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[臆病者共の脇を抜け、腰鞘のククリナイフに手をかけ、ただし牽制に見せ抜く事はせず。
その場を離れようとする有翼人へと言葉を向ける。]
……飛べるノカ。
[以前に見た白い翼は、痛々しい赤に染まり。
まるで罪を犯し堕天でもしたかのような、それ。]
[―――その瞬間。]
[男を横殴りの衝撃が襲う。
誰かが、爆弾を仕掛けたのだろう。
崩れていたビルの横が吹き飛び、男の身体が瓦礫と共に、吹っ飛んだ。
軽業師が如何なったか定かではないが、
男と分断された形であるのは間違いない。
爆縮を行えば、ビルが内側へ倒壊した筈だが、それが無かったのは、その計算が出来る者が居なかったからか。]
[いつしか蛇の大群も、その場を去ってしまった。
翼を穿たれた有翼人は、地を這うよりも鈍く歩むことしか出来ない]
…………
[その足も、ぴたと止める]
見られ、てる……?
[姿は見えずとも、突き刺し、或いは纏わりつくような視線を肌に感じる。
遥かな高みにあった時には、気に留めることもなかった視線]
近付くな……卑しき地上人ども……。
[低く、唸るような声で視線の主を遠ざける。
或いは、地と瀝青に塗れても尚、その姿は天よりの使者と見えていたのだろうか]
俺ハこの街の一住人サ。
[警戒しながらも、卑しき地上人に丁寧に応えてくれる優しさに、内心の苦笑は貌にも漏れるか。]
飛ぶのガ有翼人であるとイウのなら。
見世物小屋に売ってモ、今ノあんたニ価値は無さそうダ。
[歪められた笑みに、小さく肩を竦め。
ゆったりと、蛇這うように右手の指先がナイフの柄をなぞって見せる。]
なア……アンタは、この街に、何故来たンだ?
そうね……見た感じ、化け物ではなさそうだわ。
[相手の苦笑に気付けば視線を険しくするが、まだ弓を引く事はしない。
肩を竦め放たれた皮肉にも、激昂はせず]
それは良かったわ。
あたしには、この腕が動く限り、やらなきゃいけないことがあるから。
[賞金稼ぎにより斬り裂かれた場所が、腕でなかったのは幸運であった。
腕が動く限りはまだ、『此処にいる』理由を作れる]
あたしは、聖痕を与えられた。
選ばれし者、力持つ者の証として。
[自分でも驚くほど、饒舌に答えを返していた]
聖痕を持つ者は、地上へ降りねばならない。
楽園を穢されぬよう、穢れた者らを浄化するために。
でも――あたしは穢されてしまったわ。
だから、もっともっと浄化しなくちゃ!
[弓を左手に、矢を右手に、天を振り仰ぐ。
弓矢を番えてはいないものの、その動作は警戒する相手に如何なる印象を与えたか]
もっと穢れを祓わないと、あたしは天に帰れない――!
[口と目を大きく開いた、その表情は果たして笑っていたのだろうか。
――内心では気付いていた。
地上に降りて戦えば、必ず何処かで傷《穢れ》を負う。
つまり、自身に与えられた使命そのものが――]
…―――…はっ、
[空気の塊を肺から押し出す。
腹部が重く熱い。口元から溢れるのは血液だろう。
音が聞こえる。喜び、歓声、興奮の]
うぅ……―――〜〜〜〜〜〜
[皮が再生し切っていない血濡れの指先を、側頭部から片頬にかけて押し当てた。もう片方の手が、ぬめりと這う何かに触れる。躊躇わず、掴んだ。―――…蛇だ。]
[いっそかき口説く態の素振りは、
身を引く旧友の身こなしに遮られた。
軽業師が僅かに目を瞠り口を開くのは、
正気づいてもの言うマティウスのさまへでなく
――「前頭葉のみ」を灼こうとした
己の意志が相手に「生死」を口にさせたこと。]
…
[ヒュウ… 喉鳴りを弱めながら、
軽業師は旧き友の言葉に耳を傾ける。]
[二度ほどにまりとばつが悪そうに頬を掻く
道化きらぬ仕草もあったが――爆発は突然。
応えもなにもなく、邂逅は引き裂かれた]
[屋上庭園の在った建物を跳び出すと同時、
軽業師は空中で2つの手榴弾と擦れ違った。
陽炎の中を通過する其れが爆発する猶予は、
其れを投げた中年の男の思惑より早かろう。
飛翔する先に居るのは誰あらぬマティウス。
視線のみで気にしたばかりで…正面へ跳ぶ。
走れば常の疾さは望めない――
跳躍した先に見えるのは、
瓦礫の陰へ屈み込もうとする酔いどれ男の背。]
[手榴弾を投げたと思しき彼の背へ片手をつく。
其処で身体の向きをぐいと変えれば僅かに沈む。
直後飛来する1ダースの銃弾は、酔いどれ男を
援護するものでなく異形を彼ごと射殺するための。]
ハ、…えぐいね
[ミチミチと焼け窪んだ脊髄の糸を引きながら、
低い宙返りで逃れる、
――否、逆方へ待ち伏せる他の一団を奇襲する。]
[警告と怒号、銃火器を構える音は
言葉も動作も完結することはない。
口腔へ灼熱の拳を叩き込む。
喉仏を摘み炭化しきらぬうちに引き千切る。
油の染みこんだ作業服は掴んで火だるまに。
火炎瓶を持つものは、
間近を駆け抜けるだけで事足りる。
粗悪灯油の引火点はせいぜい50℃――破裂、炎上。]
[握力は健在だが、身に抱く炉熱の高さゆえ
掴むアルミニウムの窓枠は容易く融けて弾ける。
火花に片目を眇めつ、狙撃を避けて高さを得る。]
…ッ、かは――
[胸板から脇腹へ大きく抉れた傷が引き攣れ喘ぐ。]
[よじ登った先の室内には、
年老いた男が機関銃を掴み上げていた。]
…くっ… !
[焦ってマガジンをがちゃつかせる彼の銃口と
交差する熱い手が、掴みかかろうとして――
びくん、と止まった。
相手の胸元、とうに何処へも通じない携帯電話。]
[――尖塔の傾いた清掃ゴンドラから引揚げた品。
年老いた男の息子の形身、『引揚げ屋』の仕事。
部屋の奥には、彼の妻が。]
……
[苦笑を浮かべながら引いた手で、
片鎖でぶらさがった馬銜を噛む。
背を向けると――壁を ガン と蹴りつける。]
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