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[小さな村だ。母親を亡くしたことも、父親が蒸発したことも、家庭内暴力があったらしいことも、祖父母に預けられたことも、すぐに広まる。
尤も、当時の男にとっては大人の話すことの意味など分からず、『時々遊んでいた友達が遠くに行っちゃった』という認識でしかなかったのだが]
それ、やるよ。
…じゃあな。
[ひらり、手を振って。
男はニルスの家を後にした]
私、あなたに謝らないといけないわ。
あなたが最後に残してくれた言葉を踏み躙ったもの。
[『しあわせに』と書かれた些細な願い事。
同じ部屋に居たとは知らず、酷い言葉を吐き出したものだ。]
少しの間だけど…………幸せ、だったと思うわ。
[最後にこの人の傍にいられて。
ユノラフに向ける視線は愛しげに。]
ああ、あの時の。
でもどうしてここにいるのかしら、不思議。
[ただ傷を塞いだだけ、その行為は仲間に引き入れる事だとは知らず。
しかし、…が助けたというのなら何かしたのだろう。
それにしても、あれから200年もの間を生き続けていたのなら生きた事に後悔していないのだろうか。
普通の人間には、永遠のような時間は苦しかっただろうに。
不安に思ったが、ミハイルの顔は恨みとは正反対の表情をしているのがそうではなかったと言っているようだ]
………どういたしまして。
ええ、さようなら。ヴォジャノーイ。
[転生したとしても、2度と会うことはないだろうと。
ここから去るミハイルへとさよならを告げた。]
[言い辛そうに感謝を告げられれば…は、
どこか安堵したように息を吐く]
良かったわ。
だって、貴方がいないとミハイルさんが寂しがるし、
あなたもミハイルさんがいないと泣いちゃうでしょう?
[少しからかうように言っては見るものの事実だろう。
ふわりとスカートを揺らし、ミハイルの元へ向かうクレストへ、]
また幸せになれるといいわね。
[2人に対して、もう嫉妬や羨望は湧かない。*]
―自宅―
[普段は滅多に鳴ることのないチャイムが鳴れば、いつもの様に自室に篭り標本を作っていたニルスがふと顔を上げる。
宅配など何も頼んだ覚えはないが、と不思議に思いながらも玄関先まで行けば]
……ユノラフ。
[まだ痛々しく見える左腕をさげて、その男は何故かここへ来た。
あまりにも唐突の出来事で、どんな顔をすればいいのか分からない。
あの時の仇打ちか?それとも左腕の慰謝料でも請求しに来たのだろうか。
考えだけは巡るものの口からは皮肉の言葉など一切も出てこなかった。
そう黙り込んでいると、男から紡がれた言葉は予想外のもの>>26]
…そうか。
わざわざ此処までご苦労だったね。
―どこかの屋敷―
[四方に立てられた書架には大量に詰まった本。
その一隅がごっそりと抜けているのは、
青年が机で読書に没頭しているからであり。]
相変わらず…お前は本しか友達作らねえのか?
[あの村で過ごして居た時は、友人も作っていただろうに。
腕を組んで本を読むクレストの背後に立ち、
唇に咥えた煙草の灰を、陶器の灰皿へと落とす。
まあ、酒しか友人を作らないミハイルに言えたことでも無いが]
……どうせ陽光浴びた所でどうにもならねえんだ。
たまには表にでも行こうぜ。
[窓の外は春の彩りを示していた。
其方へ視線を向けて、青年の手から本を取り上げる。
反感の言葉を受ければ、さらりといなすつもり。]
もう、雪はいらねえな――――
[寂しさを埋める白は、もう*必要なかった*]
[出るのは力無い労わりの言葉。
すると、村を出る際に写真を整理していたと言う男から一枚の古写真を手渡される。
写真を見ればピントは合っておらず随分と昔の物のようで、しっかりと見なければ何が写っているのか分からなかったが、見覚えのある黒髪と笑顔にニルスの思考は一瞬だけ止まった]
これ、は………。
[夏至祭が大好きで花冠を被り少女のように微笑む母と、まだ幼い笑みを浮かべる自分の姿。
そして写真家の男は言葉を続ける>>27。
そういえば確か彼は幼い頃からカメラを手に持ち、あらゆるものを撮り歩いていた。
その写真の中の光景はつい最近撮ったかのようで、まるで………母が今も生きているかのように思えて]
…っ、
[じわり、何か熱いものが瞳の奥から込み上げてくる。
あの日流したものとは違う、別のもの。
声を殺し、帽子のつばを引き下げ目深に被り直しては顔を俯かせたが、そのせいでぽたりと地面に落ち染みを作らせた粒に写真家の男が気付いたかどうかは知らない。
握り潰さないように胸に写真を押さえ持てば、男はこの写真をやると言ってくる>>28。
写真ごと押し返してやろうと思ったのに、この気持ちと動かない手は一体何だ。
ニルスが何も言えずにただ静かに涙を流していれば、男は別れを告げひらりと手を軽く振って去って行った。
残されたニルスは一人呟く。
庭先では、美しいアゲハ蝶が男を見送るようにひらりひらりと*舞っていた*]
………ありがとう、ユノラフ。
―湖―
[夏至祭から数日。
相棒がすっかり新しい主に懐いたのを見届け、>>17自分が命を落とした祭りの会場を訪れた。
湖上の櫓は撤去され、初めてこの場所を訪れた時のにぎわいが嘘のようだ。
ドロテアやイルマは、どんな気持ちで引きずり込まれていったのだろう。
そんなことを考えながら、ぼんやりと湖を見つめていると、突如、見覚えのある人影が姿を表した。]
アイノ…
[そこにいたのは愛する妻。
何もない湖の上に立ち、優しい笑みを浮かべ、自分の方に手を差し伸べている。]
…迎えに来てくれたんだね…
[ああ、少女たちもこんな気持ちで、引き寄せられたのだろうか。
無意識にその人影に向かってかけ出し、気づけば彼女を抱きしめていた。]
…やっと会えた…これからは、ずっと一緒だ。
[彼女も頷き、優しく抱きしめ返してくれたのを感じた。
そのまま、光と共に消えて行く。]**
[あれから、どのくらいの月日が流れたか――]
[生を終えた男が目を覚ますと、いつか会える日を焦がれていた、誰よりも愛おしいひとが、そこにいた]
…イェンニ。
おまたせ。
[くしゃり。破顔して、彼女の髪を撫でて、その体を抱きしめる]
あの日から、ずっと伝えたかった事があるんだ。
直接イェンニに言いたかった。
…愛している。
これからも、ずっと――
[唇が重なり、一度目は、触れるだけの口づけを]
ずっと、一緒に。
[そして二度目は、長く、長く――]
[男が生涯手放すことの無かった、青く透明な石は、いつの間にか消えていた。
そらはまるで、氷が溶けたかのように、水になって**]
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