[それは菊子と若葉が連れ立って部屋を出る数分前の事。クルミは若葉と芳秋の痴話喧嘩を横目で見つつ]
結城センセー、それを言うなら「痴話喧嘩は水星人も食わない」ですよ。
[ちゃっかり訂正なんぞを入れていた。]
ふ〜ん、でもおかしいですよね。わたしが特選(以下略)を戴いた時には、見回り係の話も通じていたんですけども…。
[結城が携えた戦利品の赤福をしげしげと眺める。何処か釈然としないものがクルミの心の中を渦巻いていた。]
事務局長、物忘れでも始まったのかしら?
[指に付いた餡子を舐め取っていると、若葉を誑し込んでいた(?)芳秋と結城が放送によって呼び出され部屋を出て行く。
そして転校生同士ということで意気投合したらしい若葉と菊子も部屋から出て行くのを見送り]
そして誰も居なくなった…。なんて。
[季節はずれの天道虫に興味がなかったのか。クルミは一人残された部屋で古いファイルを取り出し、眺め始めた。]
へぇ、随分面白い記事…。
[クルミが取り出したのは新聞記事を切り取りファイルした物だった。
その内容は火星探査宇宙船「かなた」と「こなた」の打ち上げから始まり、こなたから送られてくるデータ、そしてかたなとこなた以降、火星探査は尽く失敗している記事までずらりと並べられていた。]
ニッポンの宇宙船だけ探査に成功しているって変な話よね。何か裏でも有るのかしら? ニッポンだけが火星人に賄賂を贈っているとか。
[まさかね。
そう呟きペラペラと捲るページの下、埋もれるように書かれていた【JINRO】の文字に、果してクルミは気付いただろうか?]
[残り一個の赤福を頬張っていると、前触れなく実行委員室のドアが開いた。]
えーと…事務局の人ですか?
[静かに入ってきた、見たことの無い人物に、クルミは目をぱちくりさせて尋ねる。]
[クルミの問いに、相手も不思議そうな顔をして尋ねてくる。
事務局とは何ぞや? と。]
事務局って…あれでしょう? ほら、見回り係…
[言った途端に相手の表情が曇る。ふとクルミの脳裏に先ほどの結城の言葉が蘇ってきた。]
『見回り係の名簿なんて存じ上げませんが?
手紙?何のことでしょう』
あの、おじさんはこの手紙に見覚えは…?
[近くに置いていた通知書を手渡す。
一瞬の間。
中年の男は首を横に振りただ一言こう言った。]
『学園ではこういう物は一切出していないですよ?』
[その後、訪問者は一言二言クルミに告げ、部屋を後にした。]
…一体何がどうなっているの?
[訳がわからないといわんばかりにソファへと座り込んだ視線の先には、確かに事務局から手渡された名簿が目に入った。]
事務局も無い、見回り係りなんて端から存在しない。だったらこの名簿は一体なに…?
[血糊で汚れてはいたが、まだ十分読めるようだ。クルミはその名簿を手に取りまじまじと眺めた。]
あれ? この名簿、この部分が何か…変。
[一部明らかに手を加えたような跡を見つけ、何とかもとの文字を見ようとするが、うまく見えない。]
んもう、肝心な所が解んなきゃ意味が無いじゃない…。
[机に投げるように手放すと、その拍子にそばに置いてあるお茶が名簿に掛かった。
あっと思ったのも束の間、怪我の巧妙か改竄部分が浮き剥がれ、元の文字が浮かび上がってきた。]
あ。マイナスがプラスになる事もあるのね。えーと…なんて書いてあるんだろう?
んー…? 第2期調査隊員候補生名簿…?
調査隊員って何処の調査に行くんだろう? てかうちの学校で、調査隊員募集なんて今までしていたっけ?
[増える謎に困惑しつつ、何か手掛かりになる記事はないかと、再びファイルを捲った。
と、そこでクルミはある一つの興味深い記事を見つける。]
ん? これって…今置かれている状況に非常に良く似ているんだけど…?
[そこに書かれていたのはとある噂話を纏めたもの。【JINRO】と名乗るスパイ集団が火星探査を妨害していることと、宇宙飛行士の卵を無作為に火星へと送り、労働力としているという話。]
見回り係と称して無作為に人を集めていたのも…。火星へと派遣するための…罠?
[そう考えると、何故自分達が集められたのかも納得いくような気がした。]
じゃぁ、この学校にも…いや、見回り係の中にも【JINRO】と名乗るスパイ集団が居るって…こと?
[ファイルから視線を上げ、電光掲示板を見つめる。そこには先程まで確かに名を連ねていたアンや銀水、芳秋、結城の文字はなかった。]
…四人の名前が消えてる。でも見回りは終わりじゃない。と、言う事は…まだスパイは居るってこと?
残された二人の内どちらかが。或いは二人とも…。スパイの可能性があるのかしら?
でも二人ともスパイだったら、何故連れ立って部屋を出て行ったのかしら? 単にわたしを拉致っちゃったら任務終了でしょうに。
ということは、森山さんか若葉さんの内、どちらかがスパイの可能性があるって事になるの…かな?
だとしたらわたしは…
[ぱたりとファイルを閉じ、クルミは立ち上がった。]
あの子を信じる。だから本当の事を教えに行かなきゃ…。
[ファイルを机の上に置き、クルミは実行委員室を後にした。
信頼する"彼女"に会う為に。]
間に合うと良いけど…。
[文化祭で賑わう校内で、クルミが目的の"彼女"と出会えたか否かは、本人だけが*知る未来*]