[徹頭徹尾、夏だ。
夏だから、くそ暑い。
もうすぐ夏休みだとか、休暇制度も無い自営業にはかんけーないんだっつーの、暑いんだよこんちくしょー!]
はい、出来上がり。
[浴衣姿のじょしこーせーに、仕上げの紅を差し、涼しげに微笑みかけながら、俺は内心悪態ついてたわけさ]
[俺は化粧師だ。まあ、いわゆる、めーくあっぷあーてぃすとだな、なーんて一応かっこつけてはいるが、要は美容師に毛が生えた程度のもんだ。
仕事場もお袋がやってる美容室で、稼ぎなんざ小遣い程度。
祭りの時は、踊りに出るとか浴衣に合わせて化粧したいとかっていう若い娘やらのおかげで、ちょっと潤うけどな]
はい、次は、美穂ちゃんだね。
うん、ピンク系?君にはオレンジ系の方が似合うと思うよ。
絶対ピンク?彼氏の好きな色なのか、そうか、じゃあちょっと肌色調整しようね。
[女の化粧に口出す男とかろくなもんじゃねーぞ、やめとけー...と、言ってやる筋合いも無し]
[チリン、と扉の鈴が鳴った]
『ガムラさーん、速達でえす』
[ガムラじゃねえ、ンガムラだよ、と突っ込み入れるのは10年前、中学と同時に卒業した。もともと漢字で書けば『我邑』だ。
先祖代々『ンガムラ』と読むんだっつーのは親父のこだわりだったが、とっくにおっ死んだしな。
そも呼びにくいんで、クラスメートなんかみんな「ムラ」って愛称でしか呼びゃしねえ、意味ねえっての]
はい、ご苦労様。
[印鑑押して受け取った速達は俺宛だった。
誰だよ?俺に急ぎの用がある奴なんて...]
.........あ、ああ、ごめんごめん。
ちょっと下地塗るから目を閉じてね。
[俺はその手紙を、封を開けること無く着物の懐に捩じ込んだ**]
はい、これでどうかな?
ピンクが乗るように肌の色、ファンデで調整してるから、化粧直しはこまめにね。
え?祭りに出張かい?
はは、化粧師の夜店てのも悪くないかもね。
[こんにゃろ、無料で化粧直しさせる魂胆だな?
いまどきのじょしこーせーはちゃっかりしてやが...る?]
え?
[ちょ......なんだこれ?]
[まてまて、有り得ねーから、鏡の中に海岸と、うさ、ぎ...?]
.........
...............
あ、いや、ちょっと疲れ目かな。
[目を擦ったら、わけわかんねー光景は消えた。白昼夢かよ?笑えねー。
俺、そんなにストレス溜まってたっけ?]
かーさん、休憩行ってくる。
[疲れてるんだ、そうに違いない。今日はくそ暑いし、くそ忙し過ぎた。
店の冷房の効きは悪いし、喉も渇いた。
速達なんて......来るし]
『出掛けるなら、ついでに夕飯買ってきて。今日作ってる暇ないわ』
んー、わかった。ほか弁でも見繕ってくるよ。
[チリン...]
......外もあっちー、て当たり前か。
[確か海岸通の方に、新しいカフェが出来たとかって、お客が噂してたっけ...行ってみるかな?*]