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[捕まえた。
伸ばした手のひらに確かな手応えを感じた瞬間、空気が重くなった。
水のなかに潜ろうとする時のような、微かな抵抗感。
それはやがて、自分の背を押すような流れに変わる。
捕まえたのは自分ではなくて、ずっと自分を読んでいた声の方であることに、依真里は気づいた。]
昔話をしてやろう。
[それは遠い記憶。まだ幼き頃、森に住む隠居老が、戯れに話してくれた物語]
今からおよそ400年程昔。未だこの国が一つの国家でなく、各地で群雄が覇権を目指して争いを起こしていた頃のことじゃ。
東の国の領主が、国境を越え、村へと軍を進めているという噂が流れたのじゃ。
村は二つに分裂した。
一つは速やかに投降し、そのまま村を差し出すという穏健派。
一つは村で自衛団を作り、軍と戦って村を護るという交戦派。
連日連夜会議は続いたが、結論は出なかったそうじゃ。
そうして、二つの勢力はそれぞれ、人ならざる者へと助けを乞い、命運を委ねたのじゃ。
穏健派は、古くから村を護る狐神に。交戦派は、近隣に巣食い悪さをする鬼に。
そうして村は、人を超えた者らの争いの場へと発展したのじゃった。
その村がどうなったかじゃと?
さて、のお。わしはその頃から生きておったわけじゃないからのお。
[ふぉふぉふぉ。老人は笑うのみ。
そんな信憑性の欠片も見えない話]
学生 イマリは、流れに押され、掴んでいた手を思わず放す。[栞]
[手首の違和感が不意に強くなる]
誰?
[強く掴まれた気がして。そして]
君は……。
[見知った顔が目の前を掠めた……と思った]
[あっ、と思った時にはもう、手のひらは空だった。
抵抗感を感じた時に瞑ってしまった目を恐る恐る見開く。
掴んでいた筈の手も、その先にあった確かに生きている体も、今はどこにも見当たらない。
見えるのは、一見いつもと同じ、でも確かに違う花壇。
永嶋の手を掴もうとした時、踏んで汚した筈の土は綺麗に整えられたまま。
ここは、自分のよく知っている村だけど、まるで違う場所だ。]
永嶋さん、戻れたかなぁ。
そういえば、ヨシアキ怪我してるんなら、ユウキ先生のところに連れて行かなきゃと思ってたような気がするけど、きっと……キノセイデスヨネ。アハハ。
痣に指立てようとしてた女ザクロです。
[呟いて、空の手のひらに視線を落とした。
手のひらには何故か金平糖の痣がついていて、それは、こちら側に来てしまったことを示すようにも、あの手を掴んだことを示すようにも思われた。
天気のよくわからない空を見上げ、呟いた。]
ごめん、ね。
[自分がいなくなったら心配するだろう家族、友人を思い、眉間にしわ寄せ目を閉じる。
一呼吸して目を開くと、視線を自分が居る場所に据え、歩き始めた。]
―写真屋、暗室―
あーあ。
[あの日は、県展に応募する写真をプリントしていたのだった。
とてもそんな気にはなれなかったのだが、何故か]
溶けちゃった。
[バットの中で揺らめく印画紙の表面は、ほとんど黒が抜けている。
触れぬ指先を伸ばすと、黒の欠片が散って、新たに顔が浮かび上がった]
…私みたい。
―暗室、水洗中の印画紙を前にして―
[細い流水が、その影を洗い流して行く。
残るのは真っ白の紙]
水道代どうしよう?
死人には関係ないか、もう。
死んだのかな私。
[二の腕をむにむにしてみた]
狐は鬼を遥かに凌駕する智謀と霊力を持ちて、鬼を手玉に取った。
鬼は類稀なる生命力を誇りて、狐の霊力にも滅ぼされることはなかった。
やがて訪れるのは、平穏な時代。
狐は神として村に祭られて。鬼は狐から逃げながら人と交わり、その血を薄めていく。
狐は鬼へと直接手を下せなかった。
人の中に鬼の血が混じることを恐れた狐は、ある時鬼に呪いをかける。
鬼の血を濃く受け継ぎ、その力に覚醒しそうな者を見つけると、その者の周囲から人を消すのだと。
理由の一つは、神の忠実な僕らへの目印。
そんな、荒唐無稽でくだらない作り話。
よく分からないけど、ニキ…?
しかしニキは面白いからなぁ。悩む。
こう、いいよね憎まれ口が可愛いというのは!
ああ…どうしよう。
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