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朝
――おはようございます。
[何時もと変わらぬ病院の早朝。
24時間勤務の交代時間に、野木は顔を見せた。
昨日の見舞い客リストの中で
ふと、目を留めた名前があった。それは、
[会社員 テンマ]――の名、だった。]
朝
[肌を刺すような冴ではあるけれど
白い綿毛のように天から零れる粉雪の光景は
何処か温かく、厳かにも感じられる。]
綺麗だなァ……
[寒さが苦手な南国生まれの男だったが
今朝の雪は不思議と、喜ばしいものに感じられ。
そうして日課の、母の見舞いへ向かった。]
501号室
[今朝の母は半身を起こし、頬の血色も良く
蔵作を、きちんと認識出来ているようだった。]
良かったなァ、母ちゃん。
そろそろ迎えが来てるのかと思ったよ……
[嬉しいのに、照れくさくて、
些か無礼な言い回しで笑った。
そんな気持ちを汲んでいるのか
母もんだ、んだ、と微笑んでいた]
昨日、若い先生拝んだお陰かねェ……
[そこへ、担当医師がやってきた。
母の調子は良さそうなのに、医師の表情は険しい。
廊下にて問い質すと、意外な言葉が返ってきた。]
『今年一杯… といったところです』
『トメさんの身体は限界まで蝕まれています』
[食事も出来ず、点滴だけで生を繋いでいるらしい。
詳しい話を聞かされていなかった男は
ガツンと頭を殴られた心地になった。]
[母の面倒は長年、兄が看ていた。
故に、兄を避ける男は母が入院するまで、
殆ど顔を見せていなかったのだけど。
何時でも無条件に笑顔を向けてくれる、
苦しかった子ども時代に、自分たちを
女手ひとつで養ってくれた母を
心から、大切に思っていた。]
[そんな心の拠りどころが、消えていく]
[焦点の定まらぬ瞳で、ふらふらと廊下を歩み
休憩室のソファへ、腰を下ろした]
休憩室
[休憩室では、見舞い客であろう若い母親と
数人の子ども達が
仲良くテレビを見ているところだった。
蔵作にも、孫がいる。
けれど逢ったことも、写真を見たこともなかった。]
一番上の子ァ、確か――…
[ひいふうみい。
見たことのない孫の歳を数えた。
14歳になるであろう、女の子。
恐らくは他にも幾人かいるはずだった。]
[子ども番組が終わったのだろう。
大人しく鑑賞していた子達が
鬼ごっこを始めると、母親が嗜めるようにそれを追う。
懐かしい光景だった。
娘達にも、あんな頃があった。
孫達もきっと、ああして元気に成長しているのだろう。
少しばかり、気力が*湧いた*]
[あの後。老婆といくらか話をしただろうか。
それとも、特に話もせずに別れたろうか。
どちらにせよ、珈琲を飲み終えた私は、ルリという少女のカルテを確認してその日の勤務を終えた。
いつもの事ながら、食事はコンビニ弁当とお茶だ。
一人暮らしの雇われ医師、貧しいわけではない。
けれど、自炊する気力はないし、毎回外食も飽きてしまう。
結局、学生時代から慣れ親しんだコンビニ食に落ち着いてしまったのだった。
吐く息が白い。
指先が痛い。
冬はだんだんと、足音を大きくしていった。]
[次の日の朝、目覚ましより早く携帯電話の着信音が若者を叩き起こした。
寝ぼけ眼で電話に出ると、入院患者一人の容体が急変したという。
外科医である自分に仕事が回ってくるとも思えないが、それでも呼びだされるのが若手の辛い所だ。
それでも、外科医が一人もいないという状況は好ましくはなく。
服を着替えて、カーテンを開いた。]
良い天気、なのかな?
[晴れているとも、曇っているともいえる微妙な天気。
コートを羽織って、鞄を持って。
少し速足で、病院に向かった。]
[病院が見えてきた頃、妙に冷えてきたと思ったら、髪に何かが触れる感触があった。
なんだろう、鳥のふんでも落とされたか。
そう思って見上げると、小さな白い天使が無数に空から舞い降りて。
人の肩に降り立った後、姿を隠す。
そんな、少し早い風景を見る事が出来た。]
寒いと思ったら、雪か
[ふるり、体が震えた。
だが、今は幻想的な風景に浸る時間は無く。
速足で辿り着いた病院で、患者は既に亡くなった事をナースに告げられた。]
そうかい、残念だ
ああ、いや、朝早くとかは良いんだ
文字通り、人の人生がかかってる事だからね
僕の分も、ご遺族にお悔やみを宜しく
[昨日は、ふたりを困らせてしまいました
泣き続けたわたしを、ひろくんはずっと慰めてくれました
それでも泣き止まないわたしを心配して、今日は泊まるよと言ってくれました]
[ひろくんは、かみさまとは違うけれど、暖かくて大きな手で撫でてくれました
大丈夫だから、と抱きしめてくれました
そのひとつひとつが優しくて、わたしはちょっぴり安心しました]
[どうしてここまで優しくしてくれるのでしょう
コイビトでもないはずなのに
わたしは訊ねます
するとひろくんは、ひどく傷ついたような、悲しい顔をしました
けれどすぐに笑って、わたしをぎゅうと抱きしめました
つよく、つよく
そうして、耳もとでそっとささやきました
六花のことが大事だからだよ、と
笑っていたはずのひろくんが、泣いているようにみえたので、わたしはひろくんの頭を撫でてあげました]
[朝おきたら、ひろくんはいなくなっていました
小さな机のうえに、書き置きがありました
いわく、おひるすぎにまた来てくれるそうです
わたしはがらんとした部屋のなかを見渡しました
一人だけです
ひとりでいるには広すぎるくらいの部屋は、おどろくほど何もありません
ベッドと、机と、それから、ひとつだけ
わたしがお願いして持ってきてもらったもの
かみさまがさいごに座っていた椅子と、それから、]
[煙草を吸いに行こうと思いました
けれど、ハイライトの箱の中はからっぽでした
買いに行かなくちゃ
わたしは部屋を出ます
お財布を持って
廊下に、たばこの自動販売機もあったことをおぼえています]
[結果、少し早くなってしまった出勤時間。
時間をもてあましてしまった。
どうしようかと院内を歩き出し、偶然通りかかった休憩室で昨日の男性を見かけた。
若者に手を合わせていた男性は、はしゃぐ子供達を見ながら微笑んでいる様子で。
良い事でもあったのかと、勝手に胸をなでおろした。
全員が自分の担当する患者ではない。
けれど、医師である以上は全ての患者に責任があるのだ。
真実や現実は知らずとも、表情一つで嬉しくなる事も出来る。
若者は、そういう時間が少し好きだった。]
そうだ、せっかく時間があるのだから
いろんな患者さんの顔でも見に行こうか
[本来は、患者に情が湧くような事はしない。
でないと、救えなかった時に苦しいから。
若者は、医師になってからずっとそうしてきたはずなのだけれど。
今日は、不思議とそんな感覚を覚えたのだった。]
[そうして若者は、廊下を歩く。
院内では背筋を伸ばして、堂々と。
普段は猫背で、こんな寒い日は丸まって過ごす若者であるけれど。
病院では、それではいけないと過去から学んだ。
自動販売機の前に辿り着き、今日も微糖を一つ買う。
昨日より、随分熱い気がした。]
っち
[熱くて、取り出した缶を取り落とし。
ころころと、缶は転がって。
通りがかったのだろうか、自販機に何か買いに来たのだろうか。
そんな患者さんの、足元へ転がっていった。]
―自動販売機前―
[かみさまが好きだったハイライト
ときどきマルボロも買っていたけれど、ハイライトを吸っていることの方が多かったと思います
ハイライト、ハイライト
自動販売機の前で、わたしはあの青い箱を探します
みつけた、ハイライト、410円。]
[けれども、困りました
410円、それはいいのです
財布のなかには、小銭がたくさん入っています
だけれど、わたしにはわからないのです
410円を支払うには、何円玉がいくつ必要なのでしょう?
わかりません、わかりません
わたしはすっかり立ち往生してしまいました]
‥‥?
[そんなときです、足になにかがこつんとあたりました
ひろいあげてみます
コーヒーの缶のようです
手の先からじんわりと暖かさが伝わってきました]
‥‥あなたの、ですか?
[きょろきょろ、まわりを見ます
そこにはひとりの、白いふくの人がいます
その人のものでしょうか
わたしは缶を差し出しました]
[転がっていった缶を、拾い上げてくれたようで。
あはは、と繕う笑い声をあげて手を差し出す。]
ありがとう、それは私のだ
手から缶が逃げてしまってね
捕まえるのに苦労していた所なんだよ
[彼女がそれを渡すのなら、受け取るだろう。
彼女が立っていたのは、煙草の自販機の前。
煙草を買いに来たのだろうか。
せっかくだし、話を振ってみよう。]
煙草かい?
「ありがとう、それは私のだ
手から缶が逃げてしまってね
捕まえるのに苦労していた所なんだよ」
[あははと笑う人、お医者さまでしょうか
わたしもにこりと笑って、缶を手渡しました]
逃がさないように、しっかり持っていてあげてくださいね
[「煙草かい?」その問いかけに、わたしはこくりと頷きます]
ハイライトと‥‥、ハイライトと、マルボロが、ほしいんです
[いつもなら、お札で払ってしまうのだけれど、今日はお札がありませんでした
小銭がいっぱい入った財布が、じゃらりと音を立てました]
どうも捕まえるのは苦手なんだ、ありがとう
[受け取った珈琲。
少し冷めるまで、それを握っていよう。
彼女は、ハイライトとマルボロが欲しいという。
彼女に並んで、煙草の自販機の前に立った。]
マルボロは、紅い方? 白い方?
[いくつか種類のあるその銘柄。
指をさして、聞いてみる。
彼女の財布から、小銭の音がする。
お金が無いわけではないようだ。]
で、何か困りごとかい?
こいつのお礼に、お手伝いするよ
赤いの、です
[わたしは自動販売機を指差して、答えます
ハイライト、410円
マルボロ、440円
足していくらになるのかしら
今のわたしは、それもわかりません
かみさまも、こんな感じだったのかしら]
その、すみません
ここからお金、とってください
[財布を差し出しながら頭を下げて、そうお願いしました
じぶんひとりで買い物もできないなんて、情けないなぁ
そう思いながら。]
お金を?
[病室がわかれば、病気の種類がわかる。
けれど、若者は彼女の病室を知らない。
だから、彼女の病状は理解出来ていなかった。]
ああ、構わないよ
[彼女が財布を差し出すのなら、そこから小銭を取り出して。
掌に載せて、彼女に見せる。]
100円が4つと、10円が1つ
100円が4つと、10円が4つ
[そのままそれを自販機に投入し、二つの銘柄のボタンを押した。
缶よりも乾いた音がして、ぼとん、ぼとん、と二つの箱が排出される。]
君は、何号室の患者さん?
[100とかかれた銀色のお金が、4つと、4つ。
10とかかれた銅色のお金が、1つと4つ。
財布の中から取り出されました]
ありがとう、ございます
[ボタンが押されるとぽとん、ぽとんと控えめな音が鳴りました
わたしはお礼を言って頭をさげて、それからふたつの箱を取り出します]
926号室です
[かみさまと同じ、アルツハイマーとかいう病気のせいで数をかぞえられなくなったけれど、部屋の番号は覚えています
わたしはにこりと微笑んで、答えました]
[彼女が屈んで、自販機から煙草を取り出す。
違う銘柄を二つ、という事は誰かに頼まれたのだろうか?
そんな事を思ったけれど。
病室を聞くと、首を傾げた。
確か、926号は脳外科。
認知症の病室ではなかったろうか。
認知症の患者に、お使い?]
そうかい
私は外科医のユウキと言うんだ
今度、お見舞いさせて貰うね
[病室を聞いた手前、聞いた理由を作らなくてはならなくて。
一度、本当に見舞いにいこうと思った。]
困る事も多いでしょう
ユウキ、さん
[この人は、やっぱりお医者さまのようです
わたしは名前をわすれないように呟きました]
わたし、ロッカです
むっつの、花で、ロッカ
[ほんとうは、ちがいます
ほんとうは、リクカと読むそうなのです
でも、かみさまはロッカと呼んでくれました
それに、「リクカ」はたぶん、あのときに死んだのだと思うのです
だから、わたしはロッカなのです]
「困る事も多いでしょう」
[その言葉に、わたしは笑います]
でも、助けてくれます
ユウキさんも、ひろくんも、ぜろくんも、みんな
優しい人がたくさんいるから
[優しい人が助けてくれるから、わたしはまだ、生きていられるのです
けれど、そんな優しい人たちの事を、わたしはわすれたくないと思います
その人たちを忘れてまで、生きていたくはないのです]
ロッカさん
六つの花で、六花さん
[うん、と頷いてみせた。
最近頭がぼぅっとするから、しっかり覚えておかないといけない。
若者も、彼女と同じように呟いた。]
ひろくんに、ぜろくんですか
優しい人が周りに多くて、羨ましい
ほら、窓の外をご覧なさい
今日は貴女の名、六つの花が咲いています
冷たい世界を、優しい光で包みこむ
そんな花が、咲いていますよ
[掌で、窓の外をさして見せる。
今日は、雪が降っているから。]
「ほら、窓の外をご覧なさい
今日は貴方の名、六つの花が咲いています
冷たい世界を、優しい光で包みこむ
そんな花が、咲いていますよ」
[ユウキさんが手の平でさした方向を、わたしは見ます
窓の外から、ちらちらと白いものが落ちているのが見えました]
‥‥雪、
[わたしは、昔、雪が嫌いでした
でも、今はだいすきです
かみさまのことを、思いださせてくれるからです
顔がほころぶのを感じました]
六つの花とは、雪の結晶の事
なんとも、美しい花だね
[儚さも象徴する雪であるけれど。
それは、言わない事にしよう。]
少し、触れてみるかい?
冷たいけれど、何故か嬉しい気持ちになれる
何故だろうね、見ているだけ、触れているだけ
それでも、雪は心を染め変えてくれる
まるで、誰かの願いが乗ったかのように
「六つの花とは、雪の結晶の事
なんとも、美しい花だね」
[ユウキさんの言葉に、わたしは頷きました
雪は綺麗です
綺麗なかみさまの髪の毛と、おんなじ色をしている雪
「触れてみるかい」と訊ねられて、わたしはまた頷きました
わたしは好きになったけれど、かみさまは雪はあんまり好きそうじゃなかったなぁ。]
[彼女が頷くのを確認して、少し外に出てみる事にした。
外と行っても、中庭のようなスペースで。
リハビリをする方達が、散歩コースにするような場所であるけれど。
病院の外に連れ出すわけにも、いかないし。]
じゃ、こっちだ
[彼女を促しつつ、中庭の方へ歩いて行く。
少し歩けば、そこに辿り着くだろう。
流石に、寒いかもしれない。
彼女が寒がるようであれば、白衣でも貸そう。
無いよりは、きっとマシだろうから。]
896号室の朝
[海に雪が落ちる様子が見たくて。
髪に櫛を通す間は、目を閉じて、
頭の内に冬の海岸を思い描いた。]
…手紙は来るかな?
お手玉は出来るかな?
[看護師に検温してもらいながら、
少し細めた目で足の先を見つめる。
昨日塗ったばかりのペディキュアは
今日もそのままに鮮やかな林檎色。
この部屋での生活が始まってから
化粧をする習慣は無くなっていたけど、
たまの気分転換に色を得るのは好き。]
[お医者さまと一緒に、小さな中庭へ出ます
降りてきた白が、わたしの頬に触れて溶けていきました
手を受けざらにするように差し出せば、そこにも白が降りてきます
まるで、空からのプレゼントのようだと思いました
吐く息も白くて、たばこを吸っていないのにたばこを吸っているみたいです
ちょっぴり寒かったけれど、わたしは雪を手に受けることに夢中で、そんな事はどうでもいいのでした]
[雪を手に受けている彼女は、何やらそれに夢中のようで。
若者は、とても楽しそうだと思った。
白い息が、ゆっくりと拡散して行く。
白い粉が、ゆっくりと降り注ぐ。
触れれば溶けて、触れれば消える。
繰り返していく内に、積み重なって。
気がつけば、世界を白に変えて行く。
何もかも、ゆっくりと、真っ白に。
認知症も同じだと思ってしまえば、少し悲しくはなったけれど。
それは、考えないようにと首を振った。]
寒くないかい、大丈夫?
[温かい珈琲を握り、そう問う。]
「寒くないかい、大丈夫?」
[ユウキさんの言葉に、わたしは首を振ります
寒くない訳ではないけれど、そんなのはどうでもいいのです
だから、それは寒くないのと同じだと思いました
それに、]
わたし、嫌いじゃありません。
寒いの。
[かみさまが、抱きしめてくれた事を思いだせるから。]
[日記帳を開いて、私は綴る。
一昨日の海辺の散歩の次の頁には、
友達と買い物に出掛けた事を記す。
芥子色のコートの下には
灰桜色のニットワンピースを着て。
ブーツの踵を鳴らして雪の街を歩く。
クリスマスの贈り物を考えながら。
目に止まった雑貨店で
白磁色に銀線が走る便箋を見つけて。
揃いの封筒と一緒に…――
そこまで書いて、ペンを置く。
本当の未来を書いているはずの日記に、
偽物の毎日が混じるのは駄目。]
― 昨日 ―
はぁー
[先生の説明をわかったようなわからないような気持ちで聞く。
今の貴方はしっかりしている…
やっぱり自分はぼけてもいないのにここに来てしまったのか。いや、でもお医者先生の前ではぼけは出てこないとも言った。
ふむむ…
と悩んでいる間に「立派な淑女」と言われて目を丸くして顔を上げる。
すぐに継がれるレディという言葉に顔が赤くなった]
いやですよう先生、レディなんて
そこの小さいお嬢ちゃんならともかくねぇ
わたしはしわくちゃのおばあちゃんですよう
[照れるやらなにやらで手を顔の前でぶんぶん振り]
ねぇ、小さいお嬢ちゃん
[と照れ隠しするように、先生と自動販売機の前にいた少女に同意を求めた。と、首をかしげた少女がひつじを数えるといいよと教えてくれた]
そうだねぇ、おばあちゃん、もう年をとっちゃったから、ずーっと眠たいみたいだねぇ
うん、数えるさぁ
教えてくれてありがとねぇ
お嬢ちゃんは物知りの子だよ
[にこにこしながら少女の頭を撫でるようにした]
そうかい、それは羨ましい
[寒いのは、嫌いじゃない。
そう言う彼女に、若者は笑った。
若者は、寒いのが苦手だ。
貧血で冷え性な若者は、寒いとどうしても指が痛くて嫌なのだ。]
楽しんでくれているようで、よかったよ
[何故彼女が、寒いのが好きなのか。
そんな事を聞くのは、野暮のような気もして。
楽しそうなのだから、それでいいかと。
自分で納得していた。]
私は寒いのが苦手でね
珈琲、買っておいて良かった
[そのまま会話を始める医師と少女の話を静かに聞く。
少女は、手術を控えているようだ。こんなに小さいのに。
思わず小さなため息をついた。
彼女に比べたら自分は幸せなのだろうか。
老いて疎まれてずっと住んだ土地を出て、ここが最後の場所となる自分の方が。
もう一度自分と比べるように彼女を見た。
病気にかかっていても、なお、少女がきらきらして見えた。
最後に彼女は医師に礼を言うと、ジュースを持って笑いながら去っていった。
しばらく小さく手を振って少女を見送ったあと、隣の医師に呟いた]
先生、わたしは、小さいお嬢ちゃんが手術を控えて大変だって話をしていても、お嬢ちゃんがきらきらして見えたよ
若い小さなお嬢ちゃんを羨んでいるのかねぇ
お嬢ちゃんは、にこにこしてても本当は辛いのがわかっているのにねぇ
浅ましいねぇ…
[こんなに小さくてにこにこしている少女が死ぬ、ということは全く現実感がなく、考えられなかった。
やはりただ、この後、沢山の希望にあふれた未来があると思える子供が羨ましかった。
珈琲は好きですか、という声に小さく頷く。
静かに珈琲を一緒に飲んだ後、一礼し、部屋に戻った。
はぎれを探し出し、早速袋を作り始める。
いつもぞうきんを縫うより、縫い目が細かくなるよう、黙々と縫っていた**]
…便箋と封筒が必要なのは、
キミでしょう?
[窓に映る私に話しかける。
日記の中の私は携帯電話を介して
たくさんの人と繋がっていて寂しくない。
大学を卒業して
雑誌を編集する仕事をはじめて、
文芸誌への憧れを捨て切れないまま
編み物の雑誌を作っている。
手紙を書く時間も、待つ時間も、
持っているのはこの部屋の居る私。
お手玉で手慰みをしたいのも私。]
寒い時は、ぎゅーってすればいいんです
かみさまは、よくそうしてました
[寒いのが苦手だと言ったお医者さまに、わたしは笑いかけます
かみさまも、傷のにいさまも、寒いときはぎゅーってしてました
あたたかくて、安心します
ひろくんは、恥ずかしがってあんまりしてくれなかったけれど。]
戻りましょう、ユウキさん
連れてきてくれて、ありがとうございました
[わたしは十分たのしみました。
そう言って、笑ってわたしはうながします
寒いひとに、無理に一緒にいてもらうのは悪いと思うからです
ふわりと白いものがわたしの鼻のあたまに降りてきたと思ったら、すぐに溶けていきました]
そうだね、ぎゅっとすればいいのかもね
でもそれは、自分を想う人がいて
初めて成り立つ温かさなんだよ
ロッカさんには、そうしてくれる人がいる
それは、とても羨ましい事だよ
[戻ろう、と促されれば頷いて。
満足したなら、それでいいと思うから。
認知症は、過去の記憶を蝕んでいくから。
今を幸せに生きる事が、一番良い事だと若者は想う。
失う物の価値に比べれば、まったく足りないものなのだろうけれど。
ほんの一欠片でも、何かを残す事が出来たなら。]
私は医者だから
患者の為になるのなら、何でもするよ
その為に、私はいるのだから
[そうして、小さく笑ってみせた。]
「ロッカさんには、そうしてくれる人がいる
それは、とても羨ましい事だよ」
[ユウキさんの言葉に、わたしは少しだけ、悲しくなりました
傷のにいさまも、今ではひろくんも、ぎゅーってしてくれます
でも、一番してほしかった、かみさまはもういないから。]
ユウキさんは、たばこ、吸いますか?
[病院の中へ戻りながら、わたしはそう訊ねました]
[日記帳の一番うしろの頁を切り離し、
そこに短い手紙を書いて
ベッドの上に。
「 郵便屋さんへ。
手紙は、私を探して届けてください。
そう遠くへは行けないから。
お願いね。 」
そして、時間をかけて車椅子に移り。
雪がちらつく窓際を離れ、部屋を出て。
ロビーの陽だまりへ行こうと。*]
煙草?
[病院に戻る途中、問われた言葉に首を傾げる。
何か、意図のある質問なのだろうか?
といって、偽る意味も特にない。
若者は、素直に答える事にした。]
ああ
院内は基本禁煙だし、家にいる時に咥える程度だけれどね
患者さんには、煙草を嫌う人もいるから
本当は秘密なんだ、内緒にしておいてね
ロビーの窓際
[雪は静かに降り続いている。
灰青の雲に覆われた空からの陽射しは
とても弱くて頼りなかった。
それでも私は窓際を選んだ。
誰かのお見舞いに訪れたのだろう
同年代の女性の頬に乗ったチークや、
若い看護師の健康的な足を眺めて。
ぼんやりと。
車椅子の車輪を撫でながら。
少し、俯く。]
じゃあ、これ、よければ
[わたしは、さっき買ったばかりのマルボロを、ユウキさんに差し出しました]
Man always remember love because of romance only.
人は、本当の愛を見つけるために、恋をするそうです。
ユウキさんにも、すてきな人が見つかりますように。
[この文章の頭文字をとって、M-a-r-l-b-o-r-o.
これが、マルボロの名前に込められた意味だそうです
ぜろくんが教えてくれたのでした
優しいユウキさんにも、ぎゅーってしてくれるような人ができますように。
わたしは、この人のこともかかえていきたいと思いました]
ん…―――
[差し出された、さっき買ったばかりの煙草。
二つ買った事に、何か意味があったのではなかったのだろうか。
貰ってしまって、良いのだろうか。
だが、断るのも無粋と言うものだろう。
若者は、素直に受け取る事にした。]
ありがとう、頂くよ
ロッカさんは物知りだ
覚えておく事にするよ
[自分の銘柄とは違うけれど。
それでも、彼女の願いを受け取る事にして。]
ぜろくんが、教えてくれたんです
[ぜろくん、前にたばこを買う手伝いをしてくれた男の子
わたしが言ったのは、ぜろくんの受け売りなのです]
それじゃあ、ユウキさん、また。
[わたしはぺこりと頭をさげました
屋上にいって、煙草を吸おうと思ったからです
マルボロの方が、わたしは味がすきですが、もともと買うつもりだったのはハイライトです
そっちがあるなら、構うことはありません]
そうかい、ぜろくんが
[誰かは知らないが、笑顔で頷いて。
彼女の振る手に、こちらも手を振った。]
ああ、また
何かあったら、ナースに言っておくれ
私を探す時は、そっちの方が早いから
[そう言って、彼女を見送った。
さて、これから何をしようか。
彼女の姿が見えなくなってから、私はまた歩き出す。
珈琲を、何処かで飲みたい。]
[いくらか歩いた後、結局ロビーにやってきた。
理由があるとはいえ早く着てしまった分、次の予定まで大きく時間がある。
ああ、売店でサンドイッチでも買えばよかった。
朝食がまだだった。]
お洒落な気がする普通の朝食を取り損ねた
[小さくぼやくと、珈琲の缶を開けた。
微糖はまだ少し熱かったけれど、外に出て冷えた体を温めるには十分だ。]
[新聞でも読もうか。
いやいや、ロビーで珈琲飲みながら新聞って、医者のとる行動として絵にならないだろう。
心の中でそんな事を想いながら、往来する患者達や医師、看護師達の姿を眺めていた。
変わらない、いつも通りの病院。
薬の匂いがして、落ち着く場所とは程遠く。
笑い声がする場所もあれば、鳴き声の聞こえる場所もある。
命が生まれるかと思えば、命が失われる。
そんな矛盾する場所。]
ある意味面白い場所だな
[そう思うと、ただ往来を眺めているだけでも多少気がまぎれる気がした。]
[弱々しい陽射しを跳ね返す、白。
白衣を纏った若い医師の姿が見えた。
少し離れた位置から
医師へと向ける目は傍観の色。
私が過ごす世界とは違う世界に居る人を
硝子越しに見つめるような。]
[そうして眺めていると、どこからか視線を感じ。
白衣は目立つか、と思って視線の方を見る。
車椅子の女性が、こちらを眺めている様子で。
何かあるのかと思い、自分の姿を確認した。
いや大丈夫、たぶん何もない。
寝癖でもあるのか?
寝起きですぐ出てきたからな。]
何か、変かい?
[自分ではわからなかったので、その女性に話を聞こうと思った。
立ち上がり、少しだけ近寄って。
威圧感を与えないように、笑顔で。]
―屋上―
[ひらひらと舞い落ちる雪はどこまでも白くて綺麗です
わたしはその中で、ハイライトを一本、咥えました
それから、かみさまが使っていた銀のジッポで、そっと火をつけます
すうと吸い込めば、わたしの中にずっしりと重たい煙が入ってきます
この感覚が、今はたまらなく愛おしいと思います]
[咥えたたばこを口からはなして、ふぅと息を吐きます
ゆらゆら、ゆらゆらと空にのぼる煙が、空から訪れる雪と対照的でとても素敵です
こんな雪のなかでたばこを吸うかみさまは、とても素敵だったなぁ
思い出すだけで、しあわせな気分になります
けれど、かみさまがここにいないと思うと、悲しくもなるのです
ポケットにしのばせた石が、ちょっぴり重たくなった気がしました]
…外の匂いがするなって。思って。
[不躾に投げつけていた視線はそのままに
すこしだけ首を横に振って見せる。
病院でよく見かける患者とは違い、
看護師や医者からは外の匂いがする。
この建物の外に、
自分が生きる世界を持っている匂い。
私はそれが少し苦手。
羨ましいから。]
外の匂い?
[彼女は、首を振っている。
とりあえず外見的に可笑しい所は無いらしい事には、安心しておこう。
寝癖姿で患者の前に立つと、不信感を与えてしまうから。
彼女は、車椅子に乗っているから。
外の匂いがすると言うのは、外に出たいと言う事なのだろうか。
それはそうか、この歳で足を患ってしまっては。]
君は、外に出たいかい?
[若者は、少し気になった。
外に出たいだろう、歩きたいだろう、なんていうのは結局他人の感想であって、本人の意思を聞いたわけではない。
医師として、患者の気持ちを聞いてみたいと思ったのだと思う。]
…。
…。
…、
[言葉を失くしてしまった。
外へ行きたい。歩きたい。走りたい。
素敵な靴を履いて未来へ行きたい。
それが叶わないと解っているから
とても惨めな気持ちになってしまう。
医師を見つめる視線を落として。
彼の足を見る。]
…出たいと言ったら、
その足を私にくれる?
ああ、いや、失礼
[落ちた視線と、続いた言葉に。
自分が随分と、無神経だったように感じて。
反射的に、謝ってしまった。]
そうだな、この足はあげられない
私の足が君に適合するとは思えないから
まず、サイズが違う
…―――
ああ、いや、そういう事ではないな
[今必要なのは、医学的な話ではなくて。]
君が出たいと言うなら
その手助けをするのが医師だと思う
歩けるようにしてやるとは、言えないが
経過をみて、外に連れ出すくらいなら出来るさ
…そういう事では無いよ。先生。
少しの散歩の時間を与えて貰えても、
私はその先へは行けないの。
散歩は嬉しいけど。
[少し、世界に触れたら、
きっともっと先へ行きたくなって。
でもそれは
また誰かの手を煩わせる事になって。
そういう事の連続で繋がる散歩道で、
私は笑っていられる自信は無い。]
…いいの。此処は良い所だから。
ああ、えっと、うん
すまない、もう少し器用な人間ならよかったが
上手くないな、専門の先生には敵わない
[頭を掻いて、誤魔化してみるけれど。
でも、何か答えない事にはな。]
先へはいけない、と言うのはどう言う?
私は外科医だから
専門でない所もあるかもしれないけれど
希望も無く、夢もなく、ただ耐えるのは辛い
だから、私に出来る事をしたいと思っている
[精神科の先生なら、もう少し上手に話すのだろうか。
勉強しておけばよかったな。]
良い所、かい?
…希望もなく、夢もなく、
ただ。耐えるという事。
先へ行けない…というのは。
[あっさりと、何でもないふうに、
的確に突き刺さる言葉を放つ人だと
医師の顔を見上げて目を瞬かせる。
不器用だと自分で言うのだから
きっとそのせいなのだろうと思う。
右の手を差し出して。]
…なら、握手しよう。
[彼に出来る、私のして欲しい事。
良い所…という言葉に曖昧に頷きながら、
頼んでみる。]
そうか、すまないね
どうも、言わなくていい事ばかりで
[患者に何か、希望のような物を与えられたらと思うのに。
どうも、上手くそれが出来ない。
外科なんてやっていると、患者と話をする機会の少なくて。
それを改善する事が、出来ないまま。
だから、握手をしようと言われれば。
わかったと頷いて、手を差し出した。]
出来る事があれば、言ってくれればいい
協力出来る事には、協力するし
[手を握る。
生きている誰かの体温を感じるのは、
とても久しぶりで、少し落ち着く。
短い握手の時間はすぐに解いて。]
…宿題を持って帰って。
次は、先生が考えて。
私が嬉しくなるような事を。
できる?
[顔を見上げて、小首を傾げて。
もしかすると、手紙かお手玉が、
届いているかもしれないから
部屋に戻ると言う前に。]
宿題?
[嬉しくなるような事を考える。
それは、とても難しい宿題だ。
だけど、それが彼女の先になるのなら。]
わかった、考えておこう
君の病室を教えてくれるかい?
宿題が出来たら、持って行こう
私を探す時は、ナースにでも言ってくれればいい
外科のユウキ先生を、と言えば大丈夫だから
[傾げられる首に、頷いて。
年頃の女性を喜ばせる、なんて事が出来るなら。
それはもう、不器用とは言わない気がしたけど。]
…896号室。
クルミというのが私の名前。
楽しみにしてる。ユウキ先生。
[待つものがひとつ増えて、
本当はそれだけで随分と嬉しい。
綻ぶ口元で医師に笑いかけて。
私は、車椅子の車輪を軋ませて、
病室に戻る事にした。
お手玉と、手紙と、宿題を、
お昼ごはんを食べながら待つつもり。
「待ってるね」と言い残して。**]
クルミさん、だね
わかった、待っていておくれ
[楽しみにしていろ、と言えるならきっと良い。
だか、自分にそこまで自信はない。
ハードルは、出来るだけ低くしておきたい。
こんな事考えてるから、駄目なんだろうな。]
約束だ、必ず宿題は届けよう
[笑いかける彼女に、そう言って。
去っていく車椅子を、見送った。
これは、大変な宿題が出来てしまった。]
…―――
あとで、誰かに相談に乗ってもらおう
― 自室 ―
あら…
[朝。日当たりのいいこの部屋に日が差し込まない。
目が覚めると少しいつもより寝過ごしたことに気づき、薄手のカーテンを開けると、雪がちらほらと降っていた]
ここにも、雪が降るんだねぇ
[曇天の薄暗さの中、枯木立の中を雪が舞う様子は、満州であの人と出会った頃を思い出させた]
[部屋の温度はある程度施設で集中管理されている。
それでも少し肌寒い中、いつものように朝食へ向かうための準備をした]
まだまだだねぇ
[出掛けに、部屋の片隅の机の上のつぎはぎを見やった。
丁寧に縫っているため、今日小豆が届いたとしても、お手玉の形が完成するのは明日以降になりそうだ]
まぁ、時間だけは、いくらでもありますよ…
[独り言を呟いて、部屋を出た]
― 渡り廊下 ―
[朝食が終わった後、また病院棟へ向かう。
今日はくるみちゃんはいるだろうか。
ここに住んでいると言った彼女。
彼女にも時間はたくさんある。きっと]
あらあら、降りはじめたねぇ
[渡り廊下から外を見やった。
遠くに見える海は暗い。
その上を、灰色の空間を埋めるように沢山の小さな雪が舞っていた]
― ロビー ―
[くるみちゃんの姿が見えるだろうか?
病院棟にくるとそのままロビーを覗いた。
しかし、すれ違ったのだろうか、それとも今日は来ていないのだろうか、姿は見えない。
天気が悪く、特等席の陽だまりもできていない。
ちょっと違う所へいってみようかね、とのんびり歩いて向かった先は、子供たちが靴を脱いで遊べる場所がある休憩室だった]
― 休憩室 ―
しつれいします
[一声かけて、ひげを生やした見舞い客らしき男性の横の空いている席に座った。
男性は、駆け回る子供たちを、静かに眺めていた。自分も同じほうに視線を向ける]
元気だねぇ…
[昨日出会った少女も、ここにいる子供たちも、みんなどこかが悪いのだ。
でも、自分には、子供にはみんな、希望溢れる未来が待っているように見えていた。
まぶしい。微笑みながら目を細めた**]
[子ども番組が終わり、
次に始まったのは音楽番組だった。
それも、昨今の流行歌が流れるものではない、
昭和歌謡ヒットパレード、といった内容。
年末特番に、男の瞳が輝いた。
歌謡曲に演歌、フォークソング。
司会者の織り成す内容、その番組に心擽られ
もう少し、この温かな空間に居座ろうと心を決めた。]
[一曲目――
大好きな、あの曲のイントロが流れてきた。
そこへ、可愛らしい小奇麗な老女がやってきた。
歳の頃は母と同じくらいか、
それとももう少し若く見えるか。
歳を取っても女は女、
歳はわからないものだと眉尻を落とす。]
アンタさんも、お孫さんはいるのかい?
子どもはいいねェ、見ているだけで元気になるさ
[隣へ腰掛ける老女へ、満面の笑みで微笑んだ。
TVの中の、まだ若いシンイチが歌う]
『おふくろさんよ、おふくろさん……』
[大好きな、曲だ。
カラオケスナックでは、大体これを歌っていた。
けれど、母親の見舞い帰りに「おふくろさん」、
この曲を聴いて胸を熱くするなんて、
なんとも気恥ずかしく。
隣の老女に、気取られぬよう
会話を振った]
俺ちの孫はなァ、14歳になるんだ
他にも何人かいる…はずなんだがァ
娘が4人もいるもんで、もう孫も何人いるんだか
わからなくなっちまって… ははは
[なんだか、母と話しているみたいで
シンイチの歌声もあってか、妙に心が弾んでいた]
―病室―
ゆき…。
[病室の窓から、しんしんと舞い落ちる雪を見つめる。
窓を開けていたら看護師に怒られたので、ガラス越しなのは残念だったけど]
つもるのかなぁ。
いっぱいつもったら、おにわも、まちも、まっしろになるのかな?
[ガラスに頬を近づけると、触れた瞬間ひやりとした感触が走り。
それが妙に気持ちよくて額をガラスに押し当てた]
…みてみたいなぁ。
[演歌が、微妙に聞こえた。
テレビで何かやっているのだろうか。
テレビを見よう、と言う気分ではない。
何しろ、悩みの種が一つ出来てしまったから。]
ふむ…―――
[年頃の女性が喜びそうな事。
ナースに聞いたら、きっと白い目で見られる。
といって、患者さんにそういう質問もどうだ。]
難しい問題だな
[首を捻って、外を眺めた。
雪は、まだ降っている。]
[老女との会話はきっと弾んだはずだ。
寧ろ、此方から一方的に弾んだかもしれないが。
次第に、現代歌謡へ変化する曲と共に
自分の置かれた状況… 現実を思い起こす。
老女へ軽く挨拶し、病院を後にしようとロビーへ向かう。
前方には白衣の医師の姿。
昨日見掛けた人物と同じ人だろうか。
擦れ違いざま、聞こえた言葉に
神妙な面持ちを作った。]
先生様でも、解けない問題があるんですかね
そりゃあ、難題? なんちゃってなァ…
[おどけて見せた]
…―――?
ああ、聞かれてしまいましたか
[外を眺めていると、先生様、なんて聞こえて。
振り向いてみると、そこには男性の姿。
昨日、私を拝んでいた人だ。
おどけて見せているようで、心配してくださったのだろう。]
それは、私も人ですから
解けない問題もありますよ
私を喜ばせるような事を見つけてくれ、と患者さんに言われまして
どうすれば良いものかと、途方にくれていたのです
[見舞いの方であろう。
だから、多少弱音を吐いても大丈夫か。
そんな事を、自分に言い訳してみた。]
[些か莫迦にしたようにも聞こえる呼称であったか。
けれど医者というものは、
苦しむ者を自らの知識と腕前で救う、
尊い存在だと感じている。
同年代であれば「給料良いんだろうな」だの何だのと
黒い思いも燻るものだが、この医師は娘達よりも若いはずだ。
「がんばれ」と、応援の気持ちは自然と浮かんで]
「喜ばせる」……? ふむ、そりゃァまた…
謎掛けみたいなもんだねェ
子どもや女性ならぬいぐるみ、とかなァ…
絵はどうだい? 風景画なんか入院してると
気持ちが晴れるんじゃァないかね…
[暫し思案しつつ、考えてみた]
ありがとうございます
くるみさんへの手紙、最初に何を書けばいいか迷いました。
でも最初はやはり、お礼から。
くるみさんには、青空が似合うんじゃないかな、と私は思いました。青空の色、どんな色だと思いますか。
貴女が想う色をおしえて下さい。
天満
ぬいぐるみ、絵、ですか
なるほど、それも一つですね
[男性は、自分より随分と歳が上のようで。
父親ほどの年上の男性の言葉なら、アドバイスとして受け取って十分だろうと思い。]
私と年頃の変わらぬ女性なのですけれど
足を不自由にしているようで
外に出たいけれど、出られないと
だから、何か元気付ける事をしたいと思ったのですけれどね
どうやら、私はそう言うものが苦手なようで
先ほども、随分無神経な事を言ってしまいましてね
[苦笑いが自然と浮かんでしまう。]
どうしたものですかね
[『絵』は単純に自分の好きなものだし、
ぬいぐるみは、先程休憩室に居た子ども達が
好きそうだと…アドバイスになっているのかは解らずも
若い医師が、自分の言葉をきちんと聞いてくれている
その真摯な対応に心擽られて]
――…ふうんむ、若いお嬢さん、かね…
[浮かぶのは、昨日出会った儚げな、
煙草を嗜むお嬢さんだった]
先生の行きたいところ、見せたい場所をさ、
話して、約束したらいいんじゃないかね
『一緒に行こう』とさ――…
[けれど、ただの医者と患者の関係を望むのなら
それは、医師の負担になりすぎるか。
こそり、医師へ耳打ちし]
まァ、先生が特別に思う相手なら、ってことさね
ただ元気付けたいだけなのなら、一緒にいてやればいいさ
[其処から、発展する思いもあるだろうとか。
真剣に応援してはいるものの、些か茶化しているように感じられてしまうかもしれずに]
ええ、若いお嬢さんです
[頷いて、語られる内容に首を傾げる。
好きな場所に、一緒に行く?
ふむ、そんな事で相手は喜ぶものなのか。
特別に想う、とはどんな事だろう。
若者には、わからない事が多い。
だが、先達者の言う事である。
何か、大事な意味もあるのだろう。
だから、頷いておいた。]
一緒にいるだけ、ですか
それは、随分と簡単な方法ですね
それで患者さんの心が元気になるのなら
医師としては、試してみたいものです
[茶化すような言葉尻ではあるけれど。
若者には、そう言う冗談はよくわからない。
だから、真面目に全て受け取っている。]
絵を書くには、絵心が必要でしょうから
写真なんかじゃ、駄目ですかね
好きな場所の写真を集めて、そこの話をする
で、治ったらつれて行く、と
こんな感じでは、喜んで貰えないでしょうか
[いたって真面目に、首を捻り。
男性に、問う。]
[自分の気に入りの場所に
異性を連れていくとすれば。
それだけで「デート」じゃないかと
老年に足を突っ込んだ男は認識するが。
最近の若者のデート事情には実に疎く。
尤も、どうやらそういったものではなく
若い医師は単純に、患者の女性を
元気付けようとしているようにも、感じ始めて。
なんとなく、バツ悪そうに
帽子の上から頭を搔いた]
ああ、写真でもいいと思うよ
そうそう、そんな感じでさ
アンタさんの真心が伝われば、きっと
そのお嬢さんも、元気が出るだろうさね
[うん、うん、と。
ゆっくり頷いて、医師の言葉を肯定した。]
真心、ですか
伝わるといいのですが、難しいですね
[人を治す、と言うのが医者であるけれど。
体を治療は出来ても、心は治せない。
それをするご家族は、自分達よりよほど凄い力を持っているのだろうと想う。]
医者は昔、命を司る神の領域を侵すもの
そう言われていたそうです
今でも、そう言って医術を拒む地域もある
ですが、医者とはとても無力だ
そう感じずにはいられないのですよ
特に、こういう問題ではね
その点では、貴方の方がよほど先生だ
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