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[亡霊は、人気の少ない通路で、鳴り響く鐘を聴いた。
カラン――… とろり 重くなる瞼。
カラン――… じわり 食欲の記憶。
己には薄く透けるようだった、生と死の帳が厚くなり
世界は蒼く蒼く冷えゆく。その冷たさも記憶にはあり…]
…ああ、鐘の音が聞こえる。
[螺旋階段へ腰掛ける失人の呟きを拾い、彼の傍らへ佇む。
空気を震わせぬ声音はKnock――響きは、どこか甘い。]
終わりの始まりに、祝福を。
[ こつ こつ こつ 硬い足音は、死の帳に半ば吸われて]
世界を――夜を愉しむのなら、
…闇の齎す傷をも愉しまなくては。
[バクが腰掛けているその脇を、亡霊は緩やかに過ぎ行く。
1度振り返った面持ちには性質のよくない笑みが浮かぶ。
同じ表情を、やがて己の後から部屋を出てくるルリへも
向けて――階上を振り仰いだ面を戻し、歩み去った。]
[和気藹々と食事を摂る者たちの声が漏れ聴こえる扉を
過ぎながら、想いのみは馳せ…とろりと眠たげに瞬く。
死者の魂が纏っていた欠片ほどの温もりは、いまは
姿を黒い上着に変えて、眠るペケレの傍らを暖める。]
――欲張りな方…と評しては、いけませんかね?
[堪えるもなく、ふくりと燻らせる笑みはやわらかい。
亡霊は大地との繋がりを保ちたいかの如く、重さの無い
身を頑なに歩ませて――死者の在るべき白壁の墓所へ。]
[途中、食事を済ませたらしき長身の男と行き会った。
夜気を潤すような歌を妨げぬよう、亡霊も足音を消す。
目元だけで笑みかけるのは声無き喝采の代わりかで…
やがて彼が背へ遠ざかるのを感じる頃に、漸く呟く。]
…舞台映えもするのでしょうね、きっと。
[聴く者のない足音を戻して、小道の石畳を踏む。
やがて立ち並ぶ墓碑の合間に、細い娘の――――
プレーチェの背が見え来て、亡霊は其方へと歩を寄せた*]
[ドームから差し込む月明りに照らされた花は青く――
莟を千切って清水へと流し遣るプレーチェの様子を、
影を持たない陰はずっと傍らに佇み見下ろしていた。]
…鐘の音は、どうにも…
死と祈りと悼みとを連想させていけません。
[やがて泉のほとりから離れゆく素足の娘を見送って]
ああ。死の自覚とは――こうも眠いものでしょうか。
[くらり、回る世界。 つめたく蒼い蒼い色彩。
亡霊は白い墓碑へ半ば縋るように爪を立てる。
その扉へ刻まれた名(かぎあな)は、自身のもの。
ずぶり、呑まれる。 否――漸く容れられる。]
おやすみなさい、… すこし、だけ――
[赦しの眠りではないと感じて居るから、…囁く]
[夜露に濡れはじめの白い墓碑に、亡霊の姿は消える。
束の間の微睡みは、其処へ刻まれた没年以来の――。
気の利いた墓碑銘が彫られているわけでもない扉には、
遠い遠い日に供えられた華が…乾涸びて*久しい*。]
―― 微睡みの裡 ――
――…、 は…
[眠り。記憶の中の其れは、随分と「やすらか」だった。
けれど、亡者が味わうのは…年月にすり減らした精神を
補うには程遠い、もどかしく渇いた、浅過ぎる微睡み。]
…。 ……っ
[金縛りにでもあったかの如く戦慄く己の指先を知覚する。
とうに絶えて久しい呼吸が、喉奥へ詰まる心地がする。
足音と、声とが近づいてくる気がしてじわりと身動いだ。
墓碑へ飾られている、乾涸びた花が かさり と落ちて]
[死の帳が揺れて、生者が紡ぐ現世の夢を断片的に運ぶ。
刻まれた名(かぎあな)に、プレーチェとライデンの声が届き
…酷な微睡みが緩むのを感じた魂はひくと瞼を持ち上げる。]
――…
[『 どーしたの? 』またひとつ、声は届く。指が動く…
2人が覗き込む墓碑の扉から、蒼褪めた手が音無く伸びる。]
[――何かを、掴むように。]
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