─ 2015年8月14日 ─
[忙しなく目当ての屋台を探す動きに合わせて、ちりん、と微かな音が鳴る。
音の源は、ディパックに括りつけた古い鈴。
その横には、朝顔の花を模った布のストラップ]
……それにしても、今年も賑やかだよなぁ……。
[周囲の人だかりを見やって呟く口調はどこか少年のよう。
遠い昔にここにいた、同じ名前の少女とは真逆──では、あるけれど]
…………。
[ふと、駆ける足を止めて、空を見る。
上に見えるのは──]
……狐雲、か。
[呟く刹那、浮かんだ笑みは、遠い昔の。
真白狐の覡のそれと良く似たもの。
けれど、それはすぐさま掻き消えて]
……みっけ!
おじさーん、ラムネちょーだい、暑くて死ぬっ!
[目当ての屋台に駆けよれば、そんな恰好でくるからだ、とからかわれ]
えー、だって、浴衣とか出すの面倒だし。
『……面倒って、お前なあ。
俺がガキの頃は、祭りの度に色っぽい浴衣姿になるねぇちゃんがいてなぁ……』
はいはいストップ、おじさんのコイバナとかきょーみない。
『そんなんじゃねーよ!
……ま、なにはなくとも楽しんできな』
ん、わかってるよー、まったねー。
[軽いやり取りの後、冷たく冷えた瓶を片手にまた駆け出した]
−現代−
「という話だったのさ」
……で、オチは?
[オチと言われても語り手の祖父にはそれ以上のことは分からない]
まあこれ以上は追求しないであげるね。
だけど何でそんなことするんだろ。
人が多い今なら間引くとかいう感覚も分かるけど。
昔の妖怪ってやることが派手なんだね。
[都合の悪いことは何でもかんでも妖怪のせいにするような
現代に生きる幼い娘には妖の事情は理解できるわけもなく]
[人は変わっても祭りは変わらない
青年は狐雲をぐるりと見上げた
横には変わらず犬が座っている]
さて、祭りに行くか
[石階段を上る
犬もとっとこと上る]
焼き鳥を食わしてやるよ
俺と一緒にな
[人混みの中に消える一人と一匹**]
― 1967年8月14日 ―
[焼きおむすびの最後の一口を頬張って]
[見上げればきつねぐも。]
雲が出てる。きつねぐもが出たらかみかくしなんだってばよ!
[毎年の決まり文句を言って、狐の面を頭にひっかける悪戯っ子がくるりと身を翻せば]
[狐の尻尾がちらりと一瞬。]
まーいっか。
お祭り行ってくるねー。
[祖父の昔話が一段落したところで外へと駆け出す]
大丈夫、そろそろ村にも慣れてきたし!
[心配する祖父には大声でそう返す]
[自らの意思で尻尾を出すことができないのに気付いたのは
かみかくしを起こしたその翌日。]
[その代わり、とでもいうのか。
幼い覡が持っている狐の面は、昨日までなかった強い強い神通力を宿していた。
この悪戯子狐が自ら使うことなどできない程のそれは、大妖様の力を思い起こさせるものがあった。]
[面を持ってしばらく目をぱちくりしていると、どこからか聞きなれた響き。]
[ひとりの悪戯少年がいつの間にか時代に溶けるようにごく自然に姿を消した]
[それが、1967年8月『15日』以降に起こった出来事]
2015年
[父はこの村で消えて帰って来なかった
時折戻る人が居るとは聞く
帰ってきたのかも知れないが
時が経ちすぎては誰にもわからない
母は幼い俺まできつねぐもに連れ去られるのではないかと怯え村を出た
成長する度に段々父に似てくると
母は寂し気に笑いながら随分前に亡くなった
両親が同じ場所へ行ったか
再び出逢えたかを知りようもなく]
[村に一軒しかないビジネスホテルの一室
早朝のまだ開けない時に携帯電話が鳴った
もぞもぞと枕元に手を伸ばし
表示された番号を見ると作家先生だ
夕べ祭りから戻るとじーさんの奴め
すっかり戸締りをして寝てやがった
狸寝入りかも知れんが蹴破って入る訳にも行かず金魚を池に放し
仕方なく手ぶらで戻るしかなかった
いきなり環境を変えるのは金魚に良くない事は知っているが袋のまま残せば多分死んでしまうだろうからやむなしの措置だ
再び神社に戻り晩飯代わりに屋台のメニューとビールを食いカレーで満腹になった
燻す煙臭さをシャワーで流すと一人ベッドに入る
ふと思い出すのは神社で見た真っ白コートの女性を誰かは知らない]
ネギー、ネギー、ネギたっぷりのカレーライスはいらんかねー。
[どちらがメインかわからぬ売り文句で、境内を練り歩く。
ふと、ぴたりと足を止めて振り返り、数秒後に首をひねった]
どこで聞いたんだったか。
[何の変哲もない鈴の音が、なぜだか懐かしく感じられたのだった]
ネギー、ネギー、カレーたっぷりのネギいらんかねー。