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[ナイフを血に染めたカウコの戻り道には、
今度は煤煙の匂いも件の視線もありはせず。
姿見せずの当人は、かつてのランドマークを
後にしてひとり。砂塵の街で傷の黒を舐める。]
… しろい 翼の――
[舌に粘つく苦さと呟きを、口腔へねとり玩ぶ。]
供儀がアレなら、面白かったかも な
[ざらついた声と共に漏れるどす黒い煤煙は、
砂塵混じりの渇いた風に細く流されていった。]
[真黒いコークスをスナック菓子めいて幾つか
口へ放り込んだあとは、またきつく銜を噛む。
行き交う人は疎らにも、軽業師の男が地上を
歩いている珍しさに軽く冗談など投げてくる。
それらへ道化た黙礼で応えつつ、男は何件かの
―宿には客から娼婦宛ての― 配達を済ませた。]
[優れた感覚で安全な路を選っていた実験体と、
常には建物の屋根伝いが道代わりの軽業師が
つむじ風吹く辻に行き会ったのは――稀な偶然。]
……、っ
[男が咥える銜は、黒い煙の何割かを無害なものと
変えるが、その携帯性ゆえに効果は高くない。
異常な芯熱を抱く男が、驚愕する態で立ち止まり
目を瞠ると…漏れた呼気にクレオソートが*香った*]
― 砂塵の街 ―
[赤い空が、執行人が感傷馳せた
其れよりもいろを深く沈めた頃合。
摺足めいた足跡を連れた人影に立ち尽くす儘、
軽業師は相手の仕草にじわり表情を歪ませる。]
[実験体の彼を目にして――浮かぶ感情は苦い。
奥歯が馬銜を噛み込んで、かりと音を立てた。]
…
[『押し潰す圧……』届く声に躊躇う間を置いて、
遣り切れぬ態で緩く頭を振り…彼へ歩を寄せる。]
[トン、トン …トン
ひとつずつ、文字をわからせる緩慢さで
相手のてのひらへ手話綴るを指を触れさせた。]
( ― "それ"は、だれだった? ― )
[あたたかく][おしつぶす…]
[変わらない評に苦り切った面持ちを浮かべて。]
( ― マティウス ― )
[「檻」の底に見知る相手が呼び返すのは、
「番号」かそうでないものか――――
反応と同時、軽業師は鋭く長身を屈めながら、
労いさえ籠めて触れ合わせた旧友の手を弾く*]
―砂塵の街―
[舞い上がる砂埃に、廃墟の壁土の色が混ざる。
ざ、と尖った靴先を踏み出す軽業師は、石塊の
落ちる音の合間にマティウスの呟きを拾って…]
…違うのか?
[常より乱暴な手つきで、銜の片側を引き下げる]
…そうかもな?
"檻"を黒く沈めたのは…俺だもんな?
[僅かに犬歯が覗く。見えずともざらついた笑み]
お前は――
俺の「炉」を 起こしただけ
[肩ごと身をひくつかせる態のマティウスへと
顔を近づけて屈み――囁きながら覗き込む。]
…あのあと、何人死んだ?
なあ、
( ― マ・ティ・ウ・ス ― )
[痩せた頬へやさしく打ちつける文字のかたち]
/*
弓矢で人の腕を吹っ飛ばす、というと
もののけ姫のアシタカさん?を思い出すのです。
あれはびっくりした 懐かしくてときめく!
そしてマティさんとの絡みが即興過ぎてどうしよう
我ながらいちいち無茶振りですすみません
―砂塵の街―
…ああ、
[喩えた『檻』にか呼ばれた名にか、
旧友の頬へ触れたままに浅く応える。
彼へ俯く軽業師は、
尖らせた舌先を僅か覗かせて…どろり。
黒く灼けた、コールタールのひと雫を
マティウスの頬へ向けて垂らす―――*]
―砂塵の街―
[粘りつく黒の雫は、
マティウスの頬の上から容易に垂れ落ちず。
拭いもしない彼の様子に、男は憮然として]
お前が生きてる ッてことは うん
あれもまだ… か
[実験体たる彼の首へ二重に残る吊縄の痕に
五指の爪を立て――みちりと喰い込ませた。]
…切るんじゃなかった、
お前の縄を
[軽業師の指下で、マティアスの動脈が蠢く。
爪の間へ血が染むほどに掴めば鼓動が混ざる。
己が指の骨が軋む。彼我の境が曖昧になる。]
いつから、彷徨ってた…?
[抵抗の無さは男の意に介するところでなく。
やがて――其処からみじかく濡れた音がして、
軽業師の五指が、旧友の首の皮膚を破り
第一関節までぐじゅりと深く潜り込む。]
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