─墓碑群─
[白い墓碑に、赤白青の花が手向けられている]
彼女と同じ処に行けるといいね。
[ライデンの墓碑の前でぽつり]
[ルリの墓碑名に指を触れて黙祷する]
ごちそうさまでした──やすらかに、眠れ。
[赤い花に、ルリのピンクのリボンを結んだ]
さて──つつっ。
[黙祷を終えて、目を開こうとすると、左目にじん熱が走る]
[しばし目を押さえて収まった頃、恐る恐る目を開く──と]
[左目にだけ、無数の影が、見えた]
[左目を閉じると、そこには見慣れた景色が]
……。
[ややあって両目を開ける]
びっくり。
影が見えるんだけど……?
[カナメから『機器不良?』と返されて、ぷっと噴き出す]
ハニーには見えない……?
左目は生身よ──受信部やら接合部は知らないけど。
ま、不良でもいいかしら。
[楽しそうに笑うと、管制室に向かって*歩き出した*]
[扉の前に立つと、ギィ……ギィという微妙なきしむ音を立てて扉が開いた]
[緑の匂いが漏れ出て来る]
まるで開けゴマね。
──……!!!
[闇の中に浮かび上がる人型のシルエットを見て、硬直した]
な……死体……標本?
本物じゃあ無いわよね……テンマさん……悪趣味な。
[しかめ面で、テンマ標本をつつく]
[樹脂らしき表面は堅いまま]
[月明かりの照らす室内をゆっくりと見回す]
[目に優しそうなアイボリーで統一された室内]
[かつては、機能的に、清潔に使われていたであろう──]
植物園?
[リノリウムの床を割り、機器を傾かせ、空に──天井のガラスを割り、天に伸びているのは大きな木]
[あんまりといえばあんまりの状況に、しばし口を開けて見上げてしまう]
『エコです』
[脳内ではなく、背後から実際に聞こえてきた声に*振り返る*]
……エコ?
[思いっきり『うさんくさい』と書いてある顔だった]
『……ec……ologyです』
[ノイズの混じったカナメの回答に、沈黙が流れた]
[ペケレの視線の先には旧式のスピーカーがある]
まるで21世紀の人類のように、どうしようもない冗談ね。
明らかに自由奔放に育っているし。
今なら冗談だごめんなさいって言えば許──
『ごめんなさい冗(ry』
──す訳ないから。
9人亡くなっているわけだし。
[そのうちの、少なくとも3人は自分が直接手を下したとは言わずに]
ライデンのいうところのゲーム……その理由くらいは説明してもらえるかしら。
だいたいカナメは……ここの管制管理システムよね?
[枯れ葉やら土がこびりついているコンソールを見つめて続ける]
雨ニモマケズ風ニモマケズ──丈夫だこと。
説明は不用よ。津島要の記憶だけでは、私の知りうる知識を補えない。
ここを監視し続けている情報を、私が拾ったと考える方が自然だわ。
『……』
いくら古いとはいえ、論理式くらいは知ってるのよ。
[カナメの沈黙に、冷静に答えた]
なぜ眠っていたの?
なぜ目覚めたの?
なぜ忘れていたの?
なぜ手向けるの?
[カナメも静かに答えた]
『眠るべき人が眠り、目覚めるべき人は起き、忘れたい記憶は遙か遠くに、生きる人が必要だから手向けた』
……。
[少し考え込んだ]
……なるほど。
[明らかに分かっていない、平坦な声]
[<18>分後]
これを動かせばいいの?
[壁際に置いてあった天球儀を弄ぶ]
[天球儀に描かれた星たちが、天井に像を結ぶ]
……ずれてる?
[映し出される星図と、窓に浮かぶ星たちがずれているのを奇妙な顔で見つめた]
『北極が西に(09)度ほどずれています』
[簡単な説明は、地軸が傾いたということであった*]
[プレーチェを見ていた]
[ごめんなさいとか、そういう言葉は口をつくことはなく]
[じんわりと胸が熱を帯びる]
記憶は記録……過去が積み重なったもの。
ここには、あなたが居る。
ありがとう。
『命を食べるということは、結ぶこと』
[スピーカーから擦れた声が響く]
『遠い昔、世界の結びつきがすべてほどけた──』
[カナメが語る話は、遠い神話のように聞こえた]
[開けない夜、続く冬]
[大地は分断し、人は散り散りになったという]
[ここに眠るのは未来に希望を託されていたもの]
ノアの方舟。
[カナメの話を聞いて出てきたのはそんな言葉で]
……私とか混ざってる時点でどうかとか……。
[世界のほころびが見つかって、ほどけ始めたのはあっというまで、コールドスリープマシンの製造が間に合うわけでもなく、その時代、すでに眠っていた者たち、間に合って入ることを選んだ者たちがここに運ばれた]
『ここだけではない、他にもありましたよ』
どうしているのかしらね。
私たちが目を覚ましたということは──もう出ても、大丈夫なのかしら?
『……恐らくは……』
[カナメは生態系は変わっているであろうということを告げた]
私は行くよ。
第一の鳩にでも何でもなってやろうじゃない。
[ガラスを突き破る樹を見上げた]
[空に浮かぶ知らない星座]
[笑みが自然に浮かぶ]
?
[視界の端に入ったガラスケースには、綺麗なウェディングドレスがあった]
[表面についたほこりを払うと、まだピンが着いているのが見える。縫いかけらしい]
『ビゼさんが作っていました』
『このドームを閉じた方々です』
……着ることはなかったのね。
[細かな刺繍を寂しげに見やる]
『ビゼさんが亡くなった後、所長がここに納めました』
……これは?
[厳重に鍵を掛けられた本を見つける]
『日記帳です』
……。
[こんなやりとりが、あと<14>回は繰り返される]
[先ほど見つけた鍵の付いた本を、レンが必死になって開けようとしていて]
大切な、何かなのかしら?
もしかしてレンの日記、とか?
[盛大に勘違いをしているようだった]
……でも、どうやって開けるんだろう……透けているのに。ね。
[首を傾げつつも心で応援する]
[ぱらりと日記を開いた]
『×月○日
今日は戦隊ショーの悪役をやる。
後でスタッフの人に「いい声だったな」と褒められる。
……早く立派な舞台に立ちたい。』
[何も言わずに日記を閉じた]
そういえば、素敵な所長さんは誰なのかしら?
『"私"ですよ』
[それは予想通りの答えでもある]
テンマさんの標本を置いたのはなんで……!
[けれども、そこは突っ込んだ]
『秘密……です』
[返って来た答えに、むっとした顔をして、自らコンソールを操作し始める]
まだ眠っている人が居る?
[出てきた計画書には、数人数ずつ目覚めさせ、現状を理解させた後、"外"に送ろうというものだった]
まだ建物の下に眠る人が居るということ。
そして、自分たちより先に目覚めた人が居ることを示していた]
[その中に、テンマの名前があった]
『当時の方々はすべて眠っておられます』
[墓碑群を思い出す]
[白い扉の向こうに眠っている人たちが居る]
思い残したことや、会いたい人が、居た……?
[風が日記帳をはらりとめくる]
[目に留まった単語に、ひっかかり、読み進む]
[途中、日記を抑える手が震える]
ライデン……こんどこそ、彼女の元に行けますように。
[丁寧に日記を閉じると、もう一度、鍵を掛けた]
[日記をライデンの墓碑に備えた]
まだ、目覚める人が居るのね。
ねぇカナメ。
目覚めた時に──みんなと、世界とつながっていたらいいね。
誰かと、手を繋いで、ずーっと一緒に居られれたらいいね。
その身が安らかに眠るまで。
[まるで祈るかのように目を閉じた]
『行きますか?』
うん。
『誰かにあったらその人を食べてしまうかもしれませんよ?』
……その時は、その時。美味しく頂きます。
[くすりと笑って、右手を差し出した]
ここの座標を刻んで頂戴。
私が死んでも、ここの場所を知ってもらえるように。
["情報"が右手に刻まれる]
[そして部屋に戻り、カメラといくつかの荷物、準備を整える]
じゃあ。行ってきます。
[明るく手を振ると、青い空を見上げて、歩き出した*]