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[そしてどのくらい時間がたったか。
何やら外が騒がしいように感じて、
またゆらりと起き上がり、外へと。
目を細めて、檻の方を見た。何人か集まっている。]
…なんだ?
[面倒くさい…。
一瞬そう思ったが、そのまま檻の方へと。]
…女が、死んだのか。
[人越し、柵越しに、生贄の溺死体をみた。]
ふん…。
[檻の前の男たちを睨めつけるように見回した。]
魔物って、なんだよ?
…彼は、
不正で連座処刑を受けた一族の 子弟だな。
[くろぐろと示されたヘイノの名を受け
伝えるのは、いまひとりの同郷の士へ。
一族と交友あった執行人が自害を図ったと、
そのような記録が付随する一件を簡潔に。
妄執の僧へ口を挟むのはためらわれ――
猿轡の道化と無気力な男へ見解を添えた。]
… 殺すもの である*らしいよ*
肉を喰らう のなら、
肉を鬻げということ か、……と
[気狂いの笑い声、抗う価値も見つけられず。
荒く浅い犬のような呼吸に混ざる苦痛の呻き、
喘ぎに乾いた喉に押しこまれた死肉に競りあがる嘔吐感。はらわたを引きずり出されるような――
邪淫に虐げられるこれは己が身か、否 否否。
この身は己の血肉となった呪い女だ。
妄想は昂揚を齎す、裂かれる臓腑、煮えたぎるほどに熱く迸る血潮、まだひくりと動く瞼の痙攣。その薄い皮膚に透ける青い血管を夢想して、咥えた死肉を噛み千切った]
は、………く、くく ッ
[気狂い男のその下で、床板に零れた精の痕]
[かの呼ばれ慣れた名にぐと眉を寄せる
あの頃は泥水啜る等 思いもしなかった
そ と当てた手の内で未だ腸はうねる]
彼は 魔物―― です、ッ
魔物は 人にを、殺す
殺さねば
[じゃらり…]
[鳥で弔う僧に頷いてから
猿轡の男に向けるは更に 寄せられた眉
そして大きな袖から錆びた黒い鎖が流れ落ちる
その先は重く分厚い手首の鉄枷からで]
僕は、まだ死ぬ訳にはいかない
ああ、不愉快だ。
死は神聖なモノ。
何か分からない余所モノが介入するのは不愉快だ。
[神聖とは、男の信仰の基準
石女を贄に誘導したのは彼
自分以外の人間が死に介入するは不快と言わんばかり]
ははは、ははは、ははは、はははは。
神聖なモノを犯すモノは殺す。
[それは笑いか、いきりか、笑い声似た息づき
指には露に濡れた蜘蛛の人に似た釣り糸]
[焼き切れるような尻の痛みに浅い眠りも訪れぬ最中、
廃教会の扉を叩く音のあれど、重石を引き摺り出る気になれず。]
……おや、生臭い、
[やがて朝に至る後、戸前に残る濡れ跡に、
枷のついた足を引き摺ってゆく]
桟橋の上の檻で溺死とは――、
なるほど、ろくなものに奉げられてはいない
[魔物という文字に、反応を示す者の言葉を聞く。
もちろん、その間もうすら笑みは浮かべてはいるが…。]
――…魔物が人を殺す。ほほう
そんな魔物を殺すのは、人かな、魔物かな?
[楽しげに見つめるは、赤毛の男のほう。]
生きたい、なるほど、ごもっとも。
なれば食わねばなりませぬな。
[僧侶らしき男の息づきにはちらと視線を投げたのみ。
そして、気狂いの男はそれよりもと、溺死した石女の元にしゃがむと、その脚をはしたなく広げ、クンクンと、股の匂いを嗅ぎ始めた。]
[ こぽり ]
[ こぽり ]
[自身の崩れた魂が、水に溶け行く音を聞きながら、低い呪詛の声を這わせる。]
犬の様にまぐわう、男同士も有る。
こんな、呪われた土地で、何故、おんなの贄が穢れ損なうのだ………。
[それではあれとの契約が成せない。
漂流物なのか、錆びて貝殻がこびり付いた大きな長い銛を杖がわりに、ヘイノは海から贄の檻の場所へと現れた。]
[猿轡の男を見遣る眼に侮蔑を浮かべたあと
ヘイノの姿を見るや 足は地を蹴る
手にした手首からの鎖を振り被り
滑る足元に 四足の獣のような姿勢で
手で地面を後ろへと 押しやって]
…――あなたが、…!
[古びた鎖が杖代わりの銛を薙ぎはらおうと
男に向け飛び掛かる姿勢は 低い]
[溺死体になって膨らんだ大股開きのおんなの脚。贄と、鼻先を陰部に埋めんばかりの男に、向けるヘイノの眼差しはギラギラとした憎しみの黒色。
弔いを成さんとする僧を見つけると、壊れたように激しく首を横に振った。]
………否、否、否だッ!
何故、成されるべき事がされずなぜ弔い等が始まる。
この石女は、贄に成るべく育てられたと自ら語って居たッ………。
ああ、そんな目で見るな、見るな!
[桟橋ごと叩き壊さんばかり、蒼白な男は、錆びた銛を振り回し、僧に、猿轡の男に、あるいは傍観者達に叩き付けようとする。
集まった者達の顔を全て見ているようで何もみていないかのよう。]
………グッ、ァああァッ!
[あなた、と言う呼び掛け。
素早く飛び掛かられ、ヘイノは銛を滅法に放った。]
[刹那――斧の天地が翻る。
がぼッ と石突が鎖骨に嵌る音と共に、
長柄が色狂いを強かに弾き飛ばす。]
…
這う場所を間違えるなよ *濡れ蜥蜴*
[男は佇み魔を待ちて…迎えには行かず。
あるいは、届かせてみせるかと
この地での常のように斧担ぐ姿ではなく、
片手に立て斧を携える――かつての*不動*]
ボデ…、ィル!
この恥知らずの密告徒ッ
裏切り者めうらぎりめ。
俺は、お前に復讐する為なら、何者にでも…──ッ
[押さえ込まれ、首には罪の鎖。
だが、化け物の異様な力で仇敵の胴に抱きつく。ただただ男を海へ引き摺り込もうと。
故郷の家の暖炉脇のあたたかな光景が甦る。しがみつくヘイノの両手はすでに──体温を感じるてのひら、では無く*。]
──………ッ
[仇敵とあいまみえ、しがみつくだけしか出来なかった。
無念を滲ませながら、頷くような気配。
おそらく、領主の息子としてだけでは無く、復讐者としても半人前なのだ。]
[走馬燈あるいは思い出にひたる少しの時間。ただ、望郷の念だけが冷たい海水で満たされたはずの胸を締め付ける。]
[ こぽり ]
[こぽり ]
[それは何処から紛れ込んだものか。
見開かれたままのヘイノの右眼球に、冷たく透明で溶ける気配も感じない氷の欠片が突き刺さる。──涙の代わり。]
……サンテリ、せんせい。
あなたは、どうし、て……
[おのれよりも先にこの村に辿り着いて居たのか。何故、暗い暗い海の底で、我々は凍える眼差しを向き合わせ、囁く事が出来たのか、答えは──。]
殺す、者…?
[薪の男の言葉を、繰り返した。
誰を…?彼女を…?浮かんだ疑問が口にする前に消えたのは、 赤毛の男の叫びのせいか、僧侶の笑いか、気狂い男の蛮行か。 あるいはすべてだったかもしれない…。ため息をついて、]
なぁ、あんた…。
…っ!?
[再び何かを口にしようとしたが、今度は海から現れた男に度肝を抜かれて、腰を落とした。
気狂い男が弾き飛ばされたのも視界に入っただろう。
口をぽかんと開けて、二人の経緯をただ見守った**]
(望みを、いや、
せんせいの自身の絶望を……
果たして、くださ、 い……俺は、)
[想いを囁きに乗せぬ理由は、成せず殘せぬ浅はかさを、あの生贄のおんなの死体に見透かされて居るような心地が、果たせぬ願いが凍りついてなお、狂おしく、て。]
乾くことなき海草の髪、
凍える水底の眼差しの邪悪なる溺死体……、
ああ、
[男の唇から零れるは、納得したといった風な頷き。
檻の傍らの喧騒に視線を留めたまま]
ドラウグ、だ。
……そうだろう?ラウリ君?
[水底にあるはずの名を、読んだ]
[ひとつの境界を越えた者、
その目に生と死の境界は酷く曖昧で、
ヒビ入った眼鏡も、見える を防ぐに効果は薄い]
ああ、死人に声をかけるつもりはなかった。失敬。
死人というものは絶対的無力であるべきだよ。
[学者は変わらず観察者であり、
聞くもののなくとも饒舌に語り続ける]
死というものは、絶対的支配だ。
死から逃れようと願うは、人として当然の姿だ、だが抗って尚逃れえぬ。
足掻くさまは、実に、
[こくり、と喉を鳴らす男の、昂揚の気配。
また遠からず死は訪れるだろう。
鎖が絞める、糸が首を掻き切る、銛が肉を裂く、斧が叩き割る。それを為す己の夢想に下肢に熱の篭る。
やがて、ず、ずと重石を引き摺って網小屋の男の傍らに]
殺さねば、確実に死ぬよ。
[託宣の如く告げる、気まぐれ*]
[故を問われる導き手は、
今も昔も、途方に暮れるまなざしをする。
友人の長子たる教え子に
一人称を持たぬ故を問われ、
『 …
"おおやけ"と"わたくし"は、
同じものであるので。 』
――そう応えたときのように。
乾いていてさえ濡れた海草のような
彼の縮れ髪をぎこちなく梳いて――
奈落の水底へそっと*突き放した*。]
なっ…!?
[遠くから何か重い物引きずるような音が徐々に近づき、桟橋手前から聴こえてきた託宣めいた声に
一瞬驚きの声をあげた、が。]
…っなこた、知ってるさ。
やらなきゃ、やられるんだろ!
[桟橋手前に立つ、ヒビの入った眼鏡の奥を見返し、
叫ぶ。]
俺だって、知ってるさ…。
[ただ手をこまねいているだけでは、何も変わらないことも。今のままでは決してつかめない…。]
…知っているさ。
[思わず両手で握りこぶしを作った。
なのに何故…。
そんな自問は飽きるほどに繰り返してきた。今更だ**]
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