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― 昨日 休憩室 ―
[どこかで聞いた、懐かしい歌がテレビから流れている。
あの歌は誰の歌だろう。テレビ画面をじっと見ようとすると、子供たちがその前を楽しそうに駆けていった。
ふふ、と笑うと、そのままぼんやりと歌を背景に、子供たちを眺め続ける。
と、隣の男性が、感慨深げにこちらに話しかけてきた。]
ええ、孫はわたしにもおりますよう
何人かいたけれども、みんなそれぞれ大きくなりましたねぇ
昔はよくみんな家に遊びに来たものだけど
でも、孫はそういうものでしょうねぇ
みんな立派になって、嬉しいですよ
[ちなみに同居していた長男の子供も、大学生となり、朝はご飯も食べずに部屋から直接出かけていき、夜は自分が起きているうちは帰ってこなかった。
ここに入った時、一度だけ家族で見舞いにきた。
他の孫も含め、もう、孫の顔を本当に見ていない]
子供は、いいねぇ…
私もそう思いますよ
[子供たちを通り越すように、ぼんやりと遠くを見て少し微笑んだ。
孫が14歳、という話には]
あらあらまあまあ
じゃあまだまだ小さいねぇ
可愛がってやりなさいな
可愛がってやれるのも今だけですよう
[今度は男性の顔に視線を向けて、微笑んだ。
しばらくすると、彼はこちらに軽く頭を下げると、立ち上がって去っていく。
こちらも彼に頭を下げた]
― 朝 ―
[朝日が部屋を照らし、いつもどおりに起きた。なんだか、心が晴れ晴れとしている]
あぁ、きたんだったねぇ
[机の上にあずきの袋が置いてあった。
昨日、部屋への帰りに職員からもらったものだ]
今日は、そろそろおしごとしなきゃだよ
[よしっと気合を入れると、朝食の準備に入った]
― 部屋 ―
[日のあたる部屋の中で、無心に、かつ丁寧に縫い目を作っていく]
いいねぇ
[昼頃、お手玉が、ひとつできた。
茜色と紫のちりめんのはぎれをあわせたものだ]
これはくるみちゃん用だね
おばあちゃんは、これにしようかね
[また別の、山吹色のはぎれを取る]
こうすれば、2人であそぶときに一緒になってもわかりやすいからねぇ
[ちくちく。静かに縫い始めた。
この調子なら、明日には最低でも2個は完成しそうだ。
明日はロビーでくるみちゃんを待とう。
きっと明日も今日みたいに日が出て、特等席も暖かいに違いない]
雪も、溶けてしまうかねぇ
[ちらりと窓の外の少し溶け出した雪を見やった]
― 夕暮れ ―
[2つ目が完成したのは、太陽も沈みかけた頃だった]
やっぱり若い頃に比べると、仕事がおそいねぇ
[目も指も、思ったようにはいかない。
それでも、できた2つのお手玉を見て、表情がほころんだ]
多分、くるみちゃんもあと2つは欲しいっていうよ
ちょっと準備だけしとこうかね
もう若くないからねぇ
[呟きながら、外を見る。
沈み行く太陽が、最後の光を地平線に広げている。その様に自分を重ねた]
[明日も、明後日も。
ずっとこんなふうに、ただ老いていく日々が続くのだろう。
自分は、病気の子供たちを妬むような人間だ。
病気なのだ。辛いだろうに。苦しいだろうに。
でも、彼らの目の前に広がる景色と、自分が見ている景色と、どんなに違うことだろう。
もしも、願いが叶うなら…]
夢だね
[薄暗くなった部屋で呟いた]
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