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―砂塵の町―
[吹き抜ける風に乗り、天を舞う白い影。
それは手頃な高さの建物を見付けると、ふわりと身を翻しその屋根に降り立った。
腰を掛け、ぶらぶらと両足を揺らしながら見下ろすは、見た目だけなら自身と変わらぬ年頃の少女>>0の姿]
イケニエ、だっけ?
[アハハ、と、笑う声は朗らかとも言える響き]
バッカじゃないの?
そんなんで誰かが救われる訳ないじゃない。
[嘲笑の声は相手に届いただろうか。
どちらにせよ、少女はこちらを振り向くことなく、粛々と己の使命を果たそうとしている]
可っ笑しいなぁ。ニンゲンって。
[少女を見下ろし嗤うその背には、一対の純白の翼があった]
―廃墟のビル街―
[白い翼は、風の吹くままに空を舞った。
下界の人間たちがこちらを見ていることに気付けば、殊更気持ち良さそうに。
彼らの決して届かぬ高みを見せ付けるように]
あら、
[そうして、荒廃したビル街に差し掛かった頃だったか。
他の人間よりも高い場所から、こちらを見上げる視線に気が付いた]
……地上では流行りなのかしら。ああいう格好。
[崩れかけのビルばかりでは安易に着地する訳にも行かず。
その場で旋回しながら馬銜をくわえた男を眺める]
……共食い?
あーあ、こうはなりたくないわよねー。
[肉を切り骨を噛み砕く音に眉の端をぴくぴく痙攣させながら、これ見よがしの声量で呟く。
有翼人は下界より発達した科学でもって、自分らの食糧問題を解決していた。
勿論、その恩恵に預かれるのは有翼人のみである]
やっぱり人間って、下賤。
[飢えた人間への同情も、犠牲者への哀れみも、一言たりとて口にはしなかった]
へーぇ、そうなんだ。
バケモノばっかりってこと?
[首を傾げる男に目を細める。
有翼人も、元を辿れば人間から枝分かれした「人間以外」なのだが、地上のそれらと己を同類とは見做していない]
そこの変な格好したあんたもそうなのかしら。
――ま、どっちでもいいわ。
一応感謝しといたげる。
[高度を落とし、それでも煤煙が翼に触れぬ程度の距離を保ったままホバリングし]
どうも、あ・り・が・と。
[目を細め、唇の端を片方釣り上げた、気品の欠片もない表情で言葉ばかり礼を言った]
嫌に決まってるでしょう。
地上人みたいなみすぼらしいカッコなんて。
[ホバリングのまま男を睨み付ける。
そうしているうち、梁を歩く男に接近され、空中で僅かに身構えた]
わざわざ、って――
[苦虫を噛み潰した顔で男の声を聞き、手話の文字を読み取る]
あ、あの、
あたしは、ねぇ――
[男を睨み反論しかけるが、それより男の跳躍が早く。
宙空で擦れ違った長身を、はっと息を呑んで振り返る]
[振り返った先、硝子を掴んだ手に滲む色が見え]
はっ。
気が向いたら遊んでやったっていいわ。
[揺らされる手に同じ動作を返すことはしない。
男の消えた暗い空間を、空中から睨んだまま]
でも汚されはしない。
――あたしが、浄化してやるのよ。
[呟く声は既に独言。
すう、と冷徹になった声は、恐らく誰にも届かなかっただろう]
銃……。
[少し距離はあるが、同じ街区内から聞こえてきた音]
その程度の武器はあるってことね、下界にも。
[舌打ち一つし、ビルの陰になるよう飛行高度を下げる]
[その場を去ろうとしたその時、自分に向けられた視線を感じる]
……ん?
[振り返り、それは錯覚だと知った。
視線の先にいる男の、両眼は布で覆われ隠れている]
なーんだ、さっきの薄汚れたニンゲンね。
[こっちの声は聞こえていたか。
先程の嘲笑と同じ声とは気付かれただろうか。
翼はためかせ、ビルの隙間を縫うようにすると、男に確実に声の届く距離まで近付き]
どうしたの?
さっきの女の子の傍にいなくていいの?
[掛ける声にはからかいの響きがあった]
[何故? と問い返す声。
かつては街燈だったであろう柱の上に足を乗せ、羽音を止めると、目隠しの男に向き直る]
べーーーっつにー。
あの子、イケニエでしょ? 死んじゃうんでしょ?
可哀想に思うなら、見送ってあげればいいのにーって。
[男と供犠の娘がどんな関係なのかは知らない。
からかいの種さえあればいいのだ]
それとも、あんたも「救い」とか信じて彼女を捧げたクチだったりする?
[にたにた、と口の端を上げ意地悪く笑う。
相手には見えぬだろうが、口調から伝わるものはあるだろうか]
ふうん?
[三拍を空けて同意した男に、半目の視線を送る]
人を食ってみたり、哀れんでみたり……。
ニンゲンにとって、同族って何なのかしら。
[前者は眼前の男を指して言ったことではないが、どう伝わろうが気には留めない]
ま、あんたもじゅうぶん「かわいそう」よ。
アッハハ!
[言葉とは真逆に高らかに笑う。
そして、しばし遠巻きに男の様子を眺めているだろう]
何しに?
[問われ、小さく舌打ちの音を響かせる]
どうしてそんなこと聞きたがるのかしら――
ま、いいわ。「かわいそう」だから教えてあげる。
[言って、爪先で街燈の柱を軽く蹴る。
高さにして約5m、常人なら触れ得ぬ高さまで舞い上がり]
イケニエ――
いえ、そんなお綺麗なものじゃないわね。
[唇の端を歪め、男を見降ろす]
間引き、よ。
お腹を空かせたニンゲンたちが、こっちへ群がってこないようにね。
[そう言い残すと同時、翼を打ち振るい、男から大きく距離を離す。
羽音が自身の言葉を掻き消したとしても、気にすることはない]
―ビル街―
[崩れかけたビルの上を、鳥のように苦も無く渡り歩く。
時折ブーツの下で砕けた混凝土がぱらぱらと音を立てた]
ぼろっちい建物ばっかり。
寝床になりそうな場所なんてありゃしないわね。
[長居をする気こそないが、浄化の任務を済ませてからでなくては、『天』へ帰る面子が立たない。
その任務こそ体のいい厄介払いだったのか――真実がどうであれ、既に堕とされた者が知る術はない]
――あ、あの音。
あーあ、折角の建物壊しちゃって。
鈍重な地上人はこれだから……。
[誰かうっかり下敷きになっていたりはしないだろうか?
その間抜けさを笑ってやろうと、音のした方向へ飛ぶ]
[崩落したビルから少し離れた場所。
彫像の残骸のようなものを、軽く足先で踏み付ける。
如何なる芸術家の作品か、それに興味を示す者は既にない]
……ん、
[しばらくはそこから崩落した建物の方向を見ていたが、ふと視線を感じて振り返る]
『おお……天使様……』
[それはむせび泣くかのような、恍惚とした声だった]
『天使様……我らをお救いください……』
[しかしそいつ――男だ――は跪き、祈るようなことはしなかった。
もう少しで手の届く位置にいる翼人を、引き摺り下ろさんと手を伸ばしていた。
男の眼に欲望の色を見て、ひいっと悲鳴を漏らし飛び上がる]
穢らわしい、なんと穢らわしいんでしょう!
そのような穢れた手で――
[背から左手で引き抜いたのは短弓。
同時に右の手指に三本の矢を挟み、一本目を番えた]
触れることは許しません!
[放たれた矢は、男の伸ばしていた右腕を、付け根からふっ飛ばした。
何処かで響いた絶叫に、男の声が続くか]
[万が一にも返り血の届かぬ距離まで離れると、即死はせずとも出血で長くはない男を眺め]
ざーんねん。
天使様は下卑た野郎に救いの手など差し伸べないのでした。
あ、でも、こんな所で生きなくて良くなったんだしある意味救われたかな?
[キャハハと笑う声を聞く意識は、男にまだあっただろうか。
と、そこにゆっくり近づく足音>>134があり、死に掛けの男はそのままに振り向いた]
神罰ぅ? あたしらって神様の代理なのぉ?
[大袈裟に語尾を上げ、口を横に広げて歯を見せ嗤う]
こいつはねぇ……汚いから。
汚い手で触られそうになったら、その手を払うのは当然でしょ?
触りたくもないから撃ったけど。
残念ながら神とやらに会ったことはないわね。
ま、地上人からすれば同じじゃない?
神の遣いだろうと決して手の届かぬ場所の住人だろうと。
[淡々と答える男に目を細め]
物好き――ね。ま、好きで降りてる訳じゃないけど。
[銃声に、微かに弓を握る左手を緊張させつつ、溜息混じりに答える]
ゴミ溜めもたまには掃除しなくちゃ、どんどんゴミが溜まる一方でしょ?
嫌々ながらでも手を突っ込まないと。
[たった今片付けたゴミは、既にただの物体と化している。
血肉は貴重な資源となるかもしれないが、廃棄物の処理など知ったことではない]
それはどうも?
[崇高、の言葉に唇の端を持ち上げて返し]
フン、荷が重いですって?
天を翔ける翼と浄化の弓持つこのあたしに、地上人の抹殺がどれだけ容易いか――
[足先で彫刻を蹴り、身を宙へ。
手にした弓矢を番えれば、キリリと弦の鳴る音と共に、金色の光が迸る]
――確かめてみる?
[鏃を銃を仕舞った男の額へ向け、躊躇なく右手を離した]
[男は銃を持っていた。
一撃で仕留められなければ全力退避するつもりで、矢を放つと同時後退かつ上昇していたが]
――くっ
[突き飛ばされた死体。
やり損なったと思う同時、目を灼くほどの閃光が放たれる。
目を閉じ右腕で覆う動作も間に合わず。
上下感覚のみを頼りに、只管高く高く翼を打って舞い上がる]
―ビル街上空―
はあ、はあ……。
[久し振りの本気の飛翔に息が切れていた。
白く霞む視界に何度も目をしばたかせつつ、無理矢理にでも息を整える。
追撃はなく、視力が回復したなら既に黒い帽子の姿がないこともわかる]
まさか、あれで避けられるとは……。
しかも、こんな武器があるとはね。
[警戒の意識を強くする。
既にビルよりも高い位置に居るから、多くの者に姿を晒すことになっているかもしれない。
それでも視力が不完全なまま崩れかけのビルの間を飛ぶ訳にはいかなかった]
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