「記憶データあるじゃない?あれ入れてバグるのって容量の問題らしいよね。この前メンテナンス行ったら、その話で盛り上がってさー」
レンがそう言ったのは、公園から駅までの道を歩いている時だった。
イヴに関連することを雑踏の中で話すことは、いけないことのような気がして、緊張したものだ。
「そうなんだ」と答える私の声は、小さかったように思う。
「私達と製造日近いのに、会っちゃダメって言われてた子いたの覚えてる?」
商店街を歩きながら、レンは言った。
「ああ。あの人、私より高いヴァイオリン使ってるらしいじゃん。むかつくー」
「あの子も誘ったからよろしくね。イヴを捕まえるぞ大作戦」
その時、私はレンが何を考えているのかわからなくなった。
レンの言う所の、『イヴを捕まえるぞ大作戦』。
私とハツネとの接触はないまま、作戦は決行された。もしかするとハツネは私のことすら知らないのかもしれない。
レンは私と違って何の特技もないと思っていたが、そうではなかった。
ハツネのヴァイオリンケースには様々な細工が施され、レンは遥か遠くから事を成そうとしていた。
私がしたことと言えば、蝶の種類を決めることくらいだ。
アゲハ蝶を提案すると、無邪気な笑みが返って来た。モンシロ蝶でもシジミ蝶でも蛾でも、何を言っても同じように微笑んだのだろうけれど、私は嬉しかった。
「レンはどうして私を誘った?ハツネがいるなら、私は要ら……」
要らない、と言いかける語尾に、「生まれたときから傍に居たんだもの」とレンの声が被さった。
それは、否定も肯定も必要がないというような声音だったので、私は黙って見ていることにした。
「『夢路より』ですって。弾ける?」
レンがモニタから視線を外し、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら訊ねて来た。
「もちろん。でもハツネが弾けるなら私が弾く必要はないんじゃないのか」
「いいじゃない、たまにはこういうのも」
それだけ言うと、レンは椅子に深く腰掛けて瞳を閉じた。
キーボードを叩きながら、レンは冷静に言う。
「イヴの子がヴァイオリンと相性がいいのは、博士がヴァイオリンを好きだったからだと思うわ。ロボットの第六感も捨てたもんじゃないのよ?」
「で?」
「ヴァイオリンの音色が一つの鍵」
レンは、楽しそうな笑みを浮かべた。