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―自室―
[夢を見ていた気がする。時は容赦なく、人から大切な物を奪いさっていくから。大切な何かを、決して失わないように。瞳を閉じれば、いつでも美しい景色が浮かんで来るように。楽しかった日々の思い出が、いつでも思い出せるように。大切に思っていた人達と、もう一度出会ってもすぐにそれとわかるようにと。夢を見ていた気がする。夢の中で誰かが振り返った時、声は聞こえた。]
―おはよう 目を覚ましなさい―
[繰り返し見ていたあの夢は、目覚めと共に泡と消えて。忘れぬようにと見続けた夢は、聞いた事のない声にかき消されて。自身の名も、歳も、記憶も、全て失ったウシナイビト。失人の目覚めは、最悪な気分だった。]
―おはよう 気分はどう?―
最悪だ、バカ野郎。
[カナメと名乗るその声は、最低限の情報のみを語る。まずは失人がヒトという生き物である事から。生きる上で絶対必要な記憶を聞くだけで、失人はかなりの量の説明を受ける事になる。しかも、叩き起こされて不機嫌なところにだ。一通り説明を受けてやっと、カナメが失人の置かれた状況の説明に移ろうとした時。失人は最早聞く気すらなく、ただぼーっと虚空を眺めるのみになっていた。全ての説明を終えたカナメが、失人にそれを告げるまで。彼はただ、呆けていたと思う。]
―さぁ説明は終わり―
―起きなさい 行動しなさい―
[説明の終わりを告げられた失人は、解放された喜びに満たされていた。目覚めてから、六度ほど時計の音を聞いていた。座っているの、もうも限界だったから。]
長い説明、お疲れさん。
じゃぁ俺、もう一回寝るから。
今度は起こすなよ、バカ野郎。
[失人は、もう一度眠りに落ちる。しかし、あの夢を見る事は*二度とない*]
[幾人かが目覚め始めた部屋の扉が並ぶ通路。]
[ こつ こつ こつ 歩む靴音は数歩分。]
[ こつ こつ こつ 扉を叩く音は3回。]
部屋の主は、お出ででしょうか?
[控えめな声が尋ねる。しばし返答を待つ。]
[応える者があれば、他愛無く言葉を交わすために。
応える者がなければ、左手へ握る鍵を試すために。]
[扉に触れる。
指先へ無機質な冷たさが染入る――気がする。]
此処も、違いますか?
[さらりと手探りに辿る。鍵穴は見つからない。]
私の部屋では、ないのでしょうか?
[部屋の主が出てきたならそれは明らかなのに。]
[何時からこんなことを繰り返しているのか……
Knockerは疲労した様子もなく、次の扉へ歩む。]
[遠くで扉が開き――細い人影がビオトープの方へと
歩いて行くのを見た。半ばしか上がっていない背の
ファスナーを見遣っているうちに声はかけそびれたが]
あの方も、忘れてしまったのでしょうか?
[次の扉を叩こうと、鍵を握る手を持ち上げつつ呟く。]
…初めてだといい。
カナメが教えてくれるでしょう。
――…2度めにはもう、…
[ こつ こつ こつ 扉を叩く音は…呟きに*重なる*]
[夢は、見れなかった気がする。夢は記憶を整理する為の物であるから、記憶の無い失人には無縁であったから。]
―起きなさい―
[カナメの声が再び失人を目覚めさせ、やはり不機嫌に。]
俺、外に出てくる。腹が減ったから。
[カナメの声を背中に聞きながら、失人は歩き出した。]
―自室→室外―
[ひとつふたつ向こうの部屋から、扉を開けて出てくる人影。
二度寝から醒めた失人へ――Knockerは丁寧な辞儀を向ける。]
…おはようございます?
[視線は1度扉へ逸れ。其処はもう叩く必要のない扉。]
あちらに、先に目覚めた方がお出でのようですよ。
[ すう ]
[淀みなく上がる腕。ビオトープで屈み居る娘を指す。]
[ こつ こつ こつ 靴音は空気を震わせず
然し聴こえて。
Knockerは失人の背後を抜け次の扉へ向かう。]
思い出したことが真実かも、確かめられない。
[擦れ違いざまの呟きは彼に向けた其れでなく]
[然し *聴こえて*]
[すれ違った見知らぬ……のは当たり前だが、男に声をかけられてビオトープを眺める。膝を曲げ、何かを見つめる人の姿を認めた。あれは、オンナという生き物らしい。カナメがそう教えてくれた。失人は、ふらりそれに近寄ってみる。見知らぬ男は何処へやら去ったようである。]
何をしているんだい?
あり?
[声の降る方を見遣る。
すん、と鼻を鳴らして、人差し指の腹を見せた。
しかし蟻は既に吹き飛ばされている]
[鏡で己の姿を確認した後、また室内を見回した。くすんだ白色の壁に貼られた何枚かの紙。空を飛ぶ超人や派手な衣装を纏った青年が描かれている紙、中央に赤いバツマークが描かれた黒い紙、破れ掠れたそれらの絵を一望して]
君。
ふと思ったのだが、私の正体は正義の味方だったりはしないかね。
悪に改造をほどこされてしまった、というような……
あるいは逆に封じられた何か悪しきものでもあるか。
[それに「声」があしらうように返せば、眉を下げ]
……
冗談だ。そう冷たく否定しないでくれたまえ。
だが、私が何者かと聞いても……
君は答えてくれないのだから、色々と想像してしまうのも道理というものだろう。
哀れだとは思わないかね、君は――事情を知っているというなら、尚更!
今自分が使っている言葉が何という言語であるかすらわからない私を……
ああ、まるで迷い子のような気持ちだよ、私は。
[額に手をあて、ふらりとよろめいてみせる。はたと気が付いたように己の袖を見、そこから身に纏った服をざっと見て]
……改造というのは冗談としても……
これでは本当に実験体か何かのようだ。
[実験体のようでも、囚人のようでもある灰色の服。その箱を開けてごらんなさい、というカナメに、床の隅に置かれた木の箱を見やり]
着替えかね。
よもやびっくり箱などではないだろうね?
……いや、これも冗談だ。
全く、君は親切だが……
どうにも生真面目なようで困る。
[ぼやきつつも木の箱まで歩み、しゃがんでその蓋を持ち上げ横に置く。中には薄い色のシャツと黒っぽいズボン、地味な色のコートが畳んで重ねられ、その上に皮のロングブーツが置かれていた。どれも共通して大きく]
ふむ。丁度良さそうだ。
[それらに着替えると鏡を覗き、前髪を指で軽く梳いて。膝下まであるコートを前はしめないまま、マントのように翻して部屋の外へ出た]
とりあえず、ありはわかった。
ありってなんだ?
[あり、とだけ語るそれに呟くが。視線は小さな黒い生き物へ注がれる。視線でそれを追うが、何をするでもなく。]
……おお。
[まず見えたのは白く、広い景色。向こうには木々らしきものがあり]
あそこまで、何kmあるだろうか?
[こつりこつりと足音を鳴らし、緩慢な歩調でそちらに向けて歩き始め]
[何度目かに巡る、幾つめかの扉。鍵穴は見つからない。
左手に鍵を握りこむ。温かいか冷たいかはわからない。
やがて、ドームに沿い弧を描く通路の向こう、軽い足音。
蒼みを帯びた髪を揺らす少女の姿を見とめ、丁寧な会釈。]
…おはようございます?
[目元だけで笑みかける。初対面の少女へと、口数少なに
自らの名を告げて…彼女の名と、部屋の位置とを尋ねる。]
不躾に、扉を叩いてしまいたくはないので。
[そして、ルリの肩へかけられたブランケットを
暖かに掛け直そうと両手を伸ばしかけるが…留めて]
……。
どうか、お風邪など召さぬよう。
[今度の笑みは、どこか諦観の滲むいろを*口元に*。]
>>30
なんだ?
[聞こえる言葉を繰り返し、首を傾げる。
ぬいぐるみを地面に置いて、樹へ昇ろうと裸足を幹に付けた]
[が、一番下の枝にさえ手は届かない]
[やがて木々らしきものがはっきり見えてくる。ビオトープと思しき場所。一度足を止めてから、ぐるりと回るように歩き]
……おや?
おや。君達も……此処の人かね?
ん、いや。此処の人、という言い方は少々妙だな。
ひとまず一人きりでなかったというのは僥倖だ。
[前方の二つの人影に、声をかけた。最後などは独り言のような調子だったが]
[差し出された手を見て、どうすればいいかわからないから。とりあえず、自分も手を伸ばしてみる。]
俺の名前か。そうだな。
獏って呼んでくれたらいい。
夢を食う生き物の名前なんだそうだ。
俺は夢を喰われた方だけれど。
獏、か。
夢を喰う方ではなく喰われた方である。
何だか詩的な言葉ではないかね。
[伸ばされた手を握り、軽く何度か上下に振る。それからふと、木の頂点よりも遥かに高い天井を仰ぎ]
本当に此処はドームのようだが、……
そういえば、君達の他にも人はいるのかね?
[思い立ったよう、二人に*聞いてみて*]
[大きすぎたブランケットを引きずる有様。
二歩三歩と、いくつ進んだろうか。ふいに響いたは――叩かれる音。
反応して回転しルリの視線が男を捉えた]
おはようです。
こんにちは。
こんばんは。
ごきげんよう。お元気ですか。
はい、おかしいですか、カナメ?
[最後のは声に。
向きを変える
小さな身体のバランスは危なっかしい。
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