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先生がコーヒーなら同じで。ブラックでいいんで。
違うのだったら…お茶、かなぁ。
[といいつつちょっと早歩きで自分の部屋に向かう]
[自販機で適当に見繕おうと思ったのだけれど、少女から告げられた以外な言葉に一瞬目を丸くしてしまったのは、気が抜けていたからだろう。
飲料制限を受けている可能性も有る。尤も、思春期特有の思考でジュース類を避けているとまで読み取れるほど、此方も成熟した医師ではなかったのが残念なところで]
……、なるほどね、了解。
後藤君は――、…ブラック飲めるんだ。オトナだねえ。
[珈琲にするつもりだった己。沢渡の病状は詳しくは無いが、後藤は確か飲み物に制限は無かった記憶があった。
部屋へと去っていく後藤に手を振り]
ん、待ってるよ。
[談話室に到着すると沢渡からカップを受け取り、飲み物を用意し始める]
303号室
[二人と会話してから自分の部屋に戻り、荷物を持つ。
普段から準備してあったので持つのは早いのだった]
…誰かと一緒に、って言うのは初めてだな。
[教えていることはあったけれど、此処まで年の近い人といっしょなのは初めてで。
少し、楽しみには思っていた。]
[沢渡は席に着いた頃か。其々の飲み物を用意する。己と後藤の珈琲は自販機カップのものだ。砂糖もミルクも入っていない。
それを手に、談話室の席へと戻り]
え、……ネガティブフレーバーって、なに…?
[きょとんとした眼を後藤へ向ける]
高い珈琲は、なんだろ……、酸味が強いのが多い?
……くらいしか、知らないや。
[其々の前にお望みのカップを置き終えると、あはは、と笑った。
彼らが勉強を始めるにしろ、雑談を始めるにしろ、己は頬杖の姿勢でそれを*眺めているのだろう*]
ありがとうございます。
[結城医師からカップを受け取って、椅子に掛けた。
いつもの窓辺のテーブル。相変わらずの曇り空だが、昼に近くなり日が高くなった気配はある。海の群青も、わずかばかり彩度を増しているようだ。
千夏乃は布のバッグから教科書とノートを取り出して、テーブルの上に並べ、山ほどのカラーペンと鉛筆が入った大きなペンケースをその上に乗せた。それから、タータンチェックのブランケットを膝にかける。これで準備は完璧だ。]
わたしは、カフェオレやミルクティーなら、飲めるんですけど。
でもいつも、ついミルクを入れすぎちゃう。
[コーヒーの香りは好きだが、味はまだ好きになれないらしい。
いつか、自分もブラックのコーヒーを飲めるようになる日がくるのだろうか。そんなことを思いながら、カラフルなペンで数式やメモが書き込まれた教科書のページを*めくった*。]
[お婆さんが手を振ってくれたので、満足してベッドに戻る。
まさかあのお婆さんがこちらまで来るとは思っていない。]
今日のご飯はなんだろーなー
[隔離された病室なので一人だけご飯は別物なのだ。
食堂に行きたいと思っても行けないし、
外なんてもってのほかだ。
誰かが来る時は恥ずかしいのでニットの帽子を被っている。
これなら今の悲惨な頭を隠せる。
ご飯が来たので、手を合わせて、食べる事にする。]
さてと…日課の一服でもしにいこうかね…
[一二三は愛用の煙草入れをポケットに押し込み、いつもの屋上へと向かう事にした。
本来ならラウンジの喫煙室を使うように言われているのだが、何とも監視されているようで嫌だ…との理由から一二三は利用したことがなかった。屋上でひっそりと、潮風にさらされながらの一服が何よりの御馳走だった]
(丁度屋上からは中庭が見えるしね…。あの歌声が誰のものか、耳を澄ますのも悪くはないさ)
[後藤と沢渡の間に椅子を置き、勉強する様子を眺めている。
沢渡の教科書を拝借してページを捲り、自分が学生の頃にも習った内容を見つけると微かに目許を細めたり。懐かしかった。
沢渡の言葉に、珈琲を啜ってから答えた。]
先生も、学生の頃はブラックなんて飲めなかったよ。
ミルクたっぷりのココア派だったけど。……味覚なんて成長と共に変化するものさ。
―――…っと、ちょっとごめん。
[何時もは切っているプライベートの電話が震え、メールの内容を確認する。案の定時計屋からだった。
簡素なその内容を見つめると、表情から微笑の色の一切が、消える。]
時計屋に、行かないと。……勉強の邪魔して、ごめんね。
[カップを手にして立ち上がり、じゃあね、と談話室の二人へ手を振り、去っていった。]
[仄かな潮風が冬の冴を運び、白衣の裾を薄く浚っていく。
不意に鼓膜へ伝う歌声に惹かれて、中庭へ視線を落とした。人の姿は捉えられないけれど、きっと誰かがオトハの死を悼んでCD音源を流しているのだろうと、合理的な解釈を行った。]
『オトハ』さん……、まだ若いのに、残念な事でしたね。
人生で二度も交通事故に遭い、亡くなるなんて。
[黒枝に見せた時のような翳りはもう、見受けられないだろう。平家へ淡々とオトハの死を語り、白衣のポケットから腕時計を取り出した。]
これももう、直らないなら要らないな。
[屋上の柵へ時計を差し出し、そのまま手放す。僅かな空白を縫うように、中庭のコンクリートに腕時計が落ちた事を示す軽い衝撃音が響く。
薄く微笑んだまま、再びポケットへ両手を忍ばせる。「余り、本数吸ってはだめですよ」と、煙草を咎めることなく屋上を去っていった。]
[屋上から検査室に戻り、幾つかの検査を行っていった。いつもと変わらぬ業務を、淡々とこなしていく。
誰かが死のうが、産まれようが、所詮自分には関係のないこと、と。
『患者に対し、必要以上の感情移入をしてはならない』という父の言葉がなんとなく、解ったような気もした。]
夕刻:531号室前
灰色の中で、過ごせばいい……
[ぽつり、ひとりごちた言葉で思い出すのは、極彩色の中に生きる青年の事だった。
職員へ、何かあったら院内PHSで呼び出してくれと残し、その足は5階へ進む。]
柏木さん、……居ますか?
訪問するには些か妙な時間ではあったものの、気に留めることなくその部屋の前に佇み、扉を*ノックした*]
おいしかったねェ
[箸を降ろした老婆の食器には、まだ食事が残っていた。
眉を下げ、職員に明日からもっと減らしてくれなどと声を掛けながら食堂を辞する。
知った顔があれば皺に塗れた顔をくしゃりと歪ませて、そうして挨拶しながら出て行った。]
五階 廊下
さァて。
あの窓ォは、どおこの、部屋かね。
[金髪の人形を携え、一歩、一歩と歩いていく。
時折部屋をのぞきこみ、そこに見知った顔があれば皺を深めて話しかけた。老婆にとっては、この病院内ですべてが終わっていた。彼女を見舞う人間はいなかった。家族と呼べた相手は、はやばやと次の世界へ旅立った。娘も、孫も義息子も、彼女の入院以来一度たりとも訪れたことはない。だからこそ、彼女は病院内にいる人間に向けて笑いかけた。]
あっ……ちょいと すいませんけども。
[廊下を歩んでくる看護師に、声を掛ける。
金髪の人形を持つ手が忙しなく、上から下へと梳いた。]
あたし、このお部屋の人のお見舞いしたいンです
そのォ……いいでしょうか、ねェ
何分あたし、こんなお部屋ァ初めてで……
いえね、外から見上げた時に、
はて……あの子ァ誰だろうな、見たことがないぞって思っちまいましてねェ
なんだかね、サミシイんじゃないだろかって勝手に、えェ勝手に考えちまって。
いやねあたしだったらァ、そうだろうなって思ったんですよぅ。
で、どうでしょう看護師さん。
勝手にお見舞いしていいもんでしょうか。
[その看護師の言葉を待つように、
小さな黒い眼がうろちょろ、壁越しの病室へと投げかけられた**]
[ベッドの上でぼんやりとして――いつの間にか、眠りに落ちていた。男の眠りは基本的に浅い。幾分深くとも、精神は度々疲労を強いられる。
故に男は日中にも眠りを挟む事が多かった。
男が再び目覚めたのは昼食の時間だった。朝食と同様の按配でそれを食べ、男はイーゼルに向かった]
……、
[いつものように、キャンバスを色で染めていく]
……
[ただ目の前のキャンバスのみに集中して、ひたすら筆を走らせて、男は午後を過ごしていった]
[男が作業の手を止めたのは、夕刻になっての事だった。不意に聞こえてきたノックの音と呼び声に、男は扉の方へ顔を向けた。
前日の中庭での約束を、幾つかの会話の断片と共に思い出しながら、男は筆とパレットを傍らの台の上に置いた。かた、と僅かに水入れの中の混沌が揺れ]
――どうぞ。
[帽子を深く被り直しつつ、訪問者に*返した*]
『鎌田さーん、お見舞いにきたいって方が来られてますけどー?』
あっ、はーい。分かりましたー
[帽子だけ被って準備万端。無菌室の前に紫外線を当てて殺菌をする部屋があるので、
そこに決められた時間いてからようやく部屋に入れるようになっている。
さらには時間が無いけどお見舞いがしたいと言う人向けに、窓から中を覗くことも出来るようになっているのだ。]
うーん、誰だろう?
学校は授業中だし…親戚の人かな?
「はい、お見舞い良いですよ。」
はァ、ありがとうねえ。
[看護士が部屋の中に尋ねる間も、廊下では老婆がずっと、金髪を撫で続けていた。
ようやっと帰ってきた声に安堵したような吐息を交えながら返答した。]
じゃァ、――……失礼しますよう。
五階 病室
[そこで目にしたのは、老婆にとってはそれこそTVですらも見たことのない内装だった。
簡単な説明を受け、窓越しの対話を選んだ彼女は、すぐに話し口に向かわずに
窓の向こうの女の子へと笑みを向けた]
あらァ、やっぱり見たことない子だ。
こんにちはァ、お邪魔しますよ。
[皺を深め、その波に眼まで埋めてしまうのかという具合に老婆は笑んでみせる。そこには初対面だから、などといった躊躇もなく、長らく合わなかった親類に対してのような、そんな気さくさが皺のうちからにじんでいる]
[わくわくしながら待っていると、窓の方から声がする。
良く見ると、さっき手を振ったお婆さんだった。]
あれ?さっきのおばあちゃんだ。
こんにちは。えーっと、初めましてですよね?
わたし、鎌田小春って言います。おばあちゃんは?
[久々のお見舞いで凄く嬉しい。こういうのも病気を治すためのモチベーションとなるのだ。]
そのお人形可愛いですね。
お孫さんのですか?
そうそ、 初めましてねェ。
あたしゃァ……田中ぼたんって名前なんだけどねェ、
ただの婆さんで十分だよ。
小春ちゃんってェ、いうのかい。
奈緒ちゃんと同じくらい、の年じゃないかな。
小春ちゃんは高校生?
[話し口の前に据えられていた椅子に億劫そうに腰を下ろしたけれど、
その顔面を彩るのは間違いなく喜色だった。
円らな瞳は窓越しの、楽しそうにも見える女学生の顔を観察し、満足げに一人頷いた。
――それでも、そのニット帽にどことなく病気の影を見出しては小さな瞳に影を映した。
にこりと弓を描いた細目から掬い取れるかは知らないけれど。]
[人形へ向けられた褒め言葉に、ただにっこりと笑みを深めて
セルロイド人形を赤子のようにゆすりあげる。]
ああ、この子はあたしンなのさ。
笑っちゃヤだよ、婆ちゃんになっても病院が怖くて
そいで、連れてきちまったの。
[けらりと笑いだしそうな程声を震わせ。]
あ、田中さんですね…うん、じゃあおばあちゃんって呼びます。
はい、高校生です。バレーボールやってるんですよ。
[優しそうなおばあちゃんがお見舞いに来てくれて本当に嬉しい。
…少し陰りが見えた気がするけど、気のせいに違いない。
独りだったからきっとネガティブ思考が占めているんだ。]
へえ、そうなんですか。
おばあちゃんの大事なお人形なんですね。
[おばあちゃんは、入院が怖くてお人形を持ってきたようだ。
私も寂しいし、家族にクマのぬいぐるみでも持ってきてもらおうか。]
バレーってあれかい。
ひょいって飛んで、バシっと球ァ打つやつかい。
[言葉のとおり手真似して、飛んできたボールを打つような仕草を見せる。
切れのない緩慢な動きを見せてから緩く首をかしげ、それから得心したように]
はぁあ、嬢ちゃんは かンなり、元気な子だったんだねェ……
ぴょんって高ぁく飛ぶんだろうねェ。
あァ実ぁね、この子ァ、あたしの爺さんが
初めてくれたもんでねェ。ついつい何処にでも持ってっちゃうのさ。
[そういいながら部屋の中を見渡す。
老婆にとっての人形のようなものは、一見しただけでは部屋の中にないような気がして]
小春ちゃんは、お人形よりも
もしかしたらバレーボールかねえ。
このお部屋から出れたらよ、
病院の、同じくらいの年ごろの子とバレーしてみたら
楽しいリハビリかもねえ。
このお部屋からじゃア見えないかもしンないけど、
病院の中庭ならァ、できるし――……
よく歌い手さんがねぇ、そこで 歌ってるのさ
行ってみるといいよう。
お邪魔しますね。
[室内からの反応を受けて静かに扉を開く。
先日と同じように目深く帽子を被る柏木の姿よりも先に伝うは絵の具の香か。消毒薬に慣れすぎた身にとってそれは酷く新鮮でもあり、違和感でもあった。]
―――…あ、……、
[最初に目に飛び込んで来たものは、キャンバスいっぱいの、色、色、色。
抽象的に描かれたその絵画の前に佇み、暫し圧倒されるように見つめていた。
じっと見つめていると、何となくこれが空、これが人の姿、口、と、理解出来た気がした。]
何というか、……迫力ありますね。凄く。
……女神、みたいな感じ、ですか?
[解釈、間違っているかもしれないけれど。確かめるように柏木へと視軸を凪いで]
バレーボール…うーん、なるほど。
[確かに置いてみるのは良いかもしれない。色々と励みになるかも。]
そうですね、出来たらやってみたいですね。
頑張って、この部屋から出たら、リハビリで…うん。
[希望がわいてきたと思う。歌い手さんと言うのは今日聞こえた気がするアレの事だろうか。]
そっかあ、中庭あるんですね。
知らなかった。即入院、って感じだったので。
[これも、元気になるモチベーションだろうか。
おばあちゃんの話は聞いてて楽しい。
色々と話したと思うけど、しばらくした後に検査とか何やらで面会が終わりと言う事になってしまった。]
気が向いたら、また来てください。大変かもしれないですけど。
[寂しそうに笑って、見送った。**]
[孝治の姿には気づかずに――気づけばまたよろしく、なんて言葉をかけただろうが、それはまたいつか――キウイを食べて病室へ戻った。
午後早くに検査を終え、また夕飯まで暇になった少女は、濃紺のカーディガンを羽織って入院棟を出、夕暮れの中庭を目指した]
ンフフフ
婆ちゃんは長いことここに居るからね
なんでも知ってンのさ――
[面会の終わりを告げられ、腰を浮かす。
抱きかかえたままの人形の、きしきしとした金髪が垂れ下がった。]
もう こんな時間かい
悪かったねェ長居しちまって。
こんな萎びれたババアで良かったら、
また来るよォ
今度ァ、出来りゃあ同じくらいの年の子も
連れてくるよ
[その表情に思わず付け足された言葉。
老婆の黒い眼は弓なりに細められたまま、ゆっくりと言葉を紡いで病室を後にする。]
結城先生。今日は。
来て頂けて嬉しいです。
[病室に入ってきた結城の姿を見ると、まずそう挨拶をした。それから、置いていたカンバスの上の絵を見つめる様を、サングラスの下から見つめて]
女神。
そうですね、それは……
そうなのかもしれません。
[訊ねられれば、少々迷った風に言葉を発した]
昨日、中庭で見た景色をイメージしたんです。
それで、描いていたら……
……なんだか、歌が聞こえた気がしたんです。
あの……オトハさん、の歌が。
だから、その歌の色になったんです。
だから。
女神に見えるのなら、きっと彼女が理由でしょう。
病室
[その場を去った老人の姿は、割り当てられた病室に向かった。
寝台に腰掛け足をさする。下から上、上から下、見様見真似の手つきで繰り返し。
脇に置いた金髪のセルロイド。
横たえようが、その眼を閉じることはない。]
孫……ねえ、あの子ァ
今幾つだろうねェ
大きくなっちまったら、もう、
お人形はいらないだろうねェ
[足のだるさを訴えて、昼飯は病室で食べたいと声をかけた。
その声音は看護士に対するものというよりか、少し甘えたような声音だった。]
中庭
[音楽のない、ただの庭。
少し前までは、空も見え、歌が世界を広げていたけれど]
狭い、なぁ
[ベンチに腰掛け、中庭を取り囲む壁や窓を見渡した。屋上の柵から、地面へ――何か、落ちている。駈けていき、きらりと夕暮れを反射した何かの前にしゃがみこむ]
[それから、老婆は眠った。
長らく歩いたからだろうか、エレベーターを使わない という無駄な努力を、鎌田小春に会った後に試みたせいだろうか。とにかく老人は昼飯を食べた後に昏々と眠り、その際もセルロイド人形を離さなかった。
目をつむり、眼さえも顔に刻まれた皺のような風体をしながら、その胸に抱いた人形は決して目をつむらず、真白の天井をずっと見つめていた。]
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