのつもりのようだ]
[大丈夫だと言ったのに、
具合の悪そうな男性は椅子に沈む。
病院に病人が居るのは不思議じゃない。
でも少し気にかかったのは、
その人が、大丈夫なふりをしたから。
少し、見つめていると。
冗長な溜息と呟きが。私の耳に届いた。]
…なら、手紙を書いて。私に。
[暇を潰す提案を。]
[豆みたいなひとたちが、せかせかと動いています
きゅうくつそうなスーツをかっちりと着込んで、息苦しくないのでしょうか]
……あ、
[そんな豆つぶたちの中に、見覚えのある影がありました
ひろくんです
それから、一緒にいるあのお寺さん、名前はなんて言ったかしら
きっとわたしに会いに来てくれたのでしょう
部屋にもどらなくっちゃ、わたしはぱたぱたと屋上のでいりぐちへ向かいました]
うん!
[ほめてもらえて嬉しかったらしく、相手の内心には気付かぬままに満面の笑みを浮かべて。
御馳走が奢られるという意味なのは理解出来て目を輝かせる]
ほんとに?
ありがとう!
るりね、ジュースがすきなの。
オレンジジュース。
くだものをね、おみまいでもらうけど、ジュースのほうがおいしいんだよ。
あまくてすっぱいの。
そうかい、るりちゃんはジュースが好きかい
オレンジだね、待ってて
[コインを投入して、自販機でオレンジジュースを買う。
甘くて酸っぱい、と言うのはどう言う意味だろう。
このオレンジ、酸っぱかったろうか。
まぁ、好きだと言うのだから良いだろう。]
はいどうぞ、オレンジジュース
[少女に差し出すオレンジ色の缶。
子供が笑うと言うのは、無条件に可愛らしいものだ。]
……え?
[そうですね、とか。何も返って来ないとか。
ぼんやり考えていた返答の中に「提案」はなく
床を見つめていた視線を少しあげて、手紙、と口にした彼女の目を見た]
手紙、って
……はは、私はどうにも遅筆でね
[遠まわしに断ろうとする、いつもの癖。
手紙なんて、最後に書いたのはいつだろう。
いや、そもそも書いたことはあったろうか。
想起される思い出は、ひとつもない]
[手紙。
最後に貰った手紙は、
兄がくれた謝罪の手紙。
痛々しい程、真剣に書かれた文字は、
所々、落ちた水滴に滲んでいた。
あの文面を思い出して。
乾いたふうに感じる笑いを浮かべる男性の
私を見る目を、見つめ返した。]
…それなら、たくさん暇が潰れる。
私の暇もね。手紙を待つから潰れる。
禁句の指定はひとつだけ。
「ごめんなさい」…これは使わないで。
だめ?
[一方的な提案は、彼の困惑をよそに進む。]
ごめんなさい、は
[「申し訳ありませんでした」
「心から深く」――とかなんとか。
たくさん、頭を下げた。沢山メールを打った。
普段の仕事から、そして
入院する時も]
……うん、そうだね
それでいいなら
[強くおされたら、首をふれない。
それだけでなく、謝罪のない手紙が、どういうものか興味がわいた。言い訳のように口にした「暇」は本当だから]
せんせー、ありがとう!
[嬉しそうにオレンジの缶を受け取って。
両手で大事そうに握り締めながら、どこか自慢げに笑って小首を傾げて]
うれしいなぁ。
るり、もうすぐしゅじゅつするの。
だから、そのまえにのめるの、うれしいんだぁ。
[無邪気に笑って告げて。
大切そうに缶の表面を右手で撫でている]
[車輪を回して、近付く。少し。
彼のまだ顔色が悪いとしても、
大丈夫なふりをしているにしても、
言葉を交わせるならちょっと安心。]
…896号室の、草下クルミに宛てて?
返事を書くために、
便箋と封筒と切手の形のシールを
用意しておくよ。
[宛先が必要だろうから、
私の名前と今の住処をお知らせする。]
手術?
そうかい、喜んでくれたなら良かったよ
[えっと、この子は何の患者だったか。
外科手術なら、話は来ているだろうし。
帰ってから、カルテを確認すればいいか。
ルリと言う少女、と言う情報だけでもカルテくらい見つけられるだろう。
最悪、ナースに聞けばいいさ。]
お兄さんはね、手術をする先生なんだよ
君の手術をするのかは、わからないけれど
手術は、怖いかい?
[缶を開けずに撫でている少女。
その様子を見ながら、笑顔で語りかける。]
[近づいた瞳に慌てて視線を逸らす。
スーパーに売っているような、灰色の靴下から一本糸が飛び出ているのが見えた]
すまない、私は何処で買えるか
[買ってきてもらうことも出来ないし]
わからなくてね
領収書をもらっておいてくれるかい?
210号室、天満宛に
……最初は何を書けばいいのかな
[困った、とすぐにあげた顔に苦笑を浮かべた]
[澄んだ声のお嬢さんの頬から
表情は余り読み取れないけれど。
慣れた所作で不似合いな強い煙草を吸う姿は
なにかの儀式のようにも思えていた。
だから、お嬢さんの唇から
「かみさま」の単語が紡がれても
違和感を覚えることはなかった。]
そうか、そうかァ…
かみさまは、お嬢ちゃんがそうして
思い出しながら吸ってくれるのを
喜んでるだろうなァ…
[「かみさま」がお嬢さんにとって
どういう存在なのかは解らないけれど
この世に居ない人物なのだろう事は悟る。
父親だろうか。
そうだったら良いのに、と思ってしまうのは
自分もそうして誰かに思い出して欲しいからだろう。
は、と白い息を吐き、自嘲の笑みをひとつ。
階下から聞こえる声音に反応するお嬢さんへ
「危ないよ」と声を掛け]
お嬢ちゃんの彼氏かァ、そりゃあいい
早く退院して、仲良くやんなァ
[事情も知らぬ癖にがはは、と笑ってそう告げた。
屋上から去り行くお嬢さんへ手を振って
華奢な背中を見送ろう]
…最初の手紙に、
私に送るために欲しい便箋が何色で
どんな風合いなのかを書いてよ。
すると私からの
レターセットのプレゼントが届くの。
次の手紙には「贈り物をありがとう」かな。
[領収書なんて貰ったことが無いから、と。
苦笑いを滲ませる顔を見て。
私は唇を曲げて、少し笑って。]
…天満さん。210号室。天満さん。
忘れないから、約束ね。
[改めて約束を結んで、廊下の先を見る。
そして、私の部屋へ帰る事にする。
手紙を待つために。**]
何色が好き、とか
聞いたら駄目だろうね
[先に言われてしまった「ありがとう」に、ほころぶというより歪んでいた口元はゆっくりと柔らかくなった]
約束だ
部屋に戻ったら、すぐに書くことにするよ
[お互い、いつまで入院しているかわからない。
けれどきっと、先が見えないのだろうと。去っていく背中を見送った]
ううん、こわくないよ。
[笑顔はそのままに。
あっさりと首を横に振る]
るり、まいにち、おほしさまにおねがいしてるの。
いいこにしてたら、きっとかなえてくれるんだ。
だからね、こわくないよ。
[秘密を打ち明けるように声を潜めようとして。
けれど甲高い声は、内緒話には向いてなく。
そんな事気付いてないのか、くすくすと笑う。
しかしその後、ふっと俯き]
それに…。
ばくだんをね、とりのぞかないと…。
るりのしんぞう、こわれちゃうから。
[表情を見せぬように小声で言った後。
そんな事無かったように再び笑顔で顔を上げて]
そろそろ、びょうしつにかえらないと。
ジュースはあとでのむね。
せんせい、ほんとうにありがとう。
―屋上にて―
「そうか、そうかァ…
かみさまは、お嬢ちゃんがそうして
思い出しながら吸ってくれるのを
喜んでるだろうなァ…」
[おじさまのことばに、わたしは笑ってうなずきました]
そうだったら、嬉しいです
[かみさま、かみさま
わたしは、あなたのことをわすれたくありません
あなたの好きなもの、好きだったもの、いまはまだぜんぶ全部言えるけれど、覚えているけれど
いつそれがわからなくなるか、わからないのです
わたしはそれが、いちばん怖いのです]
「危ないよ」
[おじさまの声に、わたしは振り返ります
あぶないでしょうか、そうでしょうか
それは、死ぬことを怖がる人だけの話です
わたしは、そんなものはこわくありません
だって、かみさまはあんなに綺麗にしんでいったのですから
だから、わたしだって怖くないのです
本当はちょっぴり怖いけれど、わすれてしまう事の方が怖いから、やっぱり怖くないのです]
「お嬢ちゃんの彼氏かァ、そりゃあいい
早く退院して、仲良くやんなァ」
[屋上のとびらに向かうとちゅう、背中ごしに聞こえた声に、わたしはまた振り返りました
そうして首をかしげます]
ひろくんは、わたしの彼氏じゃあ、ありません
[わたしにとって、ひろくんはひろくんです
いわゆるコイビトではありませんでした
たぶん、ですが]
[それから、手を振ってくれたおじさまに、にっこり笑って手を振りかえして、わたしはそのまま部屋に戻ったのです*]
そう、お星様に
良い事だね、きっと叶えてくれるさ
良い子にしてたら、きっとね
[潜めようとしたであろう声に、答える。
少しだけ小さな声で、彼女に習って。
もっとも、内緒話にするつもりもない。
きっと、近くにいる者には聞こえるだろうけど。]
そっか、爆弾か
壊れる前に、とっちゃわないとね
[一度下がった顔に、疑問符が浮かんだ。
けれど、再び上がる顔は、笑顔のままで。]
ああ、急がなくていいからね
ゆっくり飲みなさい
無くなったら、またおいで
良い子にしてたら、また買ってあげよう
結城先生は何処ですか、って聞くんだよ
[ありがとう、と言われれば悪い気はしない。
笑顔で見送る事にしよう。
それから、あとでカルテは確認しよう。
忘れないように、しっかりしないと。]
[車椅子の音が完全に消えた頃]
……ふっ
[思い出汁笑いの後、誰にもみられていないだろうかと、廊下を見渡した。
その後、売店に立ち寄った。
長く留まる人もいるからか、簡素なレターセットならば、置いてあった。事務的な無地のものと、少しだけ飾りのついたもの。二種類だけ。
真っ白なほうを手にとって、キャンディ一袋と共にレジで袋にいれてもらった]
うん、るりね、おほしさまだいすきだから。
それじゃあ、せんせい。
またね。
[にこにこ頷いてから小さな手を振って。
缶を持ち直すと、廊下を歩いて病室へと戻っていく。
早く戻ってジュースを冷蔵庫に入れないと]
―926号室―
[部屋にもどると、ひろくんがいました
それからお寺さん、この人の事を、わたしはみつおじさまと呼んでいました
ひろくんは、お土産だと言っておいしそうなケーキを持ってきてくれました
ひとくち食べると、優しい甘さが舌のうえに広がって、とってもしあわせな気分になれます]
なんて言うケーキなんですか。
そう問いかけると、ひろくんもみつおじさまも、ちょっぴり悲しそうな顔をしました
どうしてだろう、わたしにはその理由がわかりません
ただ、ふたりの悲しそうな顔を見るのは、好きではありませんでした]
[フォンダンショコラ。六花がよく作ってたケーキだよ。
ひろくんは首をかしげるわたしを見て困ったように笑い、そう教えてくれました
でも、おかしいのです
わたしには、こんなおいしそうなケーキを作ったおぼえがありません
そう言ったら、みつおじさまがこう言います
アイツに良く作って食わせていたじゃないか、と。]
[みつおじさまの言うアイツ、かみさまのことだと思いました
そんなまさか、わたしは思います
それから、毎日つけてる日記をぱらぱらとみてみました
するとそこには、たしかに書いてあったのです
わたしが、かみさまのためにフォンダンショコラを作った日のことが。]
[わたしは、こんなに大切なことも忘れ始めてしまっているのだと気がつきました
そして悲しくなって、鼻の奥がつんとしてきました
目の端から、しょっぱいしずくがこぼれます
ひろくんとみつおじさまがなにかを言っていたけれど、よくわかりませんでした]
[ただ、ただ、
忘れたくないと、忘れないようにと、だいじにだいじにしまっておいた、かみさまとの思い出を
こんなにかんたんに忘れてしまうなんて
そんなじぶんが情けなくて、悔しくて。
わたしは、ぽろぽろぽろぽろ、泣きました**]
お星様もきっと、ルリちゃんを大好きだよ
うん、またね
[戻っていく少女の後ろ姿を見送る。
老女はどうしたろうか。
若者は今暫くここにいよう。
何故なら、珈琲をまだ飲んでいないから。]
[不思議な雰囲気を纏うお嬢さんの
唯一の否定の言葉に面食らったのは一瞬のこと。
"色々と複雑な年頃なんだろうなァ"と
ぼんやりと馳せた。
若いお嬢さんが居なくなった後の屋上は
なんだか少し、寂しさが増したような気がした。
お嬢さんがそうしていたように、
少しばかり顎先を持ち上げ、白い空を見上げる。
良い頃だって、あったのだ。]
[末娘が小学校に上がる頃、仕事が軌道に乗り
若い衆を5人ほど雇って切り盛りしていた。
女房も夜の仕事を辞めさせ、共に仕事を分担し。
娘達には可愛い服を買い与え、
好きな習い事をさせていた。
夏休みには海辺の宿へ旅に出る。
出来たばかりの鼠ランド、美術館へ絵画を観に訪れ
冬には、露天風呂が自慢の温泉宿へ
家族全員を連れて出掛けた。
誕生日には、外食を。
笑顔の絶えぬ家の中で、
娘たちのラフスケッチが溢れていく。]
『お父さん、みて、100点とったんだよ!』
『お父さん、またゆうえんちいきたいな』
『お父さん、せぇらーむーん描いて』
『お父さん』
『お父さん』
[けれど、景気の良い時代はそう長くは続かずに。
仕事は次第に安く叩かれる下請けのみになり、
知人の伝で辛うじて塗り替えの仕事が出来る程度に。
何時しか、朝とも夜ともつかず
酒に溺れるようになっていた。
博打に手を染め、勝てば豪勢な飯にありつき
負ければ家族に手を上げ、娘のバイト代まで奪い
翌日の博打代にして、時を過ごした。]
ああ… 寒ぃな…
[愚かな過去の自分を思い出し、
それを払拭するよう首を振った。
空腹と寒気は人を気弱にしていくのだ。
綺麗な、無垢なお嬢さんの姿を
娘達の姿と重ねながら
屋上へ背を向け、院内へと戻っていった*]
[あぐらをかき、便箋を睨み付けている。
手帳に挿していた万年筆は、ペン先が少し乾いていて、最初に書いた宛名が掠れてしまった]
……本気、かな
[閉じられたカーテンの中、呟く。
「手紙を書いて」
そう言った彼女は、どんな表情をしていたっけ]
やめたやめた
[首を振ったタイミングで、点滴を交換しに看護師が現れる。咄嗟にだしっぱなしだった手帳で便箋を隠した。
予定の書かれていない手帳を、とん、と手のひらで叩いた]
[相変わらず職は、ない。
知人に頼み込んで日雇いで塗装工をしているが
ここ最近は呼んで貰えない日々が続いていた。
帰って酒でも飲もうと、廊下を歩む道すがら
白衣の青年の姿が見えた。医師だろう。]
医者、っつーのはよう…
[そこに佇んでいるだけで、
妙な威厳があるから不思議だ。
どんなに若かろうが
白衣を着て院内を歩んでいるだけで
「先生様」と拝みたくなってしまう。
母が末期だから、余計にそう感じるのかもしれない。
遠巻きにユウキ医師を眺め、手を合わせた]
母ちゃんを、頼みます先生…
[声音は届かずとも、妙な動作は
医師の目に入ってしまうか。
せめて、苦しまぬように、と。
解らずも、男はそのまま正面玄関から*去っていった*]
[珈琲を啜る。
珈琲の何が美味しいのか、と聞かれた事がある。
苦いだけじゃないか、そう言われる。
一体何が美味しいのか。
答えよう、わからない。
煙草や酒のように習慣性がある。
それだけの物のような気もする。]
珈琲は、お好きですか?
[老女がまだそこに居たなら、そのような事を聞いてみたかもしれない。]
[そうしていた頃、ふと妙な仕草をしている男性が目にとまった。
こちらに手を合わせて、何やら祈っている風である。
何かを呟いているようだが、声までは拾う事は出来なかった。]
…―――?
[少しだけ、考えた。
けれど、大体の察しはつく。
男性は私服のようであるから、お見舞いの方なのだろう。
そして、神でも仏でもなく、白衣を着ただけの若造に祈る事など一つしかない。
入院されている方の事であろう。]
[こんな時、任せて下さいだとか、必ず治して見せますだとか。
そんな言葉が口から出るのなら、どんなに良い事だろうか。
そしてそれがいつも実行出来るのなら、どれだけ英雄的で、どれだけ気持ちのいい事だろうか。
去っていく男性に、小さく頭を下げた。
他のどの場所より、死の溢れる場所が病院だ。
戦場を除けば、世界で一番人の死ぬ場所だ。
初めの頃は、救えなかった命を想い涙もでた。
遺族の涙に、心を痛めた。
だが、暫くするとそれもなくなった。]
…―――
[命を救おうと、医者になったはずなのに。
志は刻まれる時計の音に混じって、感情は時の渦に埋もれた。
いずれ必ず追いつかれる、鬼ごっこ。
逃げる者をいくら助けた気でいても、再び訪れたその人はもう捕まっている。]
[自分の存在意義を、忘れまい。
そう思い続けてきたけれど、それはきっと不可能な事で。
神の決めた定めから、逃れる術などありはしないのだ。
等しく、平等に、訪れる未来。
ならばせめて、出来るだけ苦しくないように。
出来るだけ、安らかに。
最後に作る顔が、泣き顔でないように。
それが自分の仕事なのだと、若者は思うようになっていた。]
ふぅ
[だから、拝まれるような者ではないのです。
心の中でそう思ったけれど、口には出せなかった。
院内には、患者がいるのだから。
医者の弱音は、絶対に表には出せないのだ。]
[幸せな人生ばかりでは、きっと無いのだから。
苦しい事、悲しい事、いっぱいあるだろうから。
さっきの少女、ルリと言ったか。
あの子のように少しでも、笑ってくれる人がいたのなら。
医者の存在意義は、あるという物だ。]
お店のキャベツが腐ってる
きゃー、別のにしてー
[・・・そうじゃない。
そういうんじゃない。
*苦笑いが浮かんだ*]
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