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―病室―
[窓から海を眺める。…静かだ。特に代わりのない一日。
将来の女子バレーボール界を背負って立つと言われ、
インターハイでチームを牽引し準優勝を経験して、いよいよこれからという時期、風邪を引いて暫く寝込み、
熱がなかなか下がらなかったので意を決して病院に行ってみたら、
急性骨髄性白血病と診断され、即入院。]
早くコートに、戻りたい…。
[海を眺めながらそう呟いた。]
[扉の開いた音に、慌てて吸殻を踏み消した。携帯灰皿を持っていることを思い出したのは今。遅すぎる、が]
……お仲間か、いや
患者、ですか
[潮風のせいではなく、薄暗い顔色。うまそうに煙草を銜える時は表情が明るく見えた。
彼女の呟きには応えず、やはりただ、海を眺めている*]
[ふと、先客の足元に転がる吸殻に目が向かう。それは然程吸われてはいなかった。]
……。
(…これはお邪魔したかねぇ。)
[ 一二三は少し申し訳なさそうに目線を下げる。
先客の女性はこの病院の住人かどうかまでは分からない。しかし一服の時間を奪ってしまったのは事実だった。
一二三は少し罰の悪そうに、燻らす煙草を携帯灰皿に押し付け、病室へと*戻って行った*]
中庭
[遠く向こうより、海の香がする。
ここからは見えないけれど、きっと高い所に行けば知る事が出来るのだろう。
その色は果たして、煌いているのか、それとも鉛の色をしているのか。
無意識のうちに、潮風を胸に吸い込み。
喉を震わせて、音を紡ぐ。
それは幼い頃より繰り返し歌い身体に染み付いた、神を称える為の歌。]
[その歌声は、誰かに聞かせる為のものだろうか。
分からない。
ただの自己満足なのだろうか。
分からない。
それでも彼女は、毎日この場所へと通う。
少し前まで自分自身も入院していた病院へ。
子供にせがまれ、老人に頼まれ、あるいは今こうしてるように誰に言われずとも。]
[女の背を見送った。
年上の女性は、ポルテのこの派手な容姿を嫌う傾向にある。彼女もまたそうなのだろうと、引き止める言葉も理由もなく、また一本煙草を取り出した]
…寒い、ね
[長い袖に指先を隠して、深く息を吐いた*]
[決して手の届かぬ窓の向こうに広がる青。
生命力に満ち溢れる海を見つめて冷静さを取り戻す。
何時から、こんな風に弱気な人間になってしまったのだろう。
胸元からハンカチを取り出し、冷えた額の汗を拭う。
『病院は、死に満ちている』
そんな事ははじめから、解っていたはずなのに。
救えないのは自分だけの所為じゃない、理解しているはず、なのに]
[死に携らなくて済む科はいくらでもある。
けれど所属科はおろか、病院の異動さえ叶わない現状だった。
内科医だった父は数年前、ここで息を引き取った。
彼の遺書が、自分の人生の全てを縫い止めてしまった。
『慎一には、私と同じ道を全うして欲しい』
父としては、厳格な人だった。
けれど有能で人望の厚い医師だった父の遺言に逆らえるほどの、勇気は無かった。
窓をほんの少しだけ開く。
滑り入る潮風が自分の周りの淀んだ空気を清めてくれるようで、心地良い。
静かに睫毛を伏せて、空を*仰いだ*]
入院棟、廊下
結城先生!
[トランク片手に小走りになる。窓辺にいるその姿は見知ったもの。今まで執刀してもらったことはないが、外来で来た時に何度か顔を合わせている]
こんにちは、
………先生?
[風に揺れ薄茶の髪が靡く。
結城の横顔が少し翳って見えて、少女は首を傾げてその顔を覗き込んだ**]
屋上
「……さん、ポルテさん」
[呼びかけに、青を拒絶するように閉じていた瞼を持ち上げる]
「四季さんの準備、終わりました」
[このたびはまことに…とかなんとか。すぐ目の前の唇が動いているのに頭には全く入ってこなかった]
それから
[写真でしか知らなかった妹は、骨になって初めてその存在が現実であったと思い知らされた]
熱い……
[この熱は体温じゃない。
それでも、四季が生きていた証拠だと、涙の流れない頬を擦りながら、ぼんやりと考えた]
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