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[がたん!と、
コーネリアスが戸棚にぶつかる音を聞き]
……
そうやって。罪だと背負ってる時点でね。
…、 書生さんは、…優しいおひとですね。
……
[かくり、と、首を横に傾ぎ]
かみさまってのは…、裁くためじゃァなく、
許すためにいらっしゃるんだ──、と、
牧師さんは、…おれに、
むかし、教えてくださいましたが。
[気のない声で、男は、そんなことを言い]
…まあ。獣のおれには、
…かみさまのお許しなんてのは。
あんまり…、意味のないことではありましたけれど。
許されるのか、どうだなのか、
… 試してみたって、いいと思いますけどね。
[まあ。それを望むんでしたら。と、
最終的な選択については、男は放り]
…、ユージイン?
[がたりと音がする。
けれど今は、そちらを向くことはせずに、
やはり少し呼びにくそうに、墓守の名を呼んだ。]
…… かみさま。
[ぼんやりと、口にする。
かつて、年上の彼らの後をついて教会に遊びに行った。
裁くだの、赦すだの、そんなこと、
…縁も理解も、何もなかった頃の話。]
……………。
[続く話には、頷くことはせず、
──けれど、すぐに首を振ることもせず、
考え込むような沈黙が、じっと返った。]
──…、
[自らの思考に沈んで、少しの時間沈黙する。
放られた結論に目を上げ、僅かに笑みを浮かべた。
常の嘲笑とは、異なる笑みを。]
──… きみだって、充分にやさしいじゃないか。
[自覚のなさそうな、世話焼きの”獣”へと笑う。]
うん。
… きみの、しあわせ。
[かくりと首を傾ぐ男へ視線を向けて、漸く瞳を覗き込む。
そうして、小さく頷いた。]
── コーネリアスを殺すことが、”しあわせ”なのかい?
[表の名前を呼ばれてから少し、
考えるような間が、返事をするまでに空いて]
むかしは、あんたが、
… おちびさんでしたからね。
[ぽつり。と、幼かった少年の事を思い出しでもしたか。
男はふと、そんなことを呟いた。]
[男は教会の使用人の様なものだったから。
──あるいは、本人がそうだ、と認識しているように、
ほとんど遊びの輪にも説法の輪にも加わらず、
穴ばかり掘って、いつも泥の匂いをさせているような男だったから、相手にどういう印象で残っているのかはわからない。]
… …陽さんが来たときのことは、
まだ、思い出せますね。
[──同族の勘か。もしかすれば、相手に自覚がないうちから。ひとりで人の群れにまぎれてきた獣は、子どもの血を嗅ぎつけて]
[やさしい。と、言われれば、沈黙したまま、瞬きの回数が増やして
…どうも。と、評価が疑わしいと思っている口調で、口の中で感謝の言葉を述べ]
…こいつにかんしちゃ、
たんなる。
… 身内びいき、ってやつだと…思いますけどね…
[ぼそり。と呟く声はやはり陰気なまま]
[悩んでいるのか、考えているのか。
あるいはその両方か、おかれた沈黙はそこそこの合間を置き]
… そう…ですね。
しあわせ。って奴についちゃ、
あんまり……
自分ごととして…考えたことがありませんで。
よくわからないってのが、
…本音です。
おれは。
…… 自分が、日々を生きてられたら、
それで、良かったんですよ。
喰って、寝て、働いて…
野山の獣と、一緒です。
[それを──卑下する様子も無く、男はそう言って]
… しあわせかどうかなんてことを、
気にしたり、考えたりするのも、
… 生きるため以外で、
同じ生きモンを殺したがるのも、
それに罪悪を感じるのも、
俺が知る限り、
… 人間くらいのもんですから。
おれも、ちょっと、
… 人間くさくなった、って、ことなんでしょうかね。
[あまり歓迎していないように、
ぼやくように、男は、そう言って]
そいつが、
しあわせって呼べるのかは、
わかりませんが。
もやもやしてるもんは、
… すっとするかもしれませんよ。
心残りの…残り半分は、たぶん。
そいつで、片付くんじゃないですかね。
[おれのは。と、そう言って]
ああ。あと。
もしね。
陽さんが──おれを、止めたいなら、
早いとこ、言うといいですよ。
[陽の希望を振り払ってまで──貫く心算は、最初に言ったとおり男にはなさそうで]
餌を殺すのを、ためらうほど、
… おれは、やさしくないですから。
もし…、機会がきたら。
おれは、きっと、躊躇をしませんよ。**
[と、忠告めいたことを男は言い置いた**]
なんか…、”変”なやつがいる。って、思ったんだ。
[おんなじ、と。
言う男に、笑って告げる。]
僕はまだ…よく、分かってなかったから。
けど、何かが違うと思った。ずっと。
[だから、「兄」に会いに。
良く遊びに通った牧師の館で、隠のあとも随分ついて回ったのだ。
泥の匂い、土の匂い、──死の匂い。
微かな恐れと、幼い興味。
隠と交わす言葉が、常ならぬ音と気付いたのは、
いつの頃のことだったか。]
…、そう?
[おちび、と当時の自分を呼ぶ男に少し首を傾ける。
さしてありがたくもなさそうな礼の言葉には、肯定も否定も送らぬまま。]
それでも、僕は──…
[そこで言葉を切る。
自らの手を見た。血に赤く汚れた手を。]
…え。
残り、…半分?
[全部、とは言わない隠の言葉に語尾が上がった。
「兄」を殺したいという、話の中身には触れず、
…ただ、黙って少し視線が下がる。
見えない動きに、隠には沈疑問と黙だけが伝わるのだろう。]
[男は、とん。と壁に背をつけて、
修道女の歌も、
幼子のようになった女の声も、
──赤い声も、詩人の話もを、
密やかに聞いていて]
……
もともと
人の中に獣がいることの方が、
──妙な話で。
[ぼそ、とした声がいつものように、
思考の時間を置いて、話しを始める。]
…おれには、"変"も、いまさら。って奴でした。
ただ。まあ。
[墓守の男が、
ついてまわるちびの獣に教えたのは、
土の香りと、死の匂いと、
喰い方と、狩る事と、
獣の親が、子にそれを教え伝えるように、
淡々と、人の感情を含まない、獣のあり方で]
…あれこれ教えてみても、
あんたは…
どうも、いつまでたっても、
どっか、人みたいで
[だからね。と、声は言う。]
…… おれは、あんたが、心配でした。
[ぼそぼそとした声は、揶揄を含まず、厭ういろもない]
おれが、陽さんに、
殺し方を教えたせいで。
… いつか。
あんたは、結局、苦しむんじゃねえか、って
そんな気ィは、… してましてね。
………、…。
[音ならぬ音。
密やかな声が、常ならぬ耳に響く。
腕の中に、狂った娘を抱き締めて──俯いたまま。
変わらぬ朴訥とした口調に、黙って耳を傾けていた。]
… 先に、あっさりと、
死なれちまったもんで。
おれは、たぶん、
…… あんたが、安らかに眠れてるのかが、
気になってたんですよ。
[陰気な声で──告げるのが、きっと、
男の心残りの、もう半分の中身。]
[不器用に教わった、狩の仕方。
人を殺し──”食餌”をとるやり方。
けれど、どこかずっと、心配をかけていたことを
──知っていた、気がする。
それは”獣”が仲間に対するもののようで、
口調と同じように──不器用なもの。]
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