はらたま。きよたま。
[なにか囁きながら、少女は床を踏みつけている。
終わったみたいだね。お疲れさま。私は、少女に声を掛けた。]
…ああ。
タドコロもお疲れ。で、イマイは?
[夏休み中。くつくつと私は嗤う。先を越されたね。]
ふふ。夏休みはこれからだ。次は…私の番だ。
[少女は薄い微笑みを噛み殺す。
そして、駆け寄る教員達を見上げるふうに、ねめつけた。**]
― エレベーターホール ―
……ぅ、
[微睡む意識――ゆるりと身を起こせば、ぐらり、軽い頭痛の後、視界が揺れる。]
あれ……?
[一体どうなったのか。さきほどまで自分は―――]
[様相の変わったマシロ。
追い出されまいと、チカノを"くび"にすまいと、二人に向かって伸ばした手の行方を覚えていない。]
マシロちゃん、……?
[耳障りなノイズ。
明滅を繰り返す照明――あれからどうなった?]
[覚醒するにつれ、指導教員らが周辺に集まってきていることに気付き、ぼんやりと室内と人を眺める。
明るい視界と広い空間、並ぶ面々に漸く体温が戻ったよう。]
センセたち、どしたの……?
[日常から非日常へ。
非日常から日常へシフトするのにも数秒を*要しそうだ*]
いたた…。幾ら私が大きいからってさ。
どう考えてもこれは割に合わないのではないか。
[右手でチカノ、左手でワカバの頭部を庇うように。
気付けば私たちはロビーに居た。]
[うっすらと目を開けると、
世界は90度ほど傾いている。
介抱されて身を起こす友人たちの姿が見える。
誰ひとり、欠けてはいない。
ああ、よかった。
じわり 安堵と覚醒は緩やかに同時進行。]
『状況を整理してみよう』
[まだ意識がぼんやりする中、直前の記憶を遡る。
私らしき者がチカノに手を伸ばし。
私が私の中から助けを求め、ワカバが私らしき者の手からチカノを護ろうと手を伸ばしたところまでは、覚えがあった。
そこから――…]
はらたま? きよたま?
[人の手を枕にしていたチカノがむくりと起き上がり、聞き覚えのあるような内容な言葉を口にする。]
――払いたまえ 清めたまえ、だっけ?
[略さない本来の言葉を口にする。
すっと何かが抜けていくような気がしてひととき]
[地の底から響くような嗄れ声に、身を竦める。
怖い、と思った瞬間、がすがすと床を踏みつける音がして、天を見上げる。]
あ…チカノ――か、
ふぇ…っ…こ、怖かった…こわかっ…、
っサヨは? アンは? ナオは?
[緊張の糸が途切れたのか。
感情が溢れそうになるのを堪え、私はあたりを見渡す。
生首になった、アン。そしてサヨ。促されるまま飛び出したナオ。みんな無事だろうか。みんな――]
[陽が射している。
ここは、「答え」に手が届く世界。
答えに手が届かないあの異空間では、
"どちて坊や"が壊れてしまいそうで]
[相変わらず、視界は低いまま。
「あみん」はパンプキンパイもおいしいけれど、
今の時期ならいちじくのヨーグルトタルトもいい。
なのに、首だけの姿じゃ食べられない。]
( ああ。
なんて 不条理―― )
[そんなことを考えながら"寝返りをうつ"と、
ぱたりと視界の真ん中に自分の手が*見えた*]
[くるりと辺りを見渡し、私は改めて深い深いため息を吐いた。
遠くに聞こえた教員の声。そしてみんなを呼ぶ声。
無事だ。どうやら無事のようだ。
でもこれって、都合のいい夢ではないよね?]
「い、いひゃい! ばかマシロ!!」
[偶然にも一番近くに居たアンの頬を、私は試に抓ってみた。
すぐさま抗議の声を鉄拳が飛んできた。
――いたい。いいパンチだ。
これ位良いパンチは、きっと夢の中では味わえないだろう。
私は軽く気を失いかけながら、無事戻れたことを嬉しく思っていた*]
──あれ?なんでだろ。
[気付けば、一階のエレベーター前に立っているではないか。]
[床に寝転がった状態のサヨは、ころんと姿勢を変えている。
その姿にほっとした時、上の階にいたはずの少女の悲鳴が聞こえた。]
アンちゃん、マシロちゃん、何してるの。
[頬を押さえたアンが、マシロに一撃を食らわせている。]
[二人から少し離れた位置の壁にワカバが身体を預けていて。]
あ、チカノちゃんがいた。
[肩の黄色い何やらを返さないと、どうにも重くて仕方がない。
が、その前に。]
サヨちゃん、立てる?
[手を差し伸べながらそちらへ向かう**。]
[差し伸べられる手。
ナオの表情は、逆光で見えない。
しぱ、しぱ。二度、瞬きをする。
首だけの姿で見上げたときの、
心配と恐れとが綯い交ぜだった
ナオの表情が脳裏をふと過ぎる。]
…
そうね。立てるわ
[差し伸べられたともだちの手が
引かないうちに、つかまえて――]
つまり、
これは甘えてるのよ。
[にこりん と唇を*端引いた*。]