あ。
[宛てもなく歩きながらふと、思い出す。
約束をしていた。
友人との食事。
仕事でたまたま、近くの街まで来ていると聞いて、それならと。
故郷に居ることはうっかり話してしまったことではあったが。
彼女もまた、この空間に誘われているとは知る由もなく。
それでもまさか、このような変装をしているなどとは彼の友人も思いもしないだろう。]
(今、何時だろ…?)
[携帯を取り出す。
約束は明日だから未だ、焦ることはないのだが。]
…
[見れば液晶画面が示す数字が止まっていた。]
これって。
[覚める夢なのか。
覚めない夢なのか。
水の匂いに顔を上げれば、藤色の中。
七色に揺れる水面。
広がる泉。]
――――…よし、少し、休もう。
[適当な藤木に身体を預け、目を閉じる。**]
-夢の中の夢-
お疲れ様。
[店先、ひょっこり顔を出してお得意様に告げる。
正確にはお得意様の、孫。]
今日もお祖母さんの?
[抱える木箱を視線で示す。]
…何日も徹夜して作ってたの、それだったのかなあ。
[少し拗ねたような顔をして空を見上げる。]
いつもいつもいーっつも仕事優先。
お客様第一。お客様命。
家族のことは二の次三の次。
他人の為に身を削って、
…いいように、騙されて。
――――…馬鹿みたい。
[にっこり笑う。]
うーそ。
いつもありがとうございます。
[深々とお辞儀。
回転する世界。]
おばあちゃん、やさしい?
[お得意様の女性と両親が話している後ろ。
そっと聞いて見る。
時折、お得意様に着いてくる男の子。
最初は店の奥、眺めているだけだった。
気付かれても、隠れて。
またそっと、覗いて。
そう、あの日。
あの日初めて、話をしたのだ。
なんでもないことを。
素直に口にして。**]
――…
[ゆるく目蓋を開ける。
時折、見るのだ。
遠い、過去を。
どうしようもない、いくつものそれを。
不意打ちのように。]
…ほんと、
いつもいつも、ありがとうございます。
[自嘲気味にふっと息を吐いて。
束の間の浅い眠りから起き上がる。
変わらない藤色。
変わらない水面。
その中に。]
ん?
[なにをしているのだろう、と暫く眺めていると、背後。
先程の兎の間伸びた声。]
あのひと、君の友達?
[なんとはなし聞いて。
続く言葉、空間がどうの、時計がどうの。
よくわからないが、壊れた時計の鍵と螺子を探しているらしい。]
鍵と螺子…
[またしても一方的に語って去る兎。
耳に触らせてくれたら協力しよう、とかそんな取引は出来そうになく。
けれど、手伝うにしてもせめて。]
何処で無くしたのかくらいは教えてくれないと……
[どうしようもない。
現状の結論。]
…
[お互いがお互いを訝しみつつ、見つめ合う。
そうした後、その友達はゆっくりこちらに歩いてきた。]
(わ、大きい…)
[出来た影。
立ちあがっても見上げる形になる。]
いいえ。
[問いにはそう返して。
藤木を背に思っていたことを告げる。]
その、鍵とか螺子とかのことはよくわからないけれど、
あの友達…、あまり怒らないほうが―――…
[声から性別は解ってしまうかもしれない。]
…?
[男からの謎の相槌にサングラス越し。
目を瞬かせる。
見えない何かと話しているような。
けれどそれがいかにも、この世界の住人っぽく感じられて。
ここでは変ではないのだろう。
心の中、勝手にそう判断する。]
うん、あの子も一応探しているみたい。
私にも、その鍵と螺子?
探してって、さっき。
だから――…
(あれ。)
[目の前でぐぐぐと、傾く首。]
壊れた時計……だったけ。
君がその持ち主なのかなって。
違うの?
[あの兎に壊されて、
だから怒ってたのじゃないのだろうか、と。]
ほんとうに?
[友達であることを全力否定している男を伺うように見つめる。
巻き込まれたとの主張に。]
じゃあ、普通の変人?
[失礼なことを軽蔑する風でもなく当たり前のように聞く。
それはまるで、名前を尋ねるかのような調子。
そして、聞こえた呟きには。]
――――…でも、
あんな風に相手のこと気にしないで、色々言えるのって少し羨ましいかも。
[かなり嫌がっている風な男とは対照的。
そんな感想を口にするのだった。*]