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[一曲目――
大好きな、あの曲のイントロが流れてきた。
そこへ、可愛らしい小奇麗な老女がやってきた。
歳の頃は母と同じくらいか、
それとももう少し若く見えるか。
歳を取っても女は女、
歳はわからないものだと眉尻を落とす。]
アンタさんも、お孫さんはいるのかい?
子どもはいいねェ、見ているだけで元気になるさ
[隣へ腰掛ける老女へ、満面の笑みで微笑んだ。
TVの中の、まだ若いシンイチが歌う]
『おふくろさんよ、おふくろさん……』
[大好きな、曲だ。
カラオケスナックでは、大体これを歌っていた。
けれど、母親の見舞い帰りに「おふくろさん」、
この曲を聴いて胸を熱くするなんて、
なんとも気恥ずかしく。
隣の老女に、気取られぬよう
会話を振った]
俺ちの孫はなァ、14歳になるんだ
他にも何人かいる…はずなんだがァ
娘が4人もいるもんで、もう孫も何人いるんだか
わからなくなっちまって… ははは
[なんだか、母と話しているみたいで
シンイチの歌声もあってか、妙に心が弾んでいた]
―病室―
ゆき…。
[病室の窓から、しんしんと舞い落ちる雪を見つめる。
窓を開けていたら看護師に怒られたので、ガラス越しなのは残念だったけど]
つもるのかなぁ。
いっぱいつもったら、おにわも、まちも、まっしろになるのかな?
[ガラスに頬を近づけると、触れた瞬間ひやりとした感触が走り。
それが妙に気持ちよくて額をガラスに押し当てた]
…みてみたいなぁ。
蔵作のすきな歌リスト
おふくろさん/森進一
http://www.youtube.com/watch?v=BqgDo3WYE-s
高校三年生/舟木一夫
http://www.youtube.com/watch?v=f0bEAfLGE24
青春時代/森田公一とトップギャラン
http://www.youtube.com/watch?v=gKIw0YQ3wDk
学生街の喫茶店/ガロ
http://www.youtube.com/watch?v=yY3GRzzTYU0
↑どう見てもこれは妻の影響と思われる…
[演歌が、微妙に聞こえた。
テレビで何かやっているのだろうか。
テレビを見よう、と言う気分ではない。
何しろ、悩みの種が一つ出来てしまったから。]
ふむ…―――
[年頃の女性が喜びそうな事。
ナースに聞いたら、きっと白い目で見られる。
といって、患者さんにそういう質問もどうだ。]
難しい問題だな
[首を捻って、外を眺めた。
雪は、まだ降っている。]
[老女との会話はきっと弾んだはずだ。
寧ろ、此方から一方的に弾んだかもしれないが。
次第に、現代歌謡へ変化する曲と共に
自分の置かれた状況… 現実を思い起こす。
老女へ軽く挨拶し、病院を後にしようとロビーへ向かう。
前方には白衣の医師の姿。
昨日見掛けた人物と同じ人だろうか。
擦れ違いざま、聞こえた言葉に
神妙な面持ちを作った。]
先生様でも、解けない問題があるんですかね
そりゃあ、難題? なんちゃってなァ…
[おどけて見せた]
…―――?
ああ、聞かれてしまいましたか
[外を眺めていると、先生様、なんて聞こえて。
振り向いてみると、そこには男性の姿。
昨日、私を拝んでいた人だ。
おどけて見せているようで、心配してくださったのだろう。]
それは、私も人ですから
解けない問題もありますよ
私を喜ばせるような事を見つけてくれ、と患者さんに言われまして
どうすれば良いものかと、途方にくれていたのです
[見舞いの方であろう。
だから、多少弱音を吐いても大丈夫か。
そんな事を、自分に言い訳してみた。]
[些か莫迦にしたようにも聞こえる呼称であったか。
けれど医者というものは、
苦しむ者を自らの知識と腕前で救う、
尊い存在だと感じている。
同年代であれば「給料良いんだろうな」だの何だのと
黒い思いも燻るものだが、この医師は娘達よりも若いはずだ。
「がんばれ」と、応援の気持ちは自然と浮かんで]
「喜ばせる」……? ふむ、そりゃァまた…
謎掛けみたいなもんだねェ
子どもや女性ならぬいぐるみ、とかなァ…
絵はどうだい? 風景画なんか入院してると
気持ちが晴れるんじゃァないかね…
[暫し思案しつつ、考えてみた]
ありがとうございます
くるみさんへの手紙、最初に何を書けばいいか迷いました。
でも最初はやはり、お礼から。
くるみさんには、青空が似合うんじゃないかな、と私は思いました。青空の色、どんな色だと思いますか。
貴女が想う色をおしえて下さい。
天満
ぬいぐるみ、絵、ですか
なるほど、それも一つですね
[男性は、自分より随分と歳が上のようで。
父親ほどの年上の男性の言葉なら、アドバイスとして受け取って十分だろうと思い。]
私と年頃の変わらぬ女性なのですけれど
足を不自由にしているようで
外に出たいけれど、出られないと
だから、何か元気付ける事をしたいと思ったのですけれどね
どうやら、私はそう言うものが苦手なようで
先ほども、随分無神経な事を言ってしまいましてね
[苦笑いが自然と浮かんでしまう。]
どうしたものですかね
[『絵』は単純に自分の好きなものだし、
ぬいぐるみは、先程休憩室に居た子ども達が
好きそうだと…アドバイスになっているのかは解らずも
若い医師が、自分の言葉をきちんと聞いてくれている
その真摯な対応に心擽られて]
――…ふうんむ、若いお嬢さん、かね…
[浮かぶのは、昨日出会った儚げな、
煙草を嗜むお嬢さんだった]
先生の行きたいところ、見せたい場所をさ、
話して、約束したらいいんじゃないかね
『一緒に行こう』とさ――…
[けれど、ただの医者と患者の関係を望むのなら
それは、医師の負担になりすぎるか。
こそり、医師へ耳打ちし]
まァ、先生が特別に思う相手なら、ってことさね
ただ元気付けたいだけなのなら、一緒にいてやればいいさ
[其処から、発展する思いもあるだろうとか。
真剣に応援してはいるものの、些か茶化しているように感じられてしまうかもしれずに]
ええ、若いお嬢さんです
[頷いて、語られる内容に首を傾げる。
好きな場所に、一緒に行く?
ふむ、そんな事で相手は喜ぶものなのか。
特別に想う、とはどんな事だろう。
若者には、わからない事が多い。
だが、先達者の言う事である。
何か、大事な意味もあるのだろう。
だから、頷いておいた。]
一緒にいるだけ、ですか
それは、随分と簡単な方法ですね
それで患者さんの心が元気になるのなら
医師としては、試してみたいものです
[茶化すような言葉尻ではあるけれど。
若者には、そう言う冗談はよくわからない。
だから、真面目に全て受け取っている。]
絵を書くには、絵心が必要でしょうから
写真なんかじゃ、駄目ですかね
好きな場所の写真を集めて、そこの話をする
で、治ったらつれて行く、と
こんな感じでは、喜んで貰えないでしょうか
[いたって真面目に、首を捻り。
男性に、問う。]
[自分の気に入りの場所に
異性を連れていくとすれば。
それだけで「デート」じゃないかと
老年に足を突っ込んだ男は認識するが。
最近の若者のデート事情には実に疎く。
尤も、どうやらそういったものではなく
若い医師は単純に、患者の女性を
元気付けようとしているようにも、感じ始めて。
なんとなく、バツ悪そうに
帽子の上から頭を搔いた]
ああ、写真でもいいと思うよ
そうそう、そんな感じでさ
アンタさんの真心が伝われば、きっと
そのお嬢さんも、元気が出るだろうさね
[うん、うん、と。
ゆっくり頷いて、医師の言葉を肯定した。]
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