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…かみさま。神様?
…神様は、あなたを救ってくれる?
[私を救う神様は居なかった。
信仰は太陽にしか
向けたことは無いのだけれど。
煙草の煙を追って空へと向けた目を細め、
再び見つめるのは彼女の顔。]
かみさまがいなかったら、わたしは今、ここにはいられなかったから。
[「神様は、あなたを救ってくれる?」
そう訊ねられて、わたしは頷きました
かみさまが、みつけてくれたから
かみさまに、ロッカと呼んでもらえたから
だから、わたしは今ここにいられるのです]
…素敵だね。
私の前にも現れれば良いのに。
神様とか、天使とか。
[非現実的な存在感の彼女が言う神様が
何者なのかを私が知る由もなく。
ただ、何かを信じる心は羨ましい。
少しだけ微笑んで、
マフラーに顎先まで埋めてしまう。]
‥‥でも、かみさまは、いっちゃったんです
わたしを置いて。
[わたしはもういちどたばこを咥えて、すうと大きく息を吸いました
重たいけむりがいっぱい溜まって、かみさまがいないさみしさをほんとうに埋めてくれたらいいのに、と思いました
それからふうと吐き出した煙、真っ白です
わたしはその煙がのぼっていく空を見あげました
かみさま、かみさま、
わたしのことが見えていますか。]
…いつもキミの中に居るから
神様と呼ぶのではないの?
離れていても傍に居るというやつ。
でも、寂しいね。
置いて行かれるのは。
[煙草の煙は何を満たすのだろう。
喫煙は緩やかな自殺だと誰の言葉だっけ。
彼女は何を見上げているのだろう。
儚げな彼女の傍へ。
もう少しだけ近付いて。
私は、巻いていたマフラーを外して、
煙草の火を避けて
彼女に巻きつけようとする。
少し、屈んでくれないかな?]
…あげる。
「…いつもキミの中に居るから
神様と呼ぶのではないの?
離れていても傍に居るというやつ。」
‥‥。
[女の人の言葉に、わたしはうつむいて、たばこを灰皿に落とし、ポケットに手をやりました
そこには、煙草の箱と、ジッポと、
それから、石が入っています
かみさまの、お墓の石です
お守りみたいに持っていたものです
これがあると、かみさまが傍にいてくれるような気も、時々はするのです
けれど、きっと、そんなわたしをかみさまは笑うでしょう
そんなただの石ッコロを後生大事にしてどうすんだ、と。]
[きぃ、と、車輪が音をたてました
顔をあげると、女の人はこちらに近づいてきていました
巻いていたマフラーが、今は外されています
わたしは、不思議に思って、彼女の目線の高さまでかがみました]
「…あげる。」
[そう言って、彼女は、わたしの首にマフラーを巻いてくれたのでした
それはほんわりとあたたかくて、なんだかあったかい気持ちになりました]
‥‥ありがとう、ございます
[でも、どうしてこれをくれたのでしょう?
お礼を言いながら、わたしは首をかしげました]
[珊瑚朱色のマフラーは、
彼女によく似合っていると思う。]
…私は神様にはなれないけど、
寒そうな首筋にマフラーは巻けるの。
どう、すごいでしょう。
[手紙だって書けるし、
お手玉だって上手に投げられるの。
少し前向きな気持ちになれたから、
首を傾ぐ彼女の顔を見上げて。
もう一度、微笑んで。
車椅子を動かして、屋内に引き返そうと。]
…手紙を書くの。宿題も待たなくちゃ。
だから、行くね。
また会おうね。キミ。
「…私は神様にはなれないけど、
寒そうな首筋にマフラーは巻けるの。
どう、すごいでしょう。」
[彼女の言葉に、わたしは少しだけ、きょとんとしました
おどろいたのです
それから、嬉しくなって、ふにゃ、と笑いました]
‥‥ロッカ。
ロッカです、わたし。
むっつの花で、ロッカ。
[屋内に戻るのでしょう、女の人に、わたしは名乗りました
きれいな色のマフラー、ほんのり暖かいそれをきゅうと小さく握ります
この人のことも、わたしはかかえていきたいと思いました]
…ロッカ。
私、アネモネが好きよ。
キミの中の6つの花に、
アネモネはあるかな。
私はクルミ。
[名前を交換して、私は屋内へ。
寒さは気にならない。
海を見られたし、ロッカにも会えた。
楽しく温かい気持ちになれた。
病室へ戻ろうとエレベーターを待つ。
なかなか来ないエレベーターを。]
クルミ
クルミ、さん
[わすれないように、彼女の名前を呟きます
顔も、しっかり見ました
大丈夫です、たぶん]
こんど、会うときには、
アネモネ、用意します、ね
[アネモネがどんな花なのか、わたしにはわかりません
でもきっと、ひろくんは知っているでしょう
ひろくんは物知りですから
次に来てくれたときに、お願いしてみようと思いました]
[階段を駆け下りられたら良いのに。
車椅子の車輪を撫でて、吐息を零す。
エレベーターはまだ来ない。
持て余した暇にまかせて、
階段に少し、近付いてみる。
からから。乾いた音で車輪が回る。
よく磨かれた踊り場を進む。
エレベーターはまだ来ない。
少し、振り向いて表示パネルを確かめた。
車輪が何かを踏んだ。
それは、誰かが落としたハンカチだった。]
[車輪が、滑って。
車椅子がぐらりと傾く。
踊り場が途切れた先の階段に向かい。
私の身体も、一緒に。
瞬く間も無く。]
…、
[声を上げる間もなく。
私は、階下へと投げ出された。*]
[車輪が空回る音を聞きながら
私は天井を見上げている。
壊れた車椅子の部品と
私の身体から流れ出す生温い血が、
清潔に保たれていた廊下を汚す。
派手な音を聞きつけた看護師が
慌てて誰かを呼んでいるようだけれど、
私の意識は春先の雪のようなもので。
溶けて、流れて、失われつつある。]
…部屋 とどいて、る かも
おてだま と、
わ たし、の、嬉しい もの…
[絶え絶えの声は、誰かの耳に届いたかな。]
…あの ね、
…ユウキ 先生 。 、 呼んで、て
…、
[看護師が傍に居るのかどうか、
確かめないまま、呟いて。
私は目を閉じる。
そしてそのまま、深い所へ、
沈んでいく。*]
/*
こういう村で、
叶わない約束というもののために
約束など交わしていくというのは
やっぱりとても楽しいのであります。
一生懸命考えてくれたユウキ先生には
とても感謝しているのであります。
/*
ダイイングメッセージ何かいたか覚えてない怖くてよみかえせないというかねむくて
ほんともうしわけない
外からみてるかけんぶつにすればよかったーーーーー
すてきなかたばっかりでさ・・うれしい うれしい
おやすみなさい
[それからわたしは、もう一本、ハイライトを取り出しました
もらったマフラーを汚さないように気をつけながら、そうっと吸います
綺麗な淡い朱色のマフラー、触るとふわふわしていてとても気持ちがいいのです
きっと、クルミさんが優しい人だから、このマフラーも優しい手触りなのでしょう]
‥‥くしゅっ
[どれほどそうしていたのでしょうか
くしゃみが出る頃には、手に持ったたばこはすっかり灰になっていました
わたしは部屋に戻ろうと思いました
なんだか人が慌ただしく動いていて、誰かが落ちたとか、何だとか、言っていましたが、
わたしには、何の事だかわかりませんでした]
[どこかで、大きな音がした気がした。
病院内で珍しい、そう思った気がする。
若者はロビーを覗いた後、自分の机の前に戻ろうと歩いている最中だった。
突然慌ただしくなるのは、いつもの事で。
急患かな、程度に思っていた。
ナースが早足でやってきて、若者に声をかけた。
曰く、患者が階段から落ちたのだと言う。]
患者はどこです?
[早足、半分走りながら状況を聞く。
車椅子の患者が、踊り場から落下。
出血、意識無し。]
輸血と、オペの準備はできてますね
[大丈夫、ここは病院だ。
処置さえ早ければ、大抵の事では大丈夫。
出血死なんてさせない。
打ちどころさえ悪くなければ。
車椅子で、大事な部分が巻き込まれていなければ。]
ご家族に連絡も
[切ったり縫ったりは、専門家だ。
それが仕事なのだから。
そう言い聞かせながら、血だまりの側に立つ。
そこに転がっていたのが、探し人の姿であった時。
少しだけ、動転したけれど。]
え…―――
[一瞬だけ、固まった。
頭の中で、いろんな単語が回る。
誰が、何故、何が、どうして、いつ、どうすれば。
いろんな言葉が巡った後、たどり着くのは結局。
助けなければ、と言う言葉であったけれど。]
止血、急いで
移動させますよ
[いつもと変わらないつもりでも。
少し声に怒気が混じるのは、焦りからか。
それとも、サンドイッチなんて食べずに部屋を訪ねていればなんていう、的外れな罪悪感からなのか。]
クルミさん、クルミさん、目をあけて
なんでもいい、意識を
[それとも、やはり。
患者に少し、情が移ってしまったからなのか。
冷静とは言い難い事は、自分でも理解できた。]
―休憩室―
[少女は本を読むのが好きだ。
特に星の本はいい。
暗い世界に輝くいくつもの点は、とてもキラキラして見えた。
だから今日もベッドで星の本を見ていたのだけれど、病室の外が何故か騒がしくて、そちらが気になって集中できなかった。
本を読む気にはなれず廊下に出ると、医師や看護師、患者まで何か慌しく焦ってる様子だった。
彼らの様子から何かがあったことは察せられても、何が起こったのか確認するのは怖くて。
人を避けるように歩いていると、休憩室まで歩いてきてしまった。
ここには漫画の本がいくつか置いてあって、内容は正直よくわからないけど暇つぶしには丁度いい。
今日は先客が居るようで、そうした時はいつもぺこりと頭を下げて挨拶をするのが自分なりの決まりだった。
だから頭を下げて、先客の前を通り過ぎて本棚の前へと行こうとした所でふと足が止まる]
…ねむってるの?
[首をかしげて、しげしげと様子を見つめる。
少女の両親よりは年上だろう。
祖父母と同じくらいだろうか、よく分からない。
起こしてあげた方がいいのだろうか、あるいは音を立ててはいけないのだろうか。
判断がつかず、おろおろと休憩室を首を振って見渡す]
[部屋で日記を書いていると、扉があきました
傷のにいさまと、さわださんが来てくれたのでした
傷のにいさまは、わたしの首にあるマフラーを見て訊ねます
そいつはどうしたんだ、って
わたしは答えます
クルミさんがくれました、って
そうして、こう続けます
にいさまは、アネモネってお花、ご存知ですか、って]
[傷のにいさまは、知っているような、知らないような、煮えきらない様子でした
きっと、お花のことは詳しくないのでしょう
さわださんが笑いながら、アネモネがどうしたのかと訊いてきます
わたしは答えました
クルミさんが好きだと言っていました、
マフラーのお礼をしたいんです。]
[傷のにいさまはわかったと言って、明日までに必ず用意してくれると約束してくれました
わたしは傷のにいさまにお礼を言って、ぎゅっと抱きしめました
傷のにいさまは大きくて、温かくて、わたしはすきです
かみさまと、ひろくんの、次に好きです
さわださんが、小さく笑いました
わたしも、つられてふふっと笑いました**]
/*
いちにち、ひとり
ひとりずつです、お喋りできるのは
わたしと時間が合わないから、仕方ありません
わたしがわたしの世界に引きこもっているのも、その一因でしょうけれど
最期の意識
[誰かが、私の名前を呼ぶ、声。
沈んだ闇の縁から。
とても遠くから。
暗闇は深く重く
混濁した意識の浮上を阻む。]
………、 、 。
[それでも応えるように、
瞼が微かに震え、
唇の隙間から、声にならない言葉が、
細く微かに零れた。]
[彼女の表情に、反応が見られた。
大丈夫、まだ大丈夫。
唇が、微かに動いている。
何かを言っているのかもしれないけれど、聞こえない。
だが、まだ生きている。]
クルミさん
聞いているかい
君を喜ばせる事、探してきた
喜んでくれるかは、わからないけれど
外の写真、持ってきた
[彼女の意識を、保たなければならない。
意識を失うと、体温が下がる。]
外の写真って言ってもさ
ただの、風景写真なんだ
桜並木、夏の砂浜、秋の紅葉、冬の雪景色
私が君を治すから
そしたら、その目で見に行こう
君の先も、君の足も、ちゃんと治す
だから頑張れ、階段程度に負けちゃいけない
[足は、正直絶望的だけれど。
それでも、口から出たのはそんなでまかせ。
できない事を、できないと言うだけなら。
きっと、誰にでもできるから。]
君にはちゃんと、未来が待っている
それが今は見えなくても、明日はやってくる
証明してみせるから、気を強くもって
休憩室
[うつら、うつら。
暖かな室内で優しい夢の中をたゆたう。
部屋の外で起こっていた悲しい出来事に気づけずに
最後に、思い出したのは若い先生の笑顔だった。
『十分、価値のある人生ですよ』
そうだ。
俺ちがここに在ることを
誰かが そう言ってくれるだけで――]
――…ん、むう…、
おお、おお。…ねてた、よ
おはよう、お嬢ちゃん
[腰掛けたまま眠っていたらしい。
人の気配に気づいて目を開ければ
正面には、小さな女の子の姿があった。
困惑気味の面持ちへ、にこりと眉尻を落とす]
起こしてくれたのかい。ありがとうな
[触覚は既に失われている。
体中が、役立たずな両足の仲間になって、
何の感覚も得ずに屍のように横たわる。
瞼を伏せているせいというより、
視覚そのものも、失せていて。
血の匂いを感じ取る嗅覚も死に。
それでも鼓膜が震えれば
言葉は脳の奥に染み入る。
桜並木、砂浜、紅葉、雪景色、未来。
見たいな…と、思った。]
きゃ。
[声をかける前に目を覚ました事に驚いてしまい。
おそるおそると見つめた後、安心したように笑顔を浮かべた]
えっと、おはようございます、なの。
おじい…おじちゃん、ここでねるとかぜひいちゃうかもなのよ?
るりね、まえにねむっちゃったとき、すごくおこられたの。
かぜひいて、しゅじゅつがえんきすると、いけないのよって。
[空想の世界が私を手招く。
四季折々の美しい光景の中を、
健全に機能する両足で歩く空想。
けれど、私はそこへ飛び込むのを拒む。
車椅子での不自由なままでも、
明日は来ると、未来があると、
語りかけてくれる声が在るから。]
…、 ぁ 、
り が、 と ぅ 。 、
[最期に、未来を見せてくれて。]
[寝惚け眼を、ごしごし擦る。
寒い自室よりも暖かくて熟睡出来てしまい。
おずおずと此方を見遣る少女へと、
少し背筋を丸めて視線を合わせ]
そうか、そうか
こんなところで寝たらだめだなァ
おじいちゃん、ここがあったかいから
つい、寝ちまったよ
[気を使ってくれたのか、わざわざ「おじちゃん」と言い直してくれたので、「おじいちゃん」で良いのだと強調を。
孫達の中にもきっと、彼女と同じくらいの子がいるはずだから]
おお、るりちゃんはしゅづつをするのかい
えらいなあ
[体温が下がっていく。
止血しても追いつかない出血。
このままだと、ショック症状が起こる。
短時間の出血、大動脈からの出血だろう。
圧迫止血では間に合わないけれど。
凍結止血するにも、電気凝固させるにも、まだ手術室は遠い。]
どこへだって、連れて行くよ
平家蛍を見た事はある?
夏の低くて大きな空と
地上に舞う蛍の光が合わさって
まるで、天の川が二つあるようなんだ
一面の花畑、なんて見たことあるかい?
カラフルな絨毯のようで、綺麗なものだよ
春になったら、見に行こう
― 昨日 休憩室 ―
[どこかで聞いた、懐かしい歌がテレビから流れている。
あの歌は誰の歌だろう。テレビ画面をじっと見ようとすると、子供たちがその前を楽しそうに駆けていった。
ふふ、と笑うと、そのままぼんやりと歌を背景に、子供たちを眺め続ける。
と、隣の男性が、感慨深げにこちらに話しかけてきた。]
ええ、孫はわたしにもおりますよう
何人かいたけれども、みんなそれぞれ大きくなりましたねぇ
昔はよくみんな家に遊びに来たものだけど
でも、孫はそういうものでしょうねぇ
みんな立派になって、嬉しいですよ
[ちなみに同居していた長男の子供も、大学生となり、朝はご飯も食べずに部屋から直接出かけていき、夜は自分が起きているうちは帰ってこなかった。
ここに入った時、一度だけ家族で見舞いにきた。
他の孫も含め、もう、孫の顔を本当に見ていない]
子供は、いいねぇ…
私もそう思いますよ
[子供たちを通り越すように、ぼんやりと遠くを見て少し微笑んだ。
孫が14歳、という話には]
あらあらまあまあ
じゃあまだまだ小さいねぇ
可愛がってやりなさいな
可愛がってやれるのも今だけですよう
[今度は男性の顔に視線を向けて、微笑んだ。
しばらくすると、彼はこちらに軽く頭を下げると、立ち上がって去っていく。
こちらも彼に頭を下げた]
[手術室へと辿り着く前に。
私の身体からは
生命が抜け落ちてしまう。
手紙のお返事や、お手玉の約束、
写真もこの目で見たかった。
叶わなかった事は幾つかあるけれど。
そういった生への未練が在ることが、
この上なく嬉しかった。
未来は、あったのね。近くに。
私にも。
それを教えてくれた、
とても素敵で嬉しい言葉を贈ってくれた
先生への感謝の言葉が最期の言葉。
脱力して緩んだ口元は
ほんの微かに笑った時と同じ形に成り。]
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