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[苦い面持ちは、泡立つ傷に。
熱い身にはつめたく感じる濡れた肉の裡、
触れる気管を指先へ引っ掛け――玩ぶ。]
律儀に返事してんなよ
…阿呆が
[額を―赤い徴を―ぶつける態で寄せて。]
[ぷち、ぷち、と何かの神経を逆撫でて。
筋繊維を、頚の骨から浅く扱き離して。
胸板から滑り滴る血溜まりが足元を潤して]
あああ もう
[旧友の頚がぐらつきだしても、まだ――]
[不意に、軽業師の腕が真横へ打ち振られる。
振り捨てる態で地へマティウスの身体を放り]
なにしたら死ぬの お前
くっそ…
[苛立たしげに横を向き、道化た帽子の中へ
片手を突っ込んで煤けた色の髪を*掻き毟った*]
[つむじ風の吹く辻――
壁を崩した瓦礫の傍に、ふたつの人影がある。
ひとつは瓦礫に凭れ居て、ひとつは立ち尽し。
立ち尽すのは軽業師…銜は顎までずらされて。
風に流されきらぬどす黒い煤煙と刺激臭が漂う]
供儀の代わりにでも
なるつもりだったか? …
[旧友へ苦く言い置いて、踵を返そうとした。]
[思い出したように持ち上がる指が、手探って
顎までずらしていた馬銜(はみ)を元へと戻す。
決まり悪そうに噛込むと煙の黒さは和らいで]
……
[サンテリの視線を受けると僅か置かれる間。
片目を眇める道化た笑みで、男は戯言を紡ぐ。]
( ― おっと、剣呑 ― )
( ― 鼻から煙でも出てた? ― )
( ― まいったね ― )
[目を細めわらう、遣り切れない色だけが本音。
滴るほどたっぷりの鮮血に塗れた手は、手話を
紡ぐごとにぬめぬめと動く、別の生き物に似る。]
…
( ― 商売にしてる と思ったら ― )
( ― あんた、とっくに抜いてる ― )
[顧客たる相手の視線は逸れず――縫われ。
軽業の男も、軸足を踏み替えさえしない。
酒瓶の底は、ざりと砂塵噛む音を聴かせる]
…… ふ
[常から丸腰と吹聴する引揚げ屋の両手は、
意を紡ぐゆえに容易く相手から見える位置。
煤煙と共に漏れた音に笑みらしきは含まず]
( ― ヤなこと訊くね ― )
( ― もう 知らないあいだに ― )
( ― 殺しちまわないために だよ ― )
[応えを渡した手指は、そのまま握りこむ。
肩肘を引いて――――静かに息を*詰めた*]
―砂塵の街―
[塵に塗れて倒れ居る旧友をちらと見遣る。
街の乾きを潤す如き有体が、然し『否』と
――贄の肩代わりでないと聴いたその意が
耳の奥へ残る。ゆっくりと、視線を戻す。]
…
[薬包含むサンテリの様子には面持ち曇るも、
薬効の廻りゆくと思しき間も声は遮らない。]
ん。… ん
[渡すのはひとつ、ふたつとごく浅い頷き。
声でなくとも言を継げるはずの手は握って]
[つられ、感じる息苦しさに目を細め――
軽業師は、ふと
真っ赤な相手の目から
唐突に僅かだけ上へ視線をずらすと
サンテリが剣携える逆方の脇へと疾駆した。]
[尋常ならざる剣速に幾度も断ち割られそうになった。
踏込む折は剣の遠心力が乗切らない柄元、その直下へ
軸足を置くよう薄氷上の立回りをしていた軽業師は、
場が預けられるらしきへ、ひそり黒い呼気を漏らす。]
[声に気を逸らすと、先ごろまで塵に突っ伏した儘
絶えゆく様相だった旧友がもう身を起こしていて。
…カリ、と軽業師は苦く馬銜を噛む。
あてどなき復讐の執行人と、定まらず彷徨う旧友と。
どちらの視線をも此方へ向けさせることは躊躇われ、
双方に警告を示さないまま――屋根上へ身を翻した*。]
[軽業師の道化た衣装はところどころ裂けていた。
常はふたつ揺れる帽子の尾も、左は先端がなく。
垣間見える傷口の黒い滲みは、流れ出すほどもない――
が、馬銜の片側はグルメットが壊れ鎖が垂れている。
剣の柄尻で横面を強かに殴られたのが最大の痛手。]
…うー
[盛大に切れた、口の中。
いってえ、と言わんばかり漏らす声は面白がる態。
コールタールと血反吐の混ざった唾を*吐き捨てる*]
― 挿話・秘された研究所の… ―
[――其処は、床も壁も緑一色に彩られた部屋。
安心させようとする意図の見え透いた、配色。]
…痛い?
『いたくない』
…痛い?
『いたくない』
…痛い?
『…いたくないよ』
[部屋の中央には、
二つの人影が向き合って椅子に腰かけている。]
[短い問を向け続けるのは、道化たなりの青年。
回らぬ舌で返答するのは、白い貫頭衣の青年。]
…ん、なに
[ふと、道化の青年が扉の方へ視線を向ける。
――扉は細く開いている。
其処から室内を覗く陰、艶やかな銀の毛並み。]
ベルンハード
ひとり?
… そんな はずないか
[コツリ、床を踏む足音。遅れ来た態の人影。
癖と思しき手つきで、先に居た銀毛を撫ぜる。]
もう終わるよ
[視線を戻しながらの声に
頷いたのは…誰だったか。]
[白い貫頭衣の青年が、狭い卓に載せている腕は]
[…捲った生皮を大小の鈎針で捲った切創、
尺骨に沿って切り開かれた筋繊維の狭間に、
剥き出しの神経を、毒虫にかじらせるさまを晒す]
[過日の記憶。]
― 挿話・秘された研究所の… 終了 ―
―祭壇近い双子ビル・中階層の梁上―
[マティウスの感知から逃れ得ぬだろう熱源は、
今は祭壇見下ろせる双子ビルの中階層に在る。
かつては看板が設えられていただろう
梁上へと、傷癒えぬ軽業師が屈み居た。
ひとり口を開けば、鎖の片方千切れた銜は垂れ]
…さすが、
商売人は どちらさまも物見高いらしいか
[騒ぎ起こる地上でなく、周辺のビルを見上げ
屋上の縁へ見え隠れする見物人等を眺める態。]
[立膝へ片頬杖をついて見渡すと、
見知る姿も幾つか見受けられる。
先刻の立ち回りで気怠い身の休養も兼ね、
そちらへは向かわずに肩を竦め静観する*]
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