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朝
もうすぐ、クリスマスですね。
[浮かれているのは世間のみか。
院内では、今日もひとつの死を送り
ひとつの生を、迎え入れる。
サンタの人形は入院患者名簿の中の
[926号室の住人 ロッカ]と――]
―とある見舞客の回想―
[見舞いに行くと、彼女は部屋にはいなかった。
こういう時は、大体煙草を買いに行っているか、屋上で煙草を吸っているかのどちらかだ。
屋上に行けば、鼻の頭を真っ赤にした彼女がいた。
呆けたように空を見上げて、白煙を燻らせている。]
六花、
[名前を呼ぶ。]
「ひろくん」
[柔らかく微笑んだ彼女は、甘くて柔らかい声で、俺を呼ぶ。
昔はひろくんなんて子供みたいな呼び方はやめてくれと言ったけど、それが心地いいと思うのはきっと俺が―――――――――から、だろう。]
ここは冷えるよ。部屋に戻ろう。
[手に触れると、思っていたよりも暖かい。
そういえばこのマフラーはどうしたんだろう。そう思いながら、彼女の手を引く。
彼女は嬉しそうにはにかんで、煙草を灰皿に入れてこちらに身を寄せた。]
[最近俺は、よく見舞いに来るようになった。
勿論彼女が気になるんだけど、それだけじゃない。
見ていなきゃいけない、そんな気がした。
そうじゃないと、どこか遠くに。それこそ、あの人の所に行ってしまいそうで。
握った手に、無意識のうちに力がこもった。
いかないで。
どんな事になっても、生きてほしい。傍にいて欲しい。
彼女の一番が俺じゃなくてもいいから。一番じゃない事を、知っているから。
それでも。
かつて彼女の左手の薬指に嵌めた指輪は、今は鎖に繋がれて首からゆらゆらと下がっていた。*]
―926号室―
[アネモネを全部風に託した後、わたしはそのまま屋上にいました
ハイライトを吸っていたのです
かみさまにも届きますように、って
その時、屋上の扉が開きました
ひろくんです
ひろくんがわたしの名前を呼びます
わたしは笑って、彼の方へ駆けよりました
ひろくんは、今日も泊まってくれると言ったのでした]
<926号室の井川様、井川六花様――>
[機械を通した、女の人の声がわたしを呼ぶのが聞こえました
ひろくんは、もうお仕事に行っています
わたしは、どうして呼ばれたのだろうと思いながら部屋を出ました]
―休憩所付近の公衆電話―
‥‥はい、はい
そうですか、わかりました
ありがとうございます
じゃあ、お待ちしていますね
[呼ばれたのは、わたしに電話が来ていたという連絡があったからでした
かつみさんからでした
わたしはテレホンカードを公衆電話に差し込んで、かつみさんに電話しました
テレホンカードは、数えなくていいので楽で、わたしは好きです
今日の午後、こっちに来るとかつみさんは言っていました]
[良かった。
受話器を戻して、吐き出されたカードを取りながら、わたしは思います
何となく、絶対じゃあないけれど、予感があったからです
わたしがわたしでいられるのは、たぶん、あと数日だけだって
だから、早い方がよかったのです
わたしは、わたしのままでいられると思いました
ひろくんや、傷のにいさまたちにも、一緒にいてほしいと思ったけれど、
そうしたら、きっと、止められます
だから、それなら、我慢しようと思いました
手紙だけ、遺しておこうと思いました]
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