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屋上
[微笑む来訪者の言葉に一瞬、瞳を瞬かせた。
しかしなるほど、確かにここは気持ち良い。
少なくとも、陰鬱とした空気を感じる院内よりは。]
んだな、海からの風がやさしくて…、
[と、わらって彼女を眺めていた男は
"嬢ちゃん"が煙草を吸い始めたことに再び驚いた。
それも、女性には余りにきつすぎる銘柄だ。
天へと思いを馳せるかの如く白煙を燻らせる姿を
暫し、じっと見つめて]
そうか。嬢ちゃんは煙草がすきかァ…
煙草も酒も、ないと生きていけんよなァ…
[自分に言い聞かせるような呟き。
酒に溺れては家族に手を挙げ
やがては彼等を失ってしまった。
自覚しているのに、止めることは出来ぬまま。
酒と、そして煙草を吸っている間だけは、不思議と
胸の痞えが取れるような
そんな錯覚の中で手放せぬ嗜好品と化していた。
娘のような、孫のような妙齢の女性と
一緒に吸う煙草はさぞかし旨いだろうと感じつつ
ごそり、ズボンのポケットに手をやり
くしゃくしゃになったパックの中身、本数を数える。
残りは5本。次は何時買えるかわからない。
旨そうに吸うお嬢さんを眺めるだけにしておいた**]
[澄んだ声のお嬢さんの頬から
表情は余り読み取れないけれど。
慣れた所作で不似合いな強い煙草を吸う姿は
なにかの儀式のようにも思えていた。
だから、お嬢さんの唇から
「かみさま」の単語が紡がれても
違和感を覚えることはなかった。]
そうか、そうかァ…
かみさまは、お嬢ちゃんがそうして
思い出しながら吸ってくれるのを
喜んでるだろうなァ…
[「かみさま」がお嬢さんにとって
どういう存在なのかは解らないけれど
この世に居ない人物なのだろう事は悟る。
父親だろうか。
そうだったら良いのに、と思ってしまうのは
自分もそうして誰かに思い出して欲しいからだろう。
は、と白い息を吐き、自嘲の笑みをひとつ。
階下から聞こえる声音に反応するお嬢さんへ
「危ないよ」と声を掛け]
お嬢ちゃんの彼氏かァ、そりゃあいい
早く退院して、仲良くやんなァ
[事情も知らぬ癖にがはは、と笑ってそう告げた。
屋上から去り行くお嬢さんへ手を振って
華奢な背中を見送ろう]
[不思議な雰囲気を纏うお嬢さんの
唯一の否定の言葉に面食らったのは一瞬のこと。
"色々と複雑な年頃なんだろうなァ"と
ぼんやりと馳せた。
若いお嬢さんが居なくなった後の屋上は
なんだか少し、寂しさが増したような気がした。
お嬢さんがそうしていたように、
少しばかり顎先を持ち上げ、白い空を見上げる。
良い頃だって、あったのだ。]
[末娘が小学校に上がる頃、仕事が軌道に乗り
若い衆を5人ほど雇って切り盛りしていた。
女房も夜の仕事を辞めさせ、共に仕事を分担し。
娘達には可愛い服を買い与え、
好きな習い事をさせていた。
夏休みには海辺の宿へ旅に出る。
出来たばかりの鼠ランド、美術館へ絵画を観に訪れ
冬には、露天風呂が自慢の温泉宿へ
家族全員を連れて出掛けた。
誕生日には、外食を。
笑顔の絶えぬ家の中で、
娘たちのラフスケッチが溢れていく。]
『お父さん、みて、100点とったんだよ!』
『お父さん、またゆうえんちいきたいな』
『お父さん、せぇらーむーん描いて』
『お父さん』
『お父さん』
[けれど、景気の良い時代はそう長くは続かずに。
仕事は次第に安く叩かれる下請けのみになり、
知人の伝で辛うじて塗り替えの仕事が出来る程度に。
何時しか、朝とも夜ともつかず
酒に溺れるようになっていた。
博打に手を染め、勝てば豪勢な飯にありつき
負ければ家族に手を上げ、娘のバイト代まで奪い
翌日の博打代にして、時を過ごした。]
ああ… 寒ぃな…
[愚かな過去の自分を思い出し、
それを払拭するよう首を振った。
空腹と寒気は人を気弱にしていくのだ。
綺麗な、無垢なお嬢さんの姿を
娘達の姿と重ねながら
屋上へ背を向け、院内へと戻っていった*]
[相変わらず職は、ない。
知人に頼み込んで日雇いで塗装工をしているが
ここ最近は呼んで貰えない日々が続いていた。
帰って酒でも飲もうと、廊下を歩む道すがら
白衣の青年の姿が見えた。医師だろう。]
医者、っつーのはよう…
[そこに佇んでいるだけで、
妙な威厳があるから不思議だ。
どんなに若かろうが
白衣を着て院内を歩んでいるだけで
「先生様」と拝みたくなってしまう。
母が末期だから、余計にそう感じるのかもしれない。
遠巻きにユウキ医師を眺め、手を合わせた]
母ちゃんを、頼みます先生…
[声音は届かずとも、妙な動作は
医師の目に入ってしまうか。
せめて、苦しまぬように、と。
解らずも、男はそのまま正面玄関から*去っていった*]
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