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えっと・・・。
たっ・・・た・・だぃ・・・・。
[家の玄関口で身を縮こまらせるようにしてそわそわと落ち着きなく]
ただっ、ただいまっ!
[ひとしきりの逡巡の後、か細い振り絞るような声でそう一言、家の中に向かって投げかけた。
上ずったその響きは薄暗い家屋の奥に吸い込まれてゆき、しんとした静けさをよりいっそう際立たせる。
ちかの頬は興奮からか高潮しうっすらと涙ぐみながら、じっと何かを期待してその場に佇む]
[しばらく待つが、しかし応えはない。
声が細すぎたのだろうか?
期待を込めたキラキラした瞳に徐々に不安そうな曇がかかり、やがて頬をひとしずくの涙が落ちる]
ぅ・・・。
[ふらふらとその場を離れ、門扉の影の椿の下に潜りしゃがみ込むと、膝を抱えて顔を伏せ声を殺し*泣き始めた*]
[突如自分に向かって降りかかってきた声に、びくりとして思わず顔を上げる。
その勢いに揺られて紅椿の花の首が傾ぎ、ぽとりとちかの頭に落ちて髪に引っかかった]
・・・今のは・・えと、アンちゃん・・・?
[そう言う前にアンはさっさと玄関扉を潜り抜け、中に入っていって姿が見えなくなってしまった。
なすすべもなく呆然と見送りまた俯くと、かわりに猫がやってきて擦り寄ってきた]
えとえと、ギンちゃん・・・?
[ギンに顔を向けると、髪の椿の花びらが一枚はらりと散ってちかの頬に張り付いた。
血色の悪い青白い肌に、ぱっと紅が差す]
おいで、おいで。
[くるくる周りを回っているギンに手を伸ばすと、そうっと抱き上げ腕の中に収める]
うわぁ、あったかい。
凄くあったかい。
[目を細めてじわりと嬉しそうな顔をすると、目の端に溜まっていた涙がまたほろりと頬を伝った。
ちかは細い腕でぐしぐしと涙を拭い、ギンを抱いたままゆっくり立ち上がる]
”くぅ”
[その拍子に、小さく控えめにお腹が鳴った]
・・・おなか、すいたな・・・・。
なにか、ないかな?
[その場できょろきょろと周りを見回すと、庭にサルビアの花が目に付いた。
いそいそと駆け寄ると、紅い花びらをそっと引き抜き唇に含む]
甘い・・・。
[嬉しそうに微笑み]
いっぱい咲いてるよ。
今日はごちそうだね。
ギンちゃんもたべる?
[ぷつり、ぷつりと、ひとつずつ花びらを抜きとり、味わうように蜜を*吸っている*]
[夢中になってサルビアの蜜を吸っていたら、ギンが腕からするりと抜け出てしまった。
慌てて捕まえようとするちかの指先を、ギンはしっぽをゆらゆらと揺らし往なして数メートル先に進む]
あ・・・まって。
[立ち上がり後を追いかけて]
・・・入りたいの?
入っても・・・いいんだよね?
ここは、わたしのおうちだもんね?
[誰に問うでもなく呟いてから、そっと玄関の戸をからりと開ける。
さっと中に入っていくギンを追いかけるようにして、なぜか恐る恐る一歩足を踏み入れ]
[一瞬。くらりと目の前が揺れた気がした]
・・・・・・。
あれ?わたしなにをしていたのかな?
[次の瞬間、ちかからはびくついた表情が消え、穏やかな雰囲気を醸し出していた]
たたいま、みんな。
今日のご飯は何かなぁ?
わたしもうお腹がぺこぺこだよ。
[弾んだ声でそう言うと、後ろ手に*扉を閉めた*]
[ベックの「お帰りなさい」に、少し大げさなくらいににっこりと微笑んで]
じいじ、ただいま。
ごくぼそぽっきー?
[ベックの見せるものを興味深そうに見つめる。
そしてはにかむように微笑んで]
貧乏でも、じいじやアンちゃんやギンちゃんがいるから、すごく楽しいの。
アンちゃんがおねえちゃんなの。
ゆうちゃんが、ゆうちゃんのおねえちゃんを名前で呼んでたのがうらやましかったの。
わたしもおねえちゃんが欲しかったから、アンちゃんはおねえちゃんだから、アンちゃんと呼ぶの。
じいじも、じいじと呼びたかったの。
[喜びをどうにかして伝えようと、たどたどしいながら言葉を紡ぐ]
[アンの呼びかけにも]
うん、アンちゃんがおねえちゃんなの。
じいじもアンちゃんも、むずかしい文字が読めてすごいなぁ。
あ、これはわたしも読めるよ?
「ま」だよね。
[新聞の見出しの文字を指差して、少し得意げに。
しかし指の先にあるのは「よ」]
ご飯、うん、お腹すいた。
いいにおいがするね、今日は何かなぁ?
[おっかなびっくり配膳を手伝いながら、茶碗に盛られた真っ白いご飯や鍋いっぱいのおでんにきらきらした視線を投げかける]
わあ、白いご飯だ。
ごちそうだね!
[いただきますをしたのち、慣れない手つきでぎこちなく箸を握って口の中にご飯を運ぶ。
嬉しそうに何度も咀嚼してごくり]
おいしい!
[何かをひと口食べるごとに繰り返すものだから、なかなか食べ進まないが、本人は気にしていないようだ]
もうおなか、いっぱいになったの?
ギンちゃん。
[おでんのたまごの黄身を口に運びながら、ギンに声をかける。
しかしその顔が微妙に歪み]
う・・・うう・う・・・。
[またぽろりと頬を涙が伝う]
か、らい・・・。
[用意してあったコップの水を一気に飲む。
たまごの黄身と辛子を間違ったらしい]
心配してくれてるの?ギンちゃん。
わたしは大丈夫よ。
世の中にはいろんな食べ物があるのね。
初めての味だったから、びっくりしちゃった。
でもこれが「からい」だってのは分かるのがふしぎね。
・・・ギンちゃんが食べていたあれ、おいしいのかなぁ?
[ギンの喉元を撫でながら、台所の缶詰のあたりに視線をちらり]
おいしいんだ!
おでんもおいしいけれど、明日はあれ、食べてみたいなぁ。
[にこにこしながらだいこんをひと口。
相当長い時間をかけて食事を終えると、片づけを始める。
しかし不器用なのか、おっかなびっくりで恐る恐るなので、洗い物の最中にコップとお皿を*割りました*]
おなか、すいたの?
わたしもおなかすいた。
一緒にあれ、食べようね。
[ギンを抱きかかえると、台所に向かう]
えっと、いろんな種類があるね。
どれがおいしいのかな?
[缶をいくつも並べて、楽しそうに見比べている]
これね!
[ギンの選んだ缶と同じものを両手にひとつずつ手に取り、矯めつ眇めつふたつを見比べて]
・・・これはどうやってあけたらいいのかな?
[じーっと見つめて、プルトップを見つけると、思いっきり引っ張ってみた]
”ぷぎっ”
[小気味良い音とともに勢いで中身が飛び出して、ちかの鼻の頭にぺたりとくっ付く]
きゃ!?
やだ、ギンちゃん、くすぐったいよぅ。
[なぜかおかしくて、くすくすと笑い出す]
あわてなくても、たくさんあるよ。
ええっと、おさらとおさじ・・・。
[小皿を取り出し、スプーンで缶の中身をほじるようにして移し替える。
そしてスプーンに付いた猫の餌をぺろりと舐めて]
おいしい!
すごいね、ごちそうだね。
こんな小さな中にこんなものが入ってるなんて。
さあ、みんなで食べようね。
[感動しながら缶を次々にあけて、並べた皿に人数分移し終えると、テーブルのほうに運び始めた]
[猫缶を盛った皿とスプーンを人数分並べ、床にギン用の皿も置くと]
じいじ、アンちゃん、今日のご飯はわたしが用意したの。
これ、すっごくおいしいのよ。
いただきます。
[にこにこと嬉しそうに、スプーンで掬って口に運ぶ]
とろとろしてる。
おいしい!
[*喜色満面*]
― 回想 ―
うん、じいじはわたしが孫さんにん産むまで生きるの!
わたしもうすぐお嫁に行くし、だんなさまはどんな人かなぁ?
すごく楽しみ。
[明るい声でそう言うが]
・・・わたしは器量が悪いって言われてるから、あらなみは乗り越えられないのかなぁ?
[ちょっとしゅんとしている。
確かに腕も足も細くガリガリで血行も良くない。
髪も、伸ばしているというよりは切り忘れているという感じで、ぱさつきが目立っていた]
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