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[穴の開いた壁面から、乾いた赤い日差しが差し込んでいる。
吹き込む風も乾いており、風景は見るものに閑散とした印象しか齎さない。
夕暮れ時のようではあるが、思えばいつからか、太陽の色はずっとこんな調子で赤いままで、朝も夕も無いようだ。]
―――ここへ――ば、――を…
[かつてはガラスが外壁一面を形成していたが今はその骨格を残すのみ。人の消えた街並を見下ろす高さのこの建物が、かつて街のシンボルとして栄えていた事を記憶しているものは最早少ない。]
―せると……―――はまだ――――ない
[割れた窓を通り抜ける風が、男の呟きを掻き消す。]
[長い感傷]
[男にとってはいつの間にか、軽業師が消えたあとの虚空に向けて言う。]
総てが狂ってしまった年。
狂い始めた都市に、私の愛するものが奪われた日。
私はその日の感傷に囚われ、あてのない復讐を執行し続けている。
それだけの事さ。
君もあるいは、私の復讐の対象かも知れない。
しかし、礼代わり
今はそれを問わずに置こう、ね。
[酒瓶を拾いあげ、そっと片腕で抱く]
代金はいずれ。
―建物の中(ビル・1F?)―
[土煙の中から姿を現し]
死んでは居ないが……。
観光。という訳は無いか。
こんなところで何をしている。
[右手で頭巾を直しながら、左腕で酒瓶を抱いたまま。]
[世間知らずで間の抜けた問いに応えた。]
これか。
純粋な酒だ。
合成されておらず、麻薬の類でもない。
過去の遺物。
[あいている手で襟元を払う]
家は、遠くなのか?
過去か。そうだな。
大切だ。何よりも。
私にとっては、この酒のように美味なもの。
[襟元を直す。]
兄が居るのか。
……一つ問う。
少年。お前は人を殺した事があるか?
ふふ。
違うな。舌で味わうものではないのだよ。
[何処からか絶叫が響く。その中を打って、鳥とも思えぬほど大きな羽ばたきの音。
そんな情景を日常のように会話をする。
男は、身を屈めて足元に酒瓶を置く。]
さて。
この問いは何度目か。
少年。
君は私の大切な人を殺した者か。
いや、答えは構わない。
君も、殺した人間のことなど逐一覚えてはいないだろうからね。
ッ――
[懐から、小振りのナイフを2本、抜き払う。
短く鋭く息を吐き、身を低くして、世間知らずな少年の胴目掛けてナイフを投擲する]
[背に手を回し、やや大振りのサバイバルナイフを抜く。
「殺した人が見つかったら、おじさんはどうするの?」
そんな気の抜けた問いに答える代わりに、少年へ向けて駆け出し、]
そうだ。
私は人殺しさ。
[見上げる少年の瞳へ向けて突き出す]
[その後を追うように黒い腕が唸る。
異形の腕が叩きつけられた衝撃で、残っていた床材が粉砕されて舞い上がる。
遅れて。轟音と衝撃に建物全体がびりびりと震える。]
[男はいつ確保したものか、左腕に酒瓶を抱え]
[今、これ以上の武器を携行して居ない事を思い出す。]
ち。
[腕だけは低くナイフを構えたまま]
復讐などというものは君には分からないのだろう。
いいや、彼女は一人だったんだよ。
だから私は下手人の顔も知らない。
[刃は向けたまま、睥睨するように細めた目で]
ここで君を私が殺したら、君の兄は怒るだろうか。
難しいことは分からない、か。
幸せな生き方だ。
[非難されても、刃は向けたまま]
[その目前に、衝撃を受けた天井が落ちる。]
一人で居る事が危険でも何でもない、そんな時もあった事も、知らないのだろうね。
さっさと兄のところへ帰ることだ。
それで兄にでも慰めて貰うがいい。
[塵埃の中に*姿を消す。*]
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