― 1967年8月14日 ―
[ハツネとゼンジ、二人の様子が何だかおかしく感じられ、背中が寒くなった]
ドウゼン先生……
ゼンジさんが具合悪そうなんです。
[去年もこんな風にしていたら、その夜に三人も消えたのだ。
そんなことを思い出しながら、エプロンのポケットに手を入れる。
古い古い、護符を握り締めた。それは、口の達者な悪戯っ子にあげようと思っていた*紙切れ*]
おや、ゼンジ?どうした?
[顔色の優れぬ青年を休ませて、あれやこれやと介抱しているうちに、無声映画の木戸は閉められてしまい]
あの二人が……そうかい。
[ゼンジとヒナが消えてしまったという知らせを、赤ん坊の汗疹の薬を朝一番に取りに来た若妻から聞いた。]
──まさか、な
[脳裏に浮かんだ情景。]
[見る事がもはやかなわなくなったはずの古い映画の数々。
日替わりで上映されるそれらの名画の観客は、見知った顔ぶれで、それを笑顔で迎えるのは、白いフロックコートの女性で──]
[三叉路で犬が吠える
それは待ち人を迎える、そして待ち構えていたように]
時が動いたか、動いたか
再び動いたか
[再び青年の時は動き始めた
幼き妹だった老婆は驚きながらも兄の自分を迎え入れた
どう手を尽くしたは分からぬが、妹は己の母となり、再び青年は失われた学生時代を取り戻す
時折、違和感はあれども、年若い青年は瞬く間に知識つけ、時代に追いついた
そして―― ]
ポチ、きつねぐもだ
ポチ、きつねぐもは変わらないな
[赤みがかった茶色髪の青年が空を指さし、横に並んで座っている茶色の犬に話しかける
犬はワンと吠えると尾を振り、飛びかかる]
これから何度見れるだろうな
[青年は犬の頭を撫でた**]
やめてやめて、そういうの駄目なんです。
[墓参りの場でご近所さんに聞いた噂話。
あの、かみかくしのあった未明のこと。
神社の近く、夜明け前にも関わらず朝顔が咲き誇る一角があった。おかしいなと近づくと、白い狐がいたのだという、誰が言い始めたのかわからないそんな話]
大体、何で夜中にそんなところ出歩いているんですか。
あんなことがあったのに!
[両腕をさすって、首を左右に振る]
― よろず屋 ―
あんなことが、あったのに。
[ひとりたたずむ畳の間で、父の遺品の灰皿に護符を置いて火をともした。
塩などひとふりしてみたり]
……おみくじに紛れさせて結んで来たほうがよかったかしら。
[蝉の声が重なる。
精霊馬の向きは昨日と同じ向きのままだ]
[歩くに合わせて鈴が鳴る]
[下駄ではなくてサンダルだから、音の協奏は軽いもの]
…………。
[立ち止まり、見上げる空には雲ひとつなく]
[白い帽子の下で、目を細める]
……ゆくもかえるも、おもうまま……かぁ。
[ぽつり、と零れた言葉は風に散り]
[空へと向けて消えてゆく]
次はとめてやりなよ 人間よ。
次は背いてやりなよ 狛犬よ。
おもしろおかしいばかりに続けさせると、
おきつねさまでもにんげんですらもない
[月明かりに照らしだされる村の神社。]
[時は動いても、昔から変わらない。
お堂の脇には左右一対石造りの台座。
右の台座には狛犬が実に忠実に鎮座して、
左の台座には――なんにも*いないのさ*]
[三叉路に何かを祀る祠には、人々の姿。
同じ夏に狐雲をまぶしく見上げた人々の。]
ああ、よかった。
間に合った。
[祭りの日に人ごみで見かけた少女へと
歩み寄る弁士が、視線合わせて屈みこむ。]
探しにきましたよ。
[ロッカの頬を両手で包み込みながら、
傍らにいるグリタを一度、見上げる。]
それから、――
お見送りは、ちゃんとしようと思って。
家にも、村にも、誰のもとへも
もう、帰れません。
[端的にも伝えるのは、ひとの心が
恐れと輪廻で壊れてしまわぬように。]
だけど行きつくことはできるので…
どうぞ、先へいらしてくださいな。
[道を定めてもちもち歩き出すネギヤ、
やがて後からかみかくされてくる若旦那、
一人ひとりの背を見送って――
雛市 トキは、虚空の端をべろりと捲り。
暗幕のなかへ戻る態でかき消えた。**]
そろそろ始まってそうだな。
[診察室の椅子から立ち上がって背伸びを一つ。そこそこ空腹であるので、夜店のハシゴも大丈夫であろう。]
さて、と。
[30年ほど前までここにいた大叔父の頃から使われていた古ぼけた鞄を手に、神社へ向かう。。]
[遠くで犬の鳴く声が聞こえる。いつの間にか村にいた、赤毛の少年のところのポチか。]
そういえば、昔大叔父さんに、不思議な話を聴いたなあ。
[この村に大叔父を訪ねた若い頃、酒を酌み交わしながらの昔語り。
酔ってしまっていて、話の大半は忘却の彼方なのだが。]
──おお、やっとるやっとる。
[老いも若きも集う境内、]
[甘い香りにソースの香り、見回せば、プラスチックの風車にお面。]
おいおいデンゴよ、あんまり食い過ぎちゃいかんぞ。
[袖無しシャツ姿の悪童が脇を走り抜けるのに声をかける。]
──そうだ。
[ふと思い立って、本殿の方へ足を進める。]
偶にはお賽銭くらいあげてみるか。
[つつがなく祭りが終わりますように、と手を合わせてみたくなった*]
[探しに来た、という弁士の言葉にきょとんとなるも
次に「帰れない」と言われて]
えっ……
[どこに行くのか分からないまま、歩き出す。
行き着く先はどこだったか……]
─ 2015年8月14日 ─
[忙しなく目当ての屋台を探す動きに合わせて、ちりん、と微かな音が鳴る。
音の源は、ディパックに括りつけた古い鈴。
その横には、朝顔の花を模った布のストラップ]
……それにしても、今年も賑やかだよなぁ……。
[周囲の人だかりを見やって呟く口調はどこか少年のよう。
遠い昔にここにいた、同じ名前の少女とは真逆──では、あるけれど]
…………。
[ふと、駆ける足を止めて、空を見る。
上に見えるのは──]
……狐雲、か。
[呟く刹那、浮かんだ笑みは、遠い昔の。
真白狐の覡のそれと良く似たもの。
けれど、それはすぐさま掻き消えて]
……みっけ!
おじさーん、ラムネちょーだい、暑くて死ぬっ!
[目当ての屋台に駆けよれば、そんな恰好でくるからだ、とからかわれ]
えー、だって、浴衣とか出すの面倒だし。
『……面倒って、お前なあ。
俺がガキの頃は、祭りの度に色っぽい浴衣姿になるねぇちゃんがいてなぁ……』
はいはいストップ、おじさんのコイバナとかきょーみない。
『そんなんじゃねーよ!
……ま、なにはなくとも楽しんできな』
ん、わかってるよー、まったねー。
[軽いやり取りの後、冷たく冷えた瓶を片手にまた駆け出した]
−現代−
「という話だったのさ」
……で、オチは?
[オチと言われても語り手の祖父にはそれ以上のことは分からない]
まあこれ以上は追求しないであげるね。
だけど何でそんなことするんだろ。
人が多い今なら間引くとかいう感覚も分かるけど。
昔の妖怪ってやることが派手なんだね。
[都合の悪いことは何でもかんでも妖怪のせいにするような
現代に生きる幼い娘には妖の事情は理解できるわけもなく]
[人は変わっても祭りは変わらない
青年は狐雲をぐるりと見上げた
横には変わらず犬が座っている]
さて、祭りに行くか
[石階段を上る
犬もとっとこと上る]
焼き鳥を食わしてやるよ
俺と一緒にな
[人混みの中に消える一人と一匹**]
― 1967年8月14日 ―
[焼きおむすびの最後の一口を頬張って]
[見上げればきつねぐも。]
雲が出てる。きつねぐもが出たらかみかくしなんだってばよ!
[毎年の決まり文句を言って、狐の面を頭にひっかける悪戯っ子がくるりと身を翻せば]
[狐の尻尾がちらりと一瞬。]
まーいっか。
お祭り行ってくるねー。
[祖父の昔話が一段落したところで外へと駆け出す]
大丈夫、そろそろ村にも慣れてきたし!
[心配する祖父には大声でそう返す]
[自らの意思で尻尾を出すことができないのに気付いたのは
かみかくしを起こしたその翌日。]
[その代わり、とでもいうのか。
幼い覡が持っている狐の面は、昨日までなかった強い強い神通力を宿していた。
この悪戯子狐が自ら使うことなどできない程のそれは、大妖様の力を思い起こさせるものがあった。]
[面を持ってしばらく目をぱちくりしていると、どこからか聞きなれた響き。]
[ひとりの悪戯少年がいつの間にか時代に溶けるようにごく自然に姿を消した]
[それが、1967年8月『15日』以降に起こった出来事]
2015年
[父はこの村で消えて帰って来なかった
時折戻る人が居るとは聞く
帰ってきたのかも知れないが
時が経ちすぎては誰にもわからない
母は幼い俺まできつねぐもに連れ去られるのではないかと怯え村を出た
成長する度に段々父に似てくると
母は寂し気に笑いながら随分前に亡くなった
両親が同じ場所へ行ったか
再び出逢えたかを知りようもなく]
[村に一軒しかないビジネスホテルの一室
早朝のまだ開けない時に携帯電話が鳴った
もぞもぞと枕元に手を伸ばし
表示された番号を見ると作家先生だ
夕べ祭りから戻るとじーさんの奴め
すっかり戸締りをして寝てやがった
狸寝入りかも知れんが蹴破って入る訳にも行かず金魚を池に放し
仕方なく手ぶらで戻るしかなかった
いきなり環境を変えるのは金魚に良くない事は知っているが袋のまま残せば多分死んでしまうだろうからやむなしの措置だ
再び神社に戻り晩飯代わりに屋台のメニューとビールを食いカレーで満腹になった
燻す煙臭さをシャワーで流すと一人ベッドに入る
ふと思い出すのは神社で見た真っ白コートの女性を誰かは知らない]
ネギー、ネギー、ネギたっぷりのカレーライスはいらんかねー。
[どちらがメインかわからぬ売り文句で、境内を練り歩く。
ふと、ぴたりと足を止めて振り返り、数秒後に首をひねった]
どこで聞いたんだったか。
[何の変哲もない鈴の音が、なぜだか懐かしく感じられたのだった]
ネギー、ネギー、カレーたっぷりのネギいらんかねー。
ああ、エビコさん。
まあな、もしや万一に備えて持ってるのさ。
[声をかけてきた女性の手にある皿の中身をチラリと見て]
…………ネギ少な目の豚汁とネギ抜きカレーを後で食べにいくよ。
─ 2015年8月14日 ─
へへっ、どーしよっかな!祭りの日だもん、いろいろ食いたいんだぜ!
[>>29 食い過ぎちゃいかんぞ、とかけられる声には生意気な返事をして駆け抜ける悪戯少年。]
[悪戯少年は祭りの中に溶け込んでいた。数年前からもう、ここにいる]
[辿り着いた時代に溶け込むように存在し、知識や常識を覚えた対価であるのか狐の面からはあの強い神通力はもう感じ取る事はできなかった。
そんな神通力がなくなった狐の面に願掛けをする、ひもクジ屋の屋台前。]
『モンスターウォッチ』と『ポケット妖怪』の最新作!!最新ゲーム機出ろ、出ろーー!
[化け物だのなんだのをバトルさせるゲームがブームになってそれで遊べる時代だ]
……あいっ変わらず、元気ねぇ。
[零れるのは呆れたような呟きと。
くす、と楽しげな笑み、ひとつ。
ちりん、と鳴る鈴の音が。
祭りの風に、とけて、消える]
『チャリリン』
[古ぼけた賽銭箱に小銭を数枚投げ込んで、柏手を。]
──何事もございませんように
誰も「呼ばれた」りしませんように──
[呟いた自分の言葉に、おや?と心中首を傾げた。
かつてのこの村の診療所の主に聞いた話の断片が口をついて出た事に、自分自身気付いていなかったのだ。]