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新しい朝
[白い便箋に書かれた手紙を読む。
昨日の午後、看護師が届けてくれた手紙。
もう何度も読んだから
貰った文章は全部覚えてしまった。
青空の色は、たくさん知っている。
夏の深い紺碧や、春の淡い天色。
雨上がりは勿忘草色。冬の秘色色。
南国の空は瑠璃色だった。
窓の外へ視線を向ける。
天満さんに教える、私の想う空色は、
海と雪と空が混じり合う位置の色が良い。
この部屋から、その色は見えない。
見に行かなくちゃ。伝えるために。**]
[あれは真夏の土曜日だった。
陽射しの強い午後、兄と一緒に、
乗用車で海水浴場を目指した。]
二年前・夏の午後
[兄が運転する車の後部座席に沈み、窓に作った隙間から吹き込む風に煽られた髪を押さえる。兄は助手席に座った恋人と談笑していて、私の方を見る事は無い。風に掻き消えて何を話しているのかは知れないが、二人が笑っているから幸せな話なのだろう。
海に着いたら、私も大学の友達と合流する予定になっている。学生最後の夏休み。子供で居られるモラトリアムを惜しんで、就職活動の隙間を縫って、忙しく遊びまわっていた。]
[すぐ後ろに、大きなトラックが着いてきていた。長距離運転の疲労からか、たまにふらりと車体が揺らぐのがバックミラーに映っていて、不安は感じていた。けれど、兄は恋人との会話に夢中で。]
お兄ちゃん…ちょっと休んでいこうよ。
喉、乾いたし。ねえ。
[サービスエリアの看板が見えたから、声をかけてはみたが。風が邪魔をして聞こえなかったようで。看板を過ぎ、後方のトラックとの位置関係もそのままに、私たちを乗せた車は真っ直ぐに進んだ。]
[そのすぐ後だった。
いよいよ運転手の意識から解放されたトラックが、車間距離を詰めて私たちに躙り寄ったのは。酷く乱暴な音を聞いて、後ろを振り返る間さえなく、私は、未来を失った…――*]
二年前・秋の夜
[身体に、正常なところはひとつも無かった。潰れかけた内臓も、破れた皮膚も、千切れた神経も、なんとか縫繋げて修復されたものの。痛みと熱に苛まれる悪夢のような日々。
傷は至る所に残ったし、複雑に砕けた骨が刻んだ神経の復活は望めない両足が冷たく思い。
誰にも会いたくなくて、私はすべての見舞いを断っていた。こんな姿、死んでも見られたくない。友達にも、家族にも、誰にも。私自身の目でだって見たくない。元より両親との折り合いは悪かったし、兄は罪悪感からか私を直視はしなかったから、断る機会もそう多くは無かった。]
一年前・春の朝
[気付くと、ひとりになっていた。
顔や腕の目立つ箇所の傷は綺麗に塞がり、
見るに堪えない姿では無くなった。
でも、その頃には、
会いたいと思う人は居なくなっていて。
友達は皆、大学を卒業して社会人になった。
家族はそれぞれに忙しくしている。
私はこの白い病室を与えられて。
あるはずだった未来に縋り、
死にきれなかった事を悔いて生きる
今に続く日々がはじまった。*]
896号室から、屋上へ
[屋上へ出るには部屋着じゃ寒すぎるから
コートを羽織ってマフラーを巻いた。
海と空が混じる所まで
ちゃんと見渡せると良いのだけど。
どうかしら?と
窓硝子の私と首を傾げて顔を見合わせて。
私は静かに部屋を出た。
エレベーターを使って登った屋上では、
控えめな量の洗濯物たちが風に揺れていて。
冷たい風が、海の匂いを運んできた。
海の歌も少し明瞭に聴こえる。**]
[私と同じくらいの年頃に見える女性は、
風に遊ぶ煙草の煙の中に居て。
笑う顔が少し現実離れして見えた。
からりと車輪を回し車椅子を進めて、
彼女の方へと距離を詰める。]
…こんにちは。
その煙は、美味しいもの?
[喫煙の経験は無いけれど、
彼女が持っていると煙草の煙は
甘いものかのように見えたから。
訊ねてみる。]
…かみさま。神様?
…神様は、あなたを救ってくれる?
[私を救う神様は居なかった。
信仰は太陽にしか
向けたことは無いのだけれど。
煙草の煙を追って空へと向けた目を細め、
再び見つめるのは彼女の顔。]
…素敵だね。
私の前にも現れれば良いのに。
神様とか、天使とか。
[非現実的な存在感の彼女が言う神様が
何者なのかを私が知る由もなく。
ただ、何かを信じる心は羨ましい。
少しだけ微笑んで、
マフラーに顎先まで埋めてしまう。]
…いつもキミの中に居るから
神様と呼ぶのではないの?
離れていても傍に居るというやつ。
でも、寂しいね。
置いて行かれるのは。
[煙草の煙は何を満たすのだろう。
喫煙は緩やかな自殺だと誰の言葉だっけ。
彼女は何を見上げているのだろう。
儚げな彼女の傍へ。
もう少しだけ近付いて。
私は、巻いていたマフラーを外して、
煙草の火を避けて
彼女に巻きつけようとする。
少し、屈んでくれないかな?]
…あげる。
[珊瑚朱色のマフラーは、
彼女によく似合っていると思う。]
…私は神様にはなれないけど、
寒そうな首筋にマフラーは巻けるの。
どう、すごいでしょう。
[手紙だって書けるし、
お手玉だって上手に投げられるの。
少し前向きな気持ちになれたから、
首を傾ぐ彼女の顔を見上げて。
もう一度、微笑んで。
車椅子を動かして、屋内に引き返そうと。]
…手紙を書くの。宿題も待たなくちゃ。
だから、行くね。
また会おうね。キミ。
…ロッカ。
私、アネモネが好きよ。
キミの中の6つの花に、
アネモネはあるかな。
私はクルミ。
[名前を交換して、私は屋内へ。
寒さは気にならない。
海を見られたし、ロッカにも会えた。
楽しく温かい気持ちになれた。
病室へ戻ろうとエレベーターを待つ。
なかなか来ないエレベーターを。]
[階段を駆け下りられたら良いのに。
車椅子の車輪を撫でて、吐息を零す。
エレベーターはまだ来ない。
持て余した暇にまかせて、
階段に少し、近付いてみる。
からから。乾いた音で車輪が回る。
よく磨かれた踊り場を進む。
エレベーターはまだ来ない。
少し、振り向いて表示パネルを確かめた。
車輪が何かを踏んだ。
それは、誰かが落としたハンカチだった。]
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