[自室の机の上で居眠りをしていた少年は、ぱちりと目を覚ました]
今…何時だ…
[ぽつりとつぶやいて、起こした頭を軽く振る。壁に掛けてある時計が目に入った]
まだ盆踊りには時間はあるな…ふぁーあ……ねむいな……寝てていい?
[そう呟いて、再び眠りに*落ちていった*]
いたっ。
[指先に血が滲んだ]
わー。血だ!血、だー!
うぇー。
自分の浴衣もろくに縫えないんじゃ、…ダメだなぁ。
[床に広げた反物を眺めて溜息をついた*]
[ふらりふらりと道を歩けば、クラスメートのアンに出会った]
…よお、アンか。お前も手伝い行くのか。
[軽く手を振って挨拶をした]
…あー、せめて綺麗なねーちゃんの浴衣姿でもみれねえかな…
[ぶつぶつ言いながら、アンの後ろについて会場に向かうことにした**]
─うさぎ売り─
[昼下がりの盆踊り会場。
綿菓子、かき氷、射的など、さまざまな夜店の準備をしている。
青地に黄色いハイビスカス柄のアロハを着た小柄な男が、うさぎがみっちりと詰まったケージをバンから下ろすと木陰に置いた。
ケージの中には、まだ小さなうさぎたち鼻をぴくぴくと動かしながら、身を寄せ合っている。
茶色や黒いのも居るが、なぜか白いうさぎが多い]
ヒヨコと間違えてないっすよ!
[ケージの横に腰掛けた男が、首から下げたタオルで汗を拭いていると、同業者からからかいの手が入る。
男はむきになって言い返す]
地味ぃ? おやっさんが白いの多めにっつーから仕入れ回ったんすよ。
色っすかー……綺麗かもしれないっすね。後で食紅貸してください。
──よっと。
[綿菓子屋に歯の欠けた顔でにかっと笑うと、立ち上がる。
バンからいろいろなものを取り出し、隅っこに柵で大きめの円を作り、その中に水や干し草、お好み焼き屋から貰った野菜屑などを置き、うさぎを中にうさぎを放つ**]
親父、これ出目金。
[抱えていた段ボールからビニール袋を取り出すと、すでに水が張ってあった角型のプールに浸す]
普通、金魚屋が金魚すくい屋もやるもんかね。
[父親の隣の地べたに腰かけると、ポイに紙をはめ*はじめた*]
─うさぎ売り─
[最初は怯えていたうさぎたちが、ハナをひくひくとさせ、徐々に干草やペレットを口にしてゆく。
男は白い板を取り出すと、黒マジックの下手な字で『ウサギありマス 大特価1羽2000円!』と書いた]
どうっすかねー。
え? 高い……?
[綿菓子屋に指摘され、ぐるりと辺りを見回し、うさぎの単価が他の店の価格と大きく隔たりがあることにがっかりする]
絶対売れないっすよねぇ……え? ああそりゃいいっすね!
[嬉しそうに、下に小さく『うさちゃんと触れ愛 餌やり1回200円』と書き足した]
エビコねーさん。ニンジン下さい。キャベツの切れ端でもいいから。
[ものすごい嬉しそうな顔で、お好み焼き屋台の主人に野菜を貰い、うさぎの柵の前に戻る]
いらっしゃいいらっしゃーい。
ウサギがいまならたったの1羽2000円! 1万円でおつりがきますよ!
かわいいウサギちゃんに餌もやれます。それならなんと200円!
抱っこもしほうだい!
[迎え火の煙が立ち上り、日が暮れる頃、男はハンテンを着て陽気な顔で呼び込みを*始めた*]
盆踊り……今日だった?
[キクコの声に本から目を上げて。呆れた、と声が返るのを、澄ました顔でやりすごす]
忘れてた。すっかり。
浴衣着るの? ええと、面倒くさいなあ。
[読んでいた本に栞を挟むと、口に出す文句はまんざらでもない響き]
[自宅の縁側にいると、玄関の方からおがらを焚く香り]
迎え火、か。
……。
そういえば。
[物思いにふけりそうになると、キクコの急かす声。苦笑して一息つくと、浴衣に着替え、下駄を鳴らして会場へ向かう、からころ*]
毎度。
[くくと喉の奥で笑って、小銭を受け取るとポイを差し出す]
アンはやんね?あー、手伝いがね。
[手を振って去っていくアンを見送るとムカイと金魚の格闘を面白がって観戦*]
チョコバナナ、焼きイカ、金魚すくい。
[焼き物の香りが香ばしい。並ぶ屋台の間を歩いていると]
ウサギ?
[生まれて初めて見る屋台の看板に、思わず足を止めた]
釣るの?
[思わずひとり漏らすのはそんな*呟き*]