―― 薄暗い酒場 ――
こらー! マスター出てこーい!
[集会場から帰ってからずっと、バロンの浅漬けをつまみに葡萄酒をちみちみ飲んでいた]
人狼……って言っていたよね。
[まだ小さかった頃、家族がいなくなってしまった時の事を思い出す。]
──あの夜、知らない誰かの声がしていたっけ。
あたしが「誰?」って聞いたら、「私の声が聞こえるのか?」って声がして。
[客人かと思って、ベッドを抜け出し、挨拶しようと向かったリビングで見たのは、父や母、祖父母の変わり果てた姿だった。]
あの声は、人狼の声だったのかしら?
学生 メイは、ここまで読んだ。[栞]
[本を閉じる音が夜空に響く。]
確か…物語にも忠告として載ってたけどね。
[降り積もった蒼白い地には鮮血。足元には事切れる男の顔]
知りませんでしたか? 真夜中は本来の顔に戻るってこと。
[紡ぐ言葉は羽毛のように*軽い*]
人のことバケモノ扱いする前にツケ払えっての。
[突然現れた男の姿に驚く様子も見せず、半目を向ける]
訊かれる前に言っておくけど、私は何もしてないから。
旅人にも、マスターにも。
はあん。
どこに「ヒト」がいんだよ。
[――薄暗い、ばかりではない。
人払いめく某の作用する空間。]
…ああ。
[訊く気があったか否か、返答は
短く。男はカウンターへ肘を乗せ]
道中で、人狼に
喰われてなきゃいいがね。
[人嫌いの破落戸(ごろつき)は、
同属の前からバロンをひと切れ
つまみ上げながら*呟いた*。]
[集会場の台所で皿を洗う。
人狼の嫌疑がかけられていることは、ご主人様に知られている。帰ってもいい顔はされないだろう。ここで夜を明かすしかない]
人狼……人狼ですって。
[馬鹿らしい。と、言いかけて唇を噛む]
……でも、だって、気をつけろなんて、本当に人狼がいるならどうすりゃいいのよ。
[食器を洗いながら、吐き捨てるように*言う*]
ああ、なんだ、よかった……
[マスターの一先ずの行方がわかり、ホッとした表情でカウンターに突っ伏す。
そのまま額をつけてしばらく黙っていたが、少しだけ顔を横に向けた]
15年も待ったんだ。
絶対、始末する。
[呂律はいつもの夜よりも*怪しい*]
酒場の看板娘 ローズマリーは、ここまで読んだ。[栞]
へぇ、聲が聴こえる奴が居たんだ。
[彼は夜空を眇めながら、問いかけの声に口許を緩めた。]
でも、その匂いだと君は人間だよね。一体どうして僕に気づいたんだろうね。
[柔く問う言葉にはよそ行きの笑みは成りを潜め、妖しい響きが色濃く*漂う*]
バロンだけじゃ味気ないだろう。
マスターには秘密ということでヨロシク。
[奥の部屋から持って来たのは、未開封の醸造酒と、グラス*2つ*]
……んー。声が聞こえる人は普通いないものなのね?
[確かに、今思えばあの時も、自分に声が聞こえた事を不思議がられていた節がある。]
ところで、あなたは誰なのかな。
[部屋を同じくしているうちの一員なのだろうか。**]
[頬杖をついて、同族を斜に見遣る。
――15年。
相手の胸裡へ醸成された物の薫りを
利くように、旧き男は目を眇める。]
……