[前にこの村を訪れたのは田畑に水が入る頃だった。
灰色の土へ清水のしみゆくなんとも言えない気配と、
真っ青な五月晴れの下のけるるんくっくな大合唱。
めずらしがりの弁護士は、話のついでに誘われた
祭りの時期を忘れもせずにまた村を訪れている。]
だったら、
今時の人は なんて呼ぶんですか? ネギヤさん。
[祭りの準備に吊るす提灯には、
蝋燭でなく電球をねじ入れた。]
それとも…… もう、
ひとは雲を名づけたりはしないのでしょうかね。**
[手の中の布は軽いんだろうが、これでも祭りに貰う小学生の小遣いとしてはまあまあの小銭が入っているのだろう
今時こんなのはちょっとださい。
そんな事を思ってはいるがばあちゃん手製のがま口財布だ。これをお使いやと渡されれば使うしかない。柄はばあちゃんの古い着物の生地使っているとか、なんとか。そんなのよりも小学校で流行のマジックテープの財布がいいとかなんとかはともかく、もうすぐ奴との決戦だ]
もうすぐ奴との決着をつけるときなんだぜ。
今年こそひもクジのおっちゃんに勝ってやる!
[大人達が準備をしていて、もうすぐ始まるだろう待ち遠しい夏祭り。
がま口財布を握り締めて目標はひもクジの目玉、新型のゲーム機だ。
ひもクジの屋台のおっちゃんにカモにされる未来は案外近かったりするのかもしれない]
ポチ、きつねぐもだ
[赤みがかった茶色髪の青年が空を指さし、横に並んで座っている茶色の犬に話しかける
犬はワンと吠えると尾を振り、飛びかかる]
おい、こら
飛びかかるんじゃない
あはは、くすぐったい
[犬は飼い主の青年の顔を嘗め回す]
まったく、ベタベタじゃないか
[ボヤく声は怒った様子はない]
もうすぐ祭りか
お前も連れて来てやるぞ
[ワンと犬が鳴いた**]
[からりからりと下駄を鳴らして、屋台が彩る境内を一通り見て回る。
綿あめ、ベビーカステラ、金魚すくいに、型抜きなんてのも未だにあって。]
俺が子供ン時と全っ然変わんねえな
[中高と寮生活、そのまま受験して大学、と長い間正月しか帰っていなかった。
何故今更気が向いたのか、自分でもわからないが、来てみれば案外楽しみだ。]
[着物自体は好きで、村を離れてもよく着ていたから慣れたもの。
田舎は嫌だと飛び出したのに、妙な話だと自分でも思うが、好きなものは好きなのだ。]
あー、っと…何だっけ?
[鳥居を見上げると目に入った雲。
小学生の頃、同じ祭の時に見て、祖母に名前を教えてもらったのは覚えているけれど、肝心の名前が出てこない。
鳥居、雲、鳥居と交互に見て、首を傾げた。**]