─うさぎ売り─
[昼下がりの盆踊り会場。
綿菓子、かき氷、射的など、さまざまな夜店の準備をしている。
青地に黄色いハイビスカス柄のアロハを着た小柄な男が、うさぎがみっちりと詰まったケージをバンから下ろすと木陰に置いた。
ケージの中には、まだ小さなうさぎたち鼻をぴくぴくと動かしながら、身を寄せ合っている。
茶色や黒いのも居るが、なぜか白いうさぎが多い]
ヒヨコと間違えてないっすよ!
[ケージの横に腰掛けた男が、首から下げたタオルで汗を拭いていると、同業者からからかいの手が入る。
男はむきになって言い返す]
地味ぃ? おやっさんが白いの多めにっつーから仕入れ回ったんすよ。
色っすかー……綺麗かもしれないっすね。後で食紅貸してください。
──よっと。
[綿菓子屋に歯の欠けた顔でにかっと笑うと、立ち上がる。
バンからいろいろなものを取り出し、隅っこに柵で大きめの円を作り、その中に水や干し草、お好み焼き屋から貰った野菜屑などを置き、うさぎを中にうさぎを放つ**]
─兎─
[あたたかい。
母に、すりよりうとうととしていた。
最初に母がぴくりと長い耳を動かした。
ごわんごわんと足音がする。
オオキナヒトが来た。
母と一緒に跳びはねて隅に寄る。なるべく母の影に隠れようとした。
オオキナヒトは嫌な匂いがする。
餌をくれるけど、嫌い]
『こいつも白いな』
[オオキナヒトが近づいてくる。
生暖かくていやな匂いのする息がかかる。くさい。
母がぱっと跳びはねて、オオキナヒトから離れて行く。後を追おうとしたら、オオキナヒトにつまみ上げられた。
母は立ち止り、黒い目でこちらを見上げている]
─兎─
[オオキナヒトの腕の中。ゆらゆら揺れる。気持ち悪い。
オオキナヒトの太い指の背でなでられる。変な匂いがつく。身を小さくする。嫌だ怖い。オオキナヒトの腕は太くて、がっちりと捕まっていて、跳び下りて逃げるには高い]
『よっ』
[オオキナヒトにほうり投げられる。
──ぱふり。
もこもこの毛の中に半ば埋もれる。仲間だ。同じ匂い。
足が床につくと、鼻をすりよせ匂いを嗅ぐ]
『そろそろ行くぞ』
『おお──こんなもんか』
[地面が揺れる。
両側からオオキナヒトの匂いがした。くさい]
─兎─
[変なにおいのするくらいところ。
たくさん揺られる。みんなで身を寄せ合う。
明るいところに放たれる。
知らない匂い。ここはどこ?]
─うさぎ売り─
[最初は怯えていたうさぎたちが、ハナをひくひくとさせ、徐々に干草やペレットを口にしてゆく。
男は白い板を取り出すと、黒マジックの下手な字で『ウサギありマス 大特価1羽2000円!』と書いた]
どうっすかねー。
え? 高い……?
[綿菓子屋に指摘され、ぐるりと辺りを見回し、うさぎの単価が他の店の価格と大きく隔たりがあることにがっかりする]
絶対売れないっすよねぇ……え? ああそりゃいいっすね!
[嬉しそうに、下に小さく『うさちゃんと触れ愛 餌やり1回200円』と書き足した]
エビコねーさん。ニンジン下さい。キャベツの切れ端でもいいから。
[ものすごい嬉しそうな顔で、お好み焼き屋台の主人に野菜を貰い、うさぎの柵の前に戻る]
いらっしゃいいらっしゃーい。
ウサギがいまならたったの1羽2000円! 1万円でおつりがきますよ!
かわいいウサギちゃんに餌もやれます。それならなんと200円!
抱っこもしほうだい!
[迎え火の煙が立ち上り、日が暮れる頃、男はハンテンを着て陽気な顔で呼び込みを*始めた*]
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ウサギのカウント方法について。
1羽ってカウントするときは、食肉用のウサギのことだそうです。
なんで1羽かっていうと、日本がまだ肉を食べてはいけない時代に、ウサギは鳥だからって論理だそうな……無茶な。
愛玩用は、1匹もしくは1頭だそうな。