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[無茶振り。
今時の少年らしい和真の言葉遣いに、少し笑った。]
ふふふ。だよね。
せめてヒントでもあれば、ね。
あぁ……喋るウサギなんて初めて見たから、写真の一枚でも撮っておけばよかった。
それも忘れものといえば忘れ物、かも。
[非日常な状況にも適応しつつあるのだろう。
のんびりとカメラフォーカスの仕草。]
わたしなんてしょっちゅう忘れ物するから、どれだか分からなくって。
[身体にしては大きな荷物を肩に掛け直した。]
わたしは一度ここで分かれようかな。
なにか見付かりそうな所に足を向けてみるつもり。
それこそ馴染み深い場所・・・とか。
[振り返らぬままに、後方を意識する。
記憶通り古ぼけた灯台は―――足を向けずに来てしまった。
街の様子が気になるのも確かだからと、意識とは裏腹に前方を指差して。]
それにまだ、何人か来ているのでしょ?
話も聞きたい。
うん……? うん、わたしがロッカだよ。
「むつか」だけど「ロッカ」。
[和真の視線が手元の葉書と自分とを往復する。
ギャラリーの名を知る人は増えていても、自分を知る者は殆ど居ないはず。
二つの名を口にされて意外そうに瞳を見開くが、続く言葉を聞けば納得が行く。]
ああ。そっか。オーナーに会ったのね。
って、……そんなこと本当に言ってたの…?
あの、省吾さんが。
[面食らったような表情で、つい語尾が上がる。
記憶が確かならばそんなことを言われたことはなかったので。
和真のお上手か、或いは少年が相手だと言う事で色を付けて宣伝してくれたのかも知れない。そこはどうあれ、撮影も宣伝も個人で行わなければならない身としては、一人でも二人でも声をかけてくれたことは有り難いのだった。]
ふふ。何だか、そう言われるとどんな顔をしていいか分からないけど。
お眼鏡に適ったなら幸い かな。
作品の方もそうだと良いんだけど。
[真正面から素直な笑みを向けられると、少しばかり照れくさい。]
何にせよ"此処"から向こうに帰ってからのことだし…
[そう、すっかり適応しかけていたが、此処は現在ではないのだった。
宣伝は妙だったかなあと思いながら、バッグを閉め直して。]
それじゃあ…みんな、また後で。
気をつけてね。
[気遣うような瞳を全員に向けたのは、また妙なことが起きないとも限らないからだ。
海辺の道に顔を並べた面々が思い思いの方向に歩き出し始めれば、皆に手を振ってから自らもゆっくり歩を進め始めた。]
― 街中 ―
…あ、藍子おばあちゃんのお店。
中学生くらいまであったんだよねぇ。
チカノちゃんや、年上のお兄ちゃんお姉ちゃんに連れていって貰って、さ。
[元来た道を辿る途中、ふと一角に立つ素朴な外装の店の前で足を止める。子供の流行をいち早くキャッチして、駄菓子からトレーディングカード、簡単な玩具まで揃えてあった店。現在は息子夫婦が引き継いで、小さな事務所になっているようだけれど。]
そうそう、此処に縄跳び。
ゴムボールでしょ、当たりくじ付きのガムででしょ、そしてうさぎ!
……うさぎ?
[覚えのある品々の中に、覚えのない動物が居る。
さかさかと動くその白いものをじ、っと見詰める。]
ね ねえ、うさぎさん。
さっき海辺で聞いた話だけど――
[目測を誤っただの、念がどうだの。
まるでこちらに気付かぬかのように首傾ぎ独り言を吐いたのち振り返ったうさぎは、またも一方的に捲くし立てて走り去った。
薄ぼんやりとぼやけて見えるその輪郭に目を細め、ふうと息をつく。]
時空の狭間に落ちちゃう、って。
何か凄いことさらっと言われた気が、するー…
[それがつまり何を意味するのかまでは分からないし、見ず知らずの少女の気配がひとつ消えたことも知らない。
けれども、「ワスレモノ」の重要性がまたひとつ増したのは確かなようだった。]
ワスレモノ……わたしの、忘れ物。
この位の頃って、確か―――
[大分歩いて来たからか。背にした海は、住宅地の隙間に小さく煌めいて見えるだけ。
振り返ってその碧を瞳に映すと、きゅ、と、肩のバッグに添えた手に力が入った。]
『高校は、普通に進学して。大学は?その後は…?
美大…じゃあ、奨学金は難しいのかな……』
『………。そうだよ ね。
これからは独りで立たないといけないんだから。しっかりしなくちゃ。』
[寄せては返す波の煌めきに呼応するよう、ざわざわとした雑音が響き始める。
聞き覚えのある声のうち、一際近くに聞こえる声は、自分自身のもの。]
『提出期限?
…うん。明日なの。』
『……どう、しよう』
[そうして声は掻き消えた。]
………。
[長く黒い服の裾が、目を放せずに居た遠い波打ち際に翻ったような気がして。
今一度目を伏せると、一気に街を突っ切るよう走り出した。]
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