ぇ…!!
わ、私は……。
[よもや質問が返るとは想像しておらず、一瞬肩を震わせて、視線を逸らす。
思考を巡らせ、口から零れたのは]
探さない、ほうが良いんじゃ、無いかと…。
[どう受け取られるのか判らないけれど、そう答えずに居られるほどの余裕は無くて。]
[十分過ぎる程の暖かさに包まれながら、しゃくり上げる。]
あ… …りがと…
…あり…がとう…
[そう繰り返す事しかできず、甘える子供のように擦り寄れば、髪にそっと触れる感覚。
何かがゆっくり溶けていく気がしたのは…。自分の心?あの声の主の想い?それとも…その両方?]
[予期する事も出来ずに巻き込まれた、今日の不可思議の数々。
それは、あの兎の悪戯と思っていたけれど。]
(……向き合わなきゃ、いけないの、かも)
[普段ではありえないことは、すでにあの時始まっていたのかもしれない、と、鞄の中の立方体の感触で、ふと考える。
きっと理由があって自分は此処にいる。
必要とされている、のか。自身が必要としている、のか。それは判らないけれど。]
[柔らかな腕に包まれて、穏やかな思考が巡る。]
(だけど…。もし向き合う事で傷を負う事になったら…。傷付けて、しまったら…。)
[決意というには程遠い、未だ迷いの混在する、そんな曖昧な想いだったけれど。
それでも、もう一度歩を進めるくらいには十分なもので。]
……六花さん。
私、行こうと思います。
[まだ霞みの残る目で訴え。
ゆっくりと見据えたのは薄紫の奥。
きっとそこで、逢える。
人差し指で、最後の雫を拭い払った**]
[鞄の持ち手を両手で握り締め、前を見据えれば、ゆっくりと、しかし確かな足取りで幾本もの藤を潜り抜ける。
時折さらさらと花房が音を立てた。
最早過去の物とは言えない程度に、集まってしまった記憶の欠片。
未だ抗ってはいるものの、掻き消す事は出来なくて。]
[次に二人へと、声をかけたのは、どの位歩いた頃だったか。]
……あの。
ごめんなさい…。
[一時立ち止り、呟くように。
背を向けたまま、なのは、心苦しさから。]
多分、お二人や…他の方達…。
此処に連れて来てしまったのは…。
私…。いえ…『私達』なんだと思います。
まだ、判らない事が沢山あって…。
だから…。今はこれしか言えないんですけど。
でも…きっと。
この先に行けば、きっと…。
[見据える先に、自身の答えも、皆の答えもきっと存在する。
そんな想いを口にして。]
此処からは真直ぐ。
もうすぐだと…思います。
[僅かばかり振り向くようにして、軽く頭を下げてから再度踏み出す。
その刹那、聞こえてきたのは、外からでは無い方のコエ]
[散り散りだった欠片達が、僅かばかり繋がり始めれば、今一度ふたりへと向き直る。]
…ごめんなさい!
[何度目の謝罪か。
勢いよく下げた頭と反比例する髪が、ふわりと跳ねあがる。]
私…急がないと…!
このまま、真直ぐ。
必ず、辿りつけますからっ…
[優しく接してくれた二人に、焦燥感を隠す事すら出来ず、半ば叫ぶようにしてそう告げると、スカートの裾を翻して薄紫の中へと駆けだした]
……お礼も……
言いそびれた…っ
[切迫する呼吸の中、一人ごちて]
………はぁ …っ……はぁっ
[元々苦手な上に、不安定な足元。一歩一歩に息が切れる。
どうしてあの時、思い出さなかったのだろう。
……ううん、そうじゃない。
本当は……――]
……どうして…… はぁっ……
[髪を跳ねさせながら、もうだいぶ来たはずなのに、辿り着けない。]
この辺りのはず、なのに…っ
[拒絶、されて、いる?]
………
[耳奥に届いた声は、確かに言った。
『具合が悪そうだった』
その言葉に拓かれた記憶は、幼い頃の…。
思い違いならば、それで構わない。
でも、そうで無かったとしたら…?]
(どうして?さっきは呼んだのに…)
[重くなっていく足で懸命に地面を蹴る。
けれど、すぐ近くであるはずのその場所には、届かない。]
(私が…迷っている、から?)
[薄紫の迷い道。
記憶と、想いは行き違い、触れ合っては、また離れて。]
何処なの? ……くん!――
[駆けながら発すると同時に、足をとられて身体がふわり、一瞬宙に浮いて。
倒れ込んだのは咲き誇る藤の根元。]