―村とは近いような、まだ少し遠いようなところ――
[森の中。茂みをがさがさと動く物影。がさり、茂みが一際大きく揺れたかと思うと、和服を着た一人の男性が現れて]
……。
[緑の中に突っ立ち、ぼうとした様子で辺りを見回す]
……ああ、やれやれ。
相変わらずこの辺は迷うなぁ。
まー、それはどこでも一緒だけどねー。
[気の抜けた調子で独りごちてから、左手に持っていた黒いスーツケースを足に立てかけるよう地面に置き、袂に手を入れ。大きな丸い飴玉を一つ取り出すと、包みを開いて口に含み、包み紙を左手に持った黒いスーツケースの外ポケットにねじ込んだ]
さて。あっちに行けば良かったはずだけど。
なにしろ十何年ぶりだからなぁ。
もっと大事に扱えばよかったなぁ、……地図を。
[口をもごもごさせながらも、饒舌な独り言はやめず]
んはははは。
[篭った笑い声をあげて]
[スーツケースを持ち直し、ふらりと歩いていく。暗く、暗くなっていく周囲。木々に囲まれた景色は、やがて村のそれへと変わり。ぼりぼりと飴を噛み砕き食べてから]
……おー、これはこれは。
懐かしいような、そうでもないような。
まー、随分変わったからねー。
いや、変わってない、というべきかな?
ううん、変わった、でいいんだよね?
やれやれ。誰も答えてくれやしない。
[とは言うが、勿論誰に答えを求めているわけも、求めたとして答えが返るはずもなく]
早くどこかに入った方が良さそうだけど。
だーれかー、いませんかぁー
[暗い空を仰ぎ見て呟き、高らかに声をあげながら家々の間を歩いていく。そのうちに奥の方、煉瓦造りの建物が見えてくると]
だーれかー、いませんかー
[数歩前の辺りで立ち止まり、改めて声をあげてみる]
[扉が開けられ、人の気配が現れる。少しく瞬き、それからにっこりと笑い――暗がり故、相手にはぼんやり見えたかもしれなかったが]
ああ、それはよかった。
じゃあお邪魔してもいいかな?
[と、聞いた後]
わたしは手紙を貰って戻ってきた者なんだけど。
君もそうだったりする? それとも観光?
まー、観光するほどのものもないかなぁ。
あ、わたしはゼンジ。瀧善司。昔村では結構知られてた有名人だよ。
何で有名かって、甘党としてねー。
[理由は本当に甘党だからだったのかどうか。一方的に喋りながら、問いへの答えを待ちもせずに一歩建物の中へ入り]