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[静かに、窓から陽が差し込んでくる]
[陽の光が照らし出すのは、赤く染まった居間に佇むふたつの血まみれのと人影と、そこに倒れるひとりの死体と――否、みっつの“ひと”の死体]
………。
[亡き友に全てが終わった事を告げると、彼はその場にへたり込んだ。手の中に残っていた灰色の狼の毛が、それが夢では無かった事を示していた]
“人狼が、憎い?”
[レイヨの問いかけの答えは、全てが終わった今でも出せないでいた]
[死にたくないと、生きたいと。そう願う事は、果たして罪なのか――。もちろん、マティアスやウルスラを奪った事を、憎いと思う気持ちが全く無いといえば嘘になる、が]
………。
[ユノラフの亡骸に寄るニルスを、苦しげに見る]
[同じように友を失ったニルスではあるけれど、かけられる言葉は見つけられずに]
―――っ。
[自分のふがいなさを歯がゆく思いながら、ニルスに向けてぺこりと頭を下げると居間を出た。イェンニとヴァルテリの血を洗い流すために、そして傷の具合を見るために、風呂場へと向かう]
[身体にかかる湯の熱さが、次第に感覚を取り戻させていく。しかし狼ふたりの血を全て洗い流しても、赤い血は腿を伝い続けていた]
[瞳に影が落ちる]
[伝い落ちるそれは、自分の血だった。塞がりかけていた傷口は、無理が祟ってぱっくりと口を開け、その周囲は真っ赤に晴れ上がっていた]
[すぐに、医者に見せれば、大丈夫]
[そう言い聞かせ、手当てをするも、もう治療道具は――残っていない]
[居間に戻り、ソファに身を沈め……視線を巡らす。ここに来たのは、ほんの数日前だというのに。その頃は、まだたくさんの人がいたというのに]
……ッ。
[大切な人たちの事が、頭に甦る]
[ウルスラと初めて会ったのは、資料館だった。きれいなひとだな、と思った。気が付くと、無意識のうちに彼女を目で追っていた。共に食事を取る事も多くなった]
[言葉の少ない彼女であったけれども、それがとても楽で、幸せだった]
[それが好意であると気づいたのは、皮肉にも屋敷に来てから――彼女がヴァルテリを刺そうとした時]
[――ヴァルテリは人狼だった。もし、あの時――]
[自分が止めずにいたら、彼女は死なずに済んだのだろうか――]
………。
[いや、と首を振る。そんな仮定をした所で、何の意味があるだろう。きっと、止められなかった自分を悔やみ続けただろう]
[自分がこの村に来て、最初に知り合ったのがマティアスだ。自分で漬けた、と塩漬けのニシンを持ってきてくれた]
[村に馴染めないでいた自分を、収穫祭に誘ってくれたのもマティアス]
[上手く言葉を伝えるのが苦手なのだということは、すぐに分かった。それは、自分も同じだから]
[不器用で真っ直ぐで純粋で。自分では否定するけれど、気が優しい。一緒にいると、ゆっくりとした時間が流れていくのを感じた]
[村の人たちは、何で一緒にいるのかなんて不思議がっていたけれど]
[居心地が良かったから、としか言いようが無かった]
[ニルスに間に入ってもらいながら、少しづつ、文字を教えていった。自分の言葉も、知ってもらいたかったから]
………。
[もし、ふたりが今の自分を見たら、何て言うだろう]
………。
[彼は、深く息をついた]
[そのまま、ずるずるとソファに横たわり、ゆっくりと、目を閉じた――]
[少女の姿を見て、彼は口元を緩める。
何処にいるのか、探すのは容易かった]
アイノ。
[彼女の反応の有無は、彼にとって意味のないもの。
笑う顔のまま、そっと少女の頬に手を伸ばす。
拒絶されたのなら、それに逆らうこともない。
享受されたのなら、頬を包み、一度撫でてゆく。]
まだ、夢が続いて欲しかった?
わかっているんだろうに。
君は愚かで、可愛いね。
君の夢を覚ますには何をすればいいんだっけ。
人狼を、殺すんだろう。
君にとっての、うそつきは、誰?
[笑い混じりに問いかける言葉、
一度区切って、その耳元に語る言葉]
[そうして、何事もないように、彼は手を差し出した**]
おいでアイノ。
壊れた君の"現実"を、新しいもので埋め尽くしてしまおう。
君も、僕も、人間も、人狼も、
お伽噺はもう全部、死んで、消えてなくなるんだんだからね。
[ニルスは、人狼としての姿ではなく、人間の老人の姿で死したヴァルテリの死体を見下ろしていた。
その姿は死体を観察する風でもあり、死者を悼むようでもあり、はたから見れば本心を測ることは出来ないものだろう。
事実、ニルスの心中に去来するものは何とも言えない複雑な形をしていた。]
……人狼といえども血は紅く、死する時は人の姿か。
何とも皮肉なものだ。
[胸の内にある複雑なものを押し隠すかのように、ニルスは眼鏡のブリッジを押し上げる。
次いで、ユノラフの亡骸の傍に膝をつき、血溜まりの中から首飾りを手に取る。]
……すまなかった。
[護れなかったものは、途方もなく多い。
声に混じる悲痛な色もそのままに、クレストが去った後もニルスはその場から動くことはなかった。]
[それから、屋敷の扉が開放されるまで、さほどの時間は用しなかった。
屋敷の中の様子は、長老の使いの者に外側から見張られていたのだ。
打ち付けられた扉が数人がかりで壊され、屋敷の中に久々に明るい日の光が差し込む。
それは、収穫祭の日のこと。
開かれた扉からまず屋敷の中へと入り込んだのは、夜から始まる収穫祭の最後の準備を行っている、村の賑わいだった。]
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