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なんでもないよ、って言われたら
もしかして、って嫌な予感だけ続いちゃうもの
はっきり、教えてくれたほうが私はずっと嬉しい
………もう歌が聞けないのは、悲しいね
[話しながら戸棚を開け、桃色のがま口を金庫から取り出した。そろそろ、朝食の時間だったし、気を落としている結城に、何を言えばいいのかわからなかった。笑顔を向け続けられる自信もなかったから]
また、楽しいこと …あればいいのに
昨日のおねえさん、歌、上手だったね。
[ふと、口ずさむのをやめて羊に話しかける。
昨日、この場で出会った不思議な歌い手。いつも中庭で歌っていた人物だ。直接に会ったのは、はじめてだったように思う。
彼女が歌ったのはアヴェ・マリア、聖母マリアへの祈り。どこか物悲しい響きの歌。]
『罪人なるわれらのために』
『今も臨終の時も祈り給え』
『アーメン』
[その詞を、少女はまだ、知らない。]
[静止した時を動かしたのは自分ではなく、まだあどけなさの残る黒枝の方だった。立ち上がる気配を感じて視線を持ち上げると、彼女は微笑んでいた。
静寂に響くその言葉は、一瞬でも真実を詰まらせた相手を気遣う内容だった。]
うん、すてきな声、だった。
黒枝さんは、……しっかりしてるね。
[部屋を出る支度を横目に、己もカルテを閉じた。
高校生に気を使われてしまうなんて情けないけれど、その心遣いが今は、ありがたかった。]
あるさ、……早く学校に戻れるように、がんばろうね。
[彼女を含む患者達を救う事が、自分の使命だ。
気持ちを切り替え、笑みを浮かべて病室を出た。
その微笑はかすかに、歪んでしまっていたかもしれないけれど。]
[──歌が聞こえる…
あの、澄んだ美しい歌だ…]
誰が歌っているんだろうね…センセイなら知ってるかね。
[一二三は内科医の顔を頭に浮かべる。まだ若い、しかし十分に腕はたつ]
→ラウンジ
[603号室を出て看護師への引継ぎを終えると、ちょうど休憩時刻になっていた。
外に出向く気力もなく、カップの珈琲を買ってラウンジへ。
誰も居ないラウンジは、何処か侘しかった。
窓辺の席で、ぼんやりと海の方向を見つめ時を過ごしている]
……うん
[頑張る、には、どうしたらいいかわからないけれど。
結城の優しさはわかるから、頷いた。うん、がんばろう、がんばりたい。そんな想いを込めて。
一人になった病室。窓を開け、青からは目を逸らし空を仰いだ。冬の空はどこか白っぽく]
…うん、うん
[白い頬に赤みが差すまで、暫く佇んでいた]
中庭
――ぃっくしゅ、
[日の上りきる前の中庭は、寒かった。
力の抜けかけた右手からは半ばほど、人形がずりおちかけていたが、その金髪を地面に投げ出すことにはならずに済んだ。]
あらやァだ、……うとうとしちゃったのねェ
寒いってのに……、もう、……
年取っちまうとどこでも寝れるようになるのかね
もしかして、朝ごはんの時間じゃない、かしらん
ぐるってまわりながら帰ろうかいな
[ベンチをたつと病院の周りを大きく回るように歩くつもりであった。
老婆の歩みは遅い。右足にはもう、ボルトなんてものは入っていなかったが、一度目の入院のきっかけになったそれは、彼女の歩行をわずかに阻害するに十分だった。それでも彼女は、その歩みの遅さに焦ることはなく、ゆっくりと歩いていく。]
――……おんやァ……
あの窓ぉ、誰か、……
[>>26彼女は視界も狭く、視力も悪くなっていた。ふと見上げたその先、窓の向こう側に色のついたものが見えた気がして足を止める。
五階分を見上げるとなれば首への負担も大きく、そうそう長くは見上げ続けることは出来ないけれど――]
あァ やっぱりいた
[視界の中でもぞりと動いているらしき色彩の揺れに、そう結論付ける。手を振っているのか、その動きは悪い視力の彼女には定かではない。明暗のはっきりした服でも来ていればもう少し、見えていただろうが、それは詮無いことだった。
得心したように呟き、しわくちゃの顔に更に皺を刻む。
彼女に堆積した年月が、そう大きく手を振らせてはくれないのだけれども、手を振りかえし]
おはよオねえ――……多分だけど、あんた見たことない顔してるよ。
……どォれ、
このばあちゃんに知らない相手が病院にいるなんて
そんなのお天道様が許してもォ
あっちゃいけないことなのさ
[届くはずはないと知りつつもぶつぶつと声に出してから、振った方の指で窓を数える。
下から幾つめ、端の部屋から左右に幾つずれるか、そんなことを数え上げ
それからもう一度、皺を深めた]
食堂
[入院棟の食堂は、いつ来ても混みあうことはない。ほとんどの人が病室でとるからだが、歩ける者は基本、此処でとることになっている]
おはよーございます
[名前を確認してもらい、トレイを受け取った。今日のデザートは大好きなキウイで、空元気が少しだけ本物になった。席についてからきょろり、と見渡す。此処で見るときは大抵一人の、あの人はいるだろうか。
母親よりも少し上に見えるその人の横顔を見るたび、少女の胸に少しだけ、はっきりと悲しみと捉えることの出来る感情が舞い降りるのだった]
『千夏乃ちゃん。そろそろお部屋に戻ってね、朝ごはんと、お薬と、回診』
[若い看護師が顔を出した。
はあい、と答えて、マグカップを手に談話室を後にする。重たい色の空と海をちらりと一瞥して、それらを跳ね返すように、ハミングしながら。
冷たい朝の空気に、少女の細いソプラノが弾んでゆく。]
朝、303号室
[ベットに潜りこんだところ、…はそのまま眠ってしまっていたようだった。]
って…歯も磨かないでねてたのかよ。
[などと言いつつ、歯を磨いて。
そうして一段落してから、食堂へと向かうことにした。]
[帽子とマフラーはまだ傍らに置き。男はベッドの足元近くに位置している、昨日描いた絵に顔を向けた。パステルカラー。聞こえた響きに誘われた、柔らかな色彩。
その響きの主が、シルエットの元ともなった女が、もう亡き者となっているという事など、男は知る由もなく]
……
[程無くして、朝食の時間が訪れた。
慣れた病院食を、美味いとも不味いとも言わず、美味そうでも不味そうでもなく食す。食事が終わってから、男はベッドの上で暫しぼんやりと*していて*]
ごちそうさま、でした。
[一人で過ごす日は、一日中病室にいるか、談話室にいるかのどちらかだ。体調の良い日は、大抵談話室で過ごしている。
食器をまとめてから薬を飲み、布のバッグに数冊の教科書とノートを詰めて、再び談話室に向かうことにした。赤いオーバーを着て、タータンチェックのひざ掛けもバッグに詰め。
荷物が多かったので、縫いぐるみは置いていくことにした。]
ちょっと、お勉強してくるね。
[バッグは肩に掛け、食器のトレイを手に、千夏乃は再び部屋の外へ。]
[今朝のメニューはパンが2つにソーセージ、スクランブルエッグ。そして何故か……味噌汁。メニューはある程度、人によって違うはずだ。しかしこの組み合わせはよく見るものだった]
んむー
[少しずつ、よく噛んで食べる。パジャマでご飯なんて休日みたいだ、とか。最初は思ったものだった]
午後まで暇、か
[結城にはああ言ったけれど、部屋に戻ったら少し寝よう。寝癖の直った頭は度々揺らぎ、如何にも眠そうに見えるだろう]
朝・3階
まだおはようございます、ですよう。先生。
[声を掛けられて、振り返る。
昨日中庭で会った、結城医師だった。
子供らしい笑顔を浮かべて、千夏乃は答え]
誕生日にもらったんです。両親から。
わたしの、一番のともだち…あっ、弟がいるから、二番目、かな。
[千夏乃はどちらかというとおとなしい、目立たないタイプだったから、学校ではそんなに友達の多い方ではない。休み時間も一人で静かに本を読んでいるような、そんな子供だ。]
ああ、そうだったそうだった。
えーと、おはようございます。
[視線が重なったのは丁度、沢渡の病室の前だっただろう。
ちらり、沢渡千夏乃、という病室の名札を確認する。物静かそうな、けれど屈託のない笑顔につられて、こちらも頬を綻ばせた。]
そうか、弟と仲が良いんだね。
……今から、勉強? 先生も少しお邪魔しようかな。
[彼女の肩にかかるバッグを指し示し、首を傾げた。]
食堂
…今、この清き食を終わりて。
心豊かに。
力身に満つ。ご馳走様でした。
[小さい頃こういうように教わっていたので、今でも食べ終わったときはそういってしまう。
…が来た時には、今までに数回は会った、いや恐らく話したことのあるであろう同年代くらいの少女が>>53いたが、どうも考え事をしているようなので自分から話をすることはやめておいた。
…は入院しているが殆ど検査も無いので、今日も暇だ。]
…談話室とか、行くか。
[少なくとも誰か知った顔は居るのではないだろうか、なんて考える。
勿論、…の場合は勉強に使うこともしばしばあるが。そんな気分ではあまり無い。]
[しっかり数え上げた後、もう一度窓の向こうの人影に手を振った。
老婆はまた、足を少しく引きずる歩行を再開する。
建物内に入り、まっすぐエレベーターへ――けれど鈍い速度で向かった彼女を引きとめたのは看護婦の声だった。]
「あら、田中さん。
朝ごはん食べましたか? 今日はスクランブルエッグですよ。」
ああ、はァい、はい。
まだ食べてなかったですよォ
老いぼれちまうとヤですねえ、ご飯のことも忘れっちまって。
……ン、ン――……まァねえ
さっきの窓の子も、朝ごはん食べに来てるかも、知れないしねェ
[それでも視線はちらりと上に向かい、ため息を吐いた。]
そんでもォ、先に五階行っちまっても……
バレないかねぇ
はい。自習しておかないと、学校に戻った時についていけなくなっちゃうから。
[千夏乃はバッグの中から、数学の教科書を取り出して見せた。]
一人で勉強してると、やらなきゃいけないプリントもないし、好きなだけかさが増えていくお風呂が想像できるから、わたし、けっこう好きなんです。
教室に戻っても、授業中にあふれるお風呂で溺れちゃいそう。
[章末の文章題を思い出して、くすくすと笑った。お風呂、というのはy=ax+b、というあれのことだ。
文章を読んで、あるいは音楽を聴いて、そこからイメージを起こすのは好きだ。一人遊びの好きな子供らしい、ある種の特技のようなもの、なのだろう。]
あらァやだ。
あんたにまでそう言われるたァ思ってなかったよ
なんだい、ハクジョウめ。
一食抜いたぐらいでオッチヌ婆さんじゃねェってのさ。
[眉間に皺を寄せ、一人で騒がしくしながらも、
それでも彼女は食堂へ向かい始める]
三階廊下
[取り敢えずじゃあなんか取りに行くか、と思い自室に戻っている最中に、何回か自分も見てもらったことがある記憶のある…確か結城先生と、もう一人。
前に居た時は見なかった顔で、きちんと話したことは無かった少女の姿を捉えた。]
おはようございます。あと…初めまして。
[前半は結城先生に、後半は彼女に向けて。]
食堂
[足を引きずり、持ち上げては引きずり、老婆の歩みは遅い。
その場についた時には食べ終えた面々が食堂を離れていく頃合だった。
小さな眼を左右に動かし、窓の向こうで動いた色彩と、似ているものはないかと探す。
その途中知った影があれば皺を深くして微笑みかけることだろう。]
こちら、失礼しますよォ
[老婆の娘と近い年齢――のようにも、老婆には思えたが、彼女は長いこと娘にも孫にもあっていなかった。いくつほどであったかも、遠い記憶の中、笑い声のこだまする家族風景で途切れてしまっているから、彼女の中には何一つ娘の現在を想像できるものは無く。幾度か声を交わしたことのある相手の、蓮向かいに腰を下ろす。]
ああやっと着いた。
一日、一日、なんだか食堂が遠くなっていく気がしますよ
[皺に紛れてしまうように眼を細くさせて、朝の挨拶を向けた**]
おはようございます。…もしかして、中学生ですか?
よかった。近くの部屋、ちっちゃい子ばっかりで。中学生になっても小児科に通ってるのってわたしだけなのかな、って思ってた。
[通りがかった少年に、ぱっと顔をほころばせ。]
[廊下で立ち話をしていた矢先、横切る少年へと意識が映る。
小さな頃から幾度か見たことのある顔だ。軽く手を上げ挨拶を送る。]
おはよう、後藤君。
……ああ、『初めまして』なんだね。
[…と、そこで沢渡の様子を見守る。
嬉しそうな様子に気づいて双方を見つめた。]
立ち話もなんだし、談話室に行こうか。
何か飲むかい、二人とも。
あ、わたし、白湯のみます。
お茶も持ってたりするんですけど、お茶よりお水のほうが、好きです。
[バッグの中には、ちゃんとお気に入りのマグカップも入っている。
談話室ではいつも、給湯器の湯をさまして飲んでいた。紅茶は渋いし、緑茶は苦いし、まして、コーヒーなど。
ココアやジュースのような甘いもの嫌いではないのだが、そこはまあ、思春期の少女のことだ。いろいろと気になる年頃なのである。]
先生がコーヒーなら同じで。ブラックでいいんで。
違うのだったら…お茶、かなぁ。
[といいつつちょっと早歩きで自分の部屋に向かう]
[自販機で適当に見繕おうと思ったのだけれど、少女から告げられた以外な言葉に一瞬目を丸くしてしまったのは、気が抜けていたからだろう。
飲料制限を受けている可能性も有る。尤も、思春期特有の思考でジュース類を避けているとまで読み取れるほど、此方も成熟した医師ではなかったのが残念なところで]
……、なるほどね、了解。
後藤君は――、…ブラック飲めるんだ。オトナだねえ。
[珈琲にするつもりだった己。沢渡の病状は詳しくは無いが、後藤は確か飲み物に制限は無かった記憶があった。
部屋へと去っていく後藤に手を振り]
ん、待ってるよ。
[談話室に到着すると沢渡からカップを受け取り、飲み物を用意し始める]
303号室
[二人と会話してから自分の部屋に戻り、荷物を持つ。
普段から準備してあったので持つのは早いのだった]
…誰かと一緒に、って言うのは初めてだな。
[教えていることはあったけれど、此処まで年の近い人といっしょなのは初めてで。
少し、楽しみには思っていた。]
[沢渡は席に着いた頃か。其々の飲み物を用意する。己と後藤の珈琲は自販機カップのものだ。砂糖もミルクも入っていない。
それを手に、談話室の席へと戻り]
え、……ネガティブフレーバーって、なに…?
[きょとんとした眼を後藤へ向ける]
高い珈琲は、なんだろ……、酸味が強いのが多い?
……くらいしか、知らないや。
[其々の前にお望みのカップを置き終えると、あはは、と笑った。
彼らが勉強を始めるにしろ、雑談を始めるにしろ、己は頬杖の姿勢でそれを*眺めているのだろう*]
ありがとうございます。
[結城医師からカップを受け取って、椅子に掛けた。
いつもの窓辺のテーブル。相変わらずの曇り空だが、昼に近くなり日が高くなった気配はある。海の群青も、わずかばかり彩度を増しているようだ。
千夏乃は布のバッグから教科書とノートを取り出して、テーブルの上に並べ、山ほどのカラーペンと鉛筆が入った大きなペンケースをその上に乗せた。それから、タータンチェックのブランケットを膝にかける。これで準備は完璧だ。]
わたしは、カフェオレやミルクティーなら、飲めるんですけど。
でもいつも、ついミルクを入れすぎちゃう。
[コーヒーの香りは好きだが、味はまだ好きになれないらしい。
いつか、自分もブラックのコーヒーを飲めるようになる日がくるのだろうか。そんなことを思いながら、カラフルなペンで数式やメモが書き込まれた教科書のページを*めくった*。]
[お婆さんが手を振ってくれたので、満足してベッドに戻る。
まさかあのお婆さんがこちらまで来るとは思っていない。]
今日のご飯はなんだろーなー
[隔離された病室なので一人だけご飯は別物なのだ。
食堂に行きたいと思っても行けないし、
外なんてもってのほかだ。
誰かが来る時は恥ずかしいのでニットの帽子を被っている。
これなら今の悲惨な頭を隠せる。
ご飯が来たので、手を合わせて、食べる事にする。]
さてと…日課の一服でもしにいこうかね…
[一二三は愛用の煙草入れをポケットに押し込み、いつもの屋上へと向かう事にした。
本来ならラウンジの喫煙室を使うように言われているのだが、何とも監視されているようで嫌だ…との理由から一二三は利用したことがなかった。屋上でひっそりと、潮風にさらされながらの一服が何よりの御馳走だった]
(丁度屋上からは中庭が見えるしね…。あの歌声が誰のものか、耳を澄ますのも悪くはないさ)
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