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[添えられた右手を中心にして、薄い青色の着物にじわりと紅い色が滲む。
一たび、目を細め]
本心が理解できない、か。
わたしが芸術家ででもあったら、芸術は理解されないものだ、とでも言えたんだろうけど。
飴屋だとどう言い様もないなぁ。
[その口調は尚変わる事がなく。一瞬の間。程近い、曇ったような相手の表情を見つめ返し]
――いいよ。
[短い沈黙と同様、短い返事を口にして]
君がしたくないわけでないのなら、ね。
猫が煮干しの頭を食べ残すのに似てる。
[フユキに一部喰われ放られた自分の身体を、中空から眺める。
テレビを見ているかのように*他人事*]
―個室・皆が地下へ向かう頃―
[ベッドから上半身を起こす。
辺りを見回してから、こめかみに指を当て、苦笑。]
……寝すぎましたか。
ベッドで寝るのも、考え物ですねえ。
よいしょ、っと。
[部屋を出、廊下へ。]
―バクの寝る部屋―
此処でしたか。
[赤色のバクを一瞥し、部屋の竈へと向かう。
枝を組み、上着の内ポケットからマッチ箱を取り出した。]
[シュッ]
[竈が鳴いた。
その黒い息は、煙突の中へと吸い込まれていく。
一礼の後、バクへと振り返った。]
…おや。
今日はお世話、してくれなかったんですかねえ。
[丸まっていたフェイスタオルで、
バクの顔に残る赤を拭う。]
[バクの寝る部屋を出る。
そしてビセの居た部屋の前を、
何も無かったかのように、しかし少しだけ目を瞑って、
通り過ぎた。]
…よく、聞こえていますよ。
[何かを確かめるように、ぽつりと独り言。]
よく……
そうだよ。
[肯定にはどのような意味が込められていたか]
礼を言う必要なんてないよ。
全てはわたしがしたいと思ってした事、なんだから。
……そうだなぁ。
手紙で呼びつけられた時から予感はしていたんだ。
それでもこうしてきたのだし。
[ぽつりぽつりと、考えながらのようにゆっくり語る。少しだけ、間があって]
フユキ君は、窯神様が嫌いだと言ったねー。
……わたしも、嫌いだったんだよ。
かみさまも、儀式も、父さんも、みんな……
でも。
「人狼」だけは、嫌いじゃなかった。
[伝えたかったのか、ただなんとなく言葉が出ただけか。独り言のように零した。
おやすみなさい、というフユキの声が落ち]
……あ、
[一瞬、僅かに目を見開く。漏れる微かな声。貫かれる心臓]
……、
[口を何度か小さく開閉させるが、そこからは掠れたような空気の音しか漏れず。少し眉を下げてから、言葉の代わりとするように仄かな笑みを浮かべ]
……
[青に赤が広がるのと比例し、体から力が抜けていく。
瞳から光が失われる。
着物から飴が幾つか床に落ち]
―死者の世界―
捧げよ。
[煙突が黒い煙を吐く様子を見ながら、頬にかかる髪の毛を人差し指に絡めて弄ぶ]
お父さんは人狼だったのかな。
[自分の髪と瞳が、遺伝的にありえないと知ったのは高校生のとき。
父方は代々日本人の家系だった]
人狼の遺伝子は弱い?
[仮説を口にした唇は弧を描いた]
満月の夜に、窯神様にお願いしてごらん。
[そんなことを父が言っていたのはいつのことだったか。
願いごとを考える]
来世でも祈ろうか。
叶えてくれるのかな。
[煙の動きを目で追って、空の色の移り変わりを*目に焼き付ける*]
[最期の言葉になると分かっていた。
語られる全てを、受け止める覚悟で]
[それなのに]
[「人狼」だけは、嫌いじゃなかった。]
[胸に落ちた最期の言葉は、嬉しいもののはずで。
――…けれど、何処までも哀しい言葉だった]
[バラバラと床に落ちる飴の音も、仄かな笑みも。
聞こえていた。見えていた。
ただ、どうすべきかは分からなかった]
ぜん、に――… ……、
[名を呼ぶことが、許されているのかさえも。
分からなかった。
知りえたのは、欲しいと願う衝動で。
鼓動の途切れたその場所に、口を寄せ、紅を吸う。
それは、甘くはなくて。なぜだか少し、*塩辛かった*]
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