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…
お前ンさあ、 何ぃか。
[「お前さまは、何か」
――老婆のものでない声へ男は低く言う。]
おはんな、誰ぃさあな。
[「お前は、何さまだ」
――老婆のものでない声へ男は低く言う。]
『わたしのことなんて
すっかり忘れてしまったみたい』?
『 くやしいから ―― 』 ?
[ずっと胸にあった静かな憤りは声を掬う調子に滲む。]
…そン気持ちで、婆っばんに つけこんだ とか。
お参りが減ってお社の力が弱まったから て 何ンか。
…『あのひと』は タカハルんこつ か?
ひとの願い 破るなら その望み 潰えろ。
―――― 叶える気の 無か 手で
セイジに 触ンな !!
…よウ。
蜂でん、刺すときァ 命懸け じゃっど。
[声は押し殺すとも、移民の男は人目を憚らず在る。
その視線は確かに老婆の目の高さへ宛てたものと思しく]
お前が 懸けたは、自分の命ですら 無か。
婆っばん、 握り飯が いつもうまかったのは
俺の腹が 減っちょった だけじゃ 無か。
婆っばん、「そいつ」は 婆っばんに 似とらん。
[さわれない手が、宙をみえないままに摩る。
虚空へ描き出すのは、ボタンの頬のかたち。]
婆っばん、「そいつ」は ――叱って やらんとか?
てるてるぼーず、てるぼーず……。
[川原に生える木の枝の上。
川面に張り出すそこに腰掛け、ぼんやりと歌いながら、傘を回す]
もーちょっと、かな。
……あと、少し。
[呟く目が見つめるのは、増水して色の沈んだ水の流れ]
[渡されたぬるめの茶を一口二口飲みながら。婆っばん、と誰かに話しかけるようなヌイの声を聞く。頭を過ぎったのはボタンの姿。それにも表情へ驚きを滲ませたが、続く「やりとり」には一層困惑と――少しの緊張を浮かべてヌイの様子を見届けた]
……
お社の……、!?
[突然強い口調と共に引き寄せられれば、刹那、目を見開き]
……ヌイさん。……そこに、ボタンさんがいるんですが?
何かが……いるんですが?
[呟くように。持たされた傘を握り締め]
あ……僕は、大丈夫です。歩けます。……
[背負われれば慌てたようにそう言った。無理に降りようともしなかったが]
…うん。
歩く じゃ 急がれん、セイジ。 川、連れてく。
[だ、とそのまま河原のほうへ――
下り船の船着き場を目指し、男は駆け出す。]
タカハルを取られっとじゃ 無かぞ。 …ぜったい
[後に残るは、置き去りにされた自転車。
緩んでいた荷台の紐がほどけて――トランクふたつが、落ちる。
弾みで開いた蓋から、わんわんと雨空へ飛び立つ熊ン蜂。
あかい蜂たちはアンに、
しろい蜂たちはネギヤに、
みどりの蜂たちはキクコに、
きいろい蜂たちはボタンに、
むらさきの蜂たちはギンスイに――――
あおい蜂たちはンガムラと共にある存在へ、柔く懐いて。
涙雨の空に、縒りあわせるには、たりない虹を*かける*]
[川面から、右手に下げたてるてるに、視線を移す。
半泣き顔のてるてる坊主]
やっぱ、あと、一人、誰か。
送んないと、『堰』を越える水は、でねーかぁ。
[呟いて、表情のない目で周囲を見回す]
……さって、どーしよっか、な?
有難う、御座います。
[礼を言い、ヌイの肩を左手でしっかりと掴む。傘を持った右手は添えるように。揺れ流れていく景色。タカハルの名前に、頷き]
……絶対に。
[強く、そう言った]
――わあ……。
[指さされた虹色の蜂を見て、感嘆の声をこぼす。それらが...の目には映らない存在を示す様子を眺め]
……はい。……わかります。
[眉を下げてから、微かに、笑んだ]
……ジャマすんな、って言ってんのに。
[呟きの直後に一瞬浮かぶのは、苦笑い。
けれど、それはすぐに消えうせる]
『解放を阻む者には、容赦はしない』。
[零れる声は、少年のそれとは異なるもの]
―裏山―
ホズミちゃん帰ってきて残念でしたね。
[社の前の人影に声をかける。
冗談に怪訝な顔をした月下は、ボタンのことをぽつりと零した]
煮物が固い?
俺も思いましたよ。
[賽銭箱へ105円を投げ入れて、手を合わせる。
願い事は口には出さない]
[川原の手間で降ろされれば、きっと前を睨むようにして歩き出した。探すタカハルの姿は、すぐに認められ]
……タカハル君。
タカハル君と一緒にいる、誰か……
もう、誰も消さないで。
[身構えながらも、ぶれない調子で言う]
……“好きには、させん”
[解放を望む者に応えるような。
ふと、低く漏れた声は、...とは違ったものだったか]
……やーだなぁ、ヌイっち。
そんなん持って、どーすんのさぁ?
[櫂を拾い上げるヌイの様子に、軽い声を上げる。
いつもと変わらぬ、少年の声]
……ジャマ。しないでほしーんだけど。
[続く言葉は、少し冷えた響きを帯びていた]
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