[からんころん。
ここに来られるのも久しぶりだと店内を見回して]
こんばんは。
今日は珍しく客が多い……じゃなくて、珍しく女性客が多いですね。
[悪びれずに言い直し、席に座ると]
なにか食べるものをお願いします。
空腹で酒飲むのきついから。
[徹夜明けで疲れた目を、眼鏡の奥でしばたたかせた]
[誰かの話しかける声に、そちらを向く。
その相手は意外なひと――羊のぬいぐるみで少し驚いたように]
……フォルカー。
[ふと思い出したのは、一冊の絵本。
それと関係があるとは思わないが]
はじめまして。
[あまりにも見すぎてしまった気がする。
そのまま無言なのも、という気分になり、プレーチェに小さく会釈をした**]
[プレーチェが視線をフォルカーに移す。
それを機会に、こちらも視線をカウンターの向こうへ。
薄く染まったような頬に、酒を飲んでいるなら20歳以上なんだろうか、とまだ酔ってもいないのにぼんやりとした頭の端で思った]
ええ、お久しぶりです。
昨日が締め切りだったんですが、解放されたら何も食べずに寝ていたらしくて。
起きたらさっきでした。
[ではビールで、と頷く。
ネギヤの様子はちらりと横目で見るだけ]
ありがとう。
店屋物はいいので、ご飯をください。
ばれますか、やっぱり。
[目が赤いことを指摘されて。
僅かな苦笑を浮かべ、眼鏡を取ると目を擦った]
[プレーチェとフォルカー、エビコのひそひそ話には何も気付ないらしい。
ただ話が途切れて間が空いた時を見計らい、会釈をしたりはしたかもしれない]
……。
[用意されたおかずをゆっくり口に運び。
いつもよりどこか沈んだ様子で、でもなるべく気取られないように小さくため息をついた]
え、読んで下さったんですか。
[意外そうに]
興味深い……それは喜んでいいのかな。
[ダーツセットはお堅い推理小説。
自分のいつもの作風だが、新鮮味が足りないといつものように言われてしまっていた]
[ご飯を受け取り、礼を言う。
ポルテの言葉に、ため息が聞こえてしまったかと思い]
すみません。
この店であまり暗い顔はしたくないんですが。
[一拍の間]
編集に言われて新しいジャンルに挑戦しているんですが……なかなか上手くいかなくて。
[自分は元々推理小説を書きたくてこの世界に入った。
だがなかなか売れず、なかば強引に勧められ頷かざるを得なかった、というのが正直なところだった]
[内容を話し出すポルテに]
ああ、ダメですよ。
そちらの方に犯人がバレてしまいますから。
[すっと自分の口に人差し指をあて。
エビコの問いに、村下冬樹です、と改めて名乗った]
白雪姫は……。
案外ロマンチストなんですねと笑われました。
[チケットを水に浸し凍らせた凶器。
犯人が主役を演じるはずだった白雪姫の舞台のそれは、物語の重要な鍵だ]
エビコさん、ですか。
時々こちらにはいらっしゃっています……よね?
[見かけたことがあるような。
多分話したのは初めてだと思う、酔っていて記憶が無い限りは]
手法というか、ジャンルが違うものです。
僕が恋愛小説を書くとは思いませんでしたよ、本当。
[あはは、と笑いが出る]
そういうものも多いですよね。
犯人探しだけではなく、そちらの掛け合いや恋愛描写を楽しめるという。
自分の場合探偵側に恋愛要素を入れるのがどうもうまく出来なくて……そこが受けないんだとよく言われます。
[ちなみに読むのは好きだった]
雑誌は“オ”“ズ”“ブ”“ダ”、題名は『[球場]の森』です。
……少し恥ずかしいですね。
[作家のクセに、ではあるが]
それが、犯人側ならどんどん書けるんです。
[何故か。
そしてやっとビールを飲み始めた]
……寝てしまったようですね。
[ふと。
プレーチェの様子に、寒くないだろうか、と]
リアリティが足りないらしいです。
[少し乾いた笑み]
家の人が心配しないといいですけどね。
[と言いつつ、ここを訪れる時は時計をしないため、正確な時間は分からない]