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[使者から応えもなければ、重ねる問いもなく。
遣い手はアルマウェルから小鍋で茹だる腸詰めへ
視線を移した。彼が取り出した刃は狼が見ている。]
まだ茶を煎れる気でいるのだな。
気を遣わせんように、火を塞いでいるのだが。
[声は頷きながら、レイヨへと渡す。小屋の主が
茶を煎れるための湯を沸かす様子に小鍋は避けて]
そうかね。 …殺せていたならいい。
[カウコのことを確認されみじかく返答をする。
狼たちは、物音に耳は動かせど視線は揺らさない]
[白蛇は、ひとの言葉を解さない。鎌首が、ゆらり]
…肉ではないな。血だよ。
[レイヨが差出すカップへ遣い手は手を伸ばさない。
火かき棒の逆端で小鍋に茹だる腸詰めを引上げた。]
そして、あんたはあたしが
「誰」に会いに行ったかちゃんと聴いていたのだ。
[手の中へ収まる程度の大きさの綱切りナイフで、
腸詰めの端をぶつりと切ると――透ける小腸から
熱く赤黒い塊…茹でた血がぬめと溢れ出てくる。]
「何」はない話だろう。
話をしに来たのではなくて、群れの頭として
話が出来る相手かを知りに来たのだ、若先生。
[調理の手法としては――馴染みのものだった。
男らが、狩りへ出る前に好んでトナカイを潰し作る
血の腸詰め。口元で器用にナイフを使い齧りとる。
それはケーキ地のようにやわらかく、血の臭みは
香ばしいものへと変化している。溶ける脂は甘い。]
…赤マント。
寒いのだが、そこを閉める気はないかね。
[遣い手は、未だレイヨが差し出すカップを取らず、
扉前で得物を構えるアルマウェルへと声をかける。]
――何なら、もう二、三頭
中へ入れて部屋をあたためるか。
[警戒する使者の背後――微か雪踏む複数の気配。
低く唸る狼が数頭、彼の後ろへうろついていた*。]
[誰の何へ応える間もなく、レイヨの挙動が
苔生した屋根の端ごと崩れる雪崩を誘発し――
遣い手も思わず目を瞠り火の傍で腰を浮かせる。]
――… 、…っ? …さがれ!!
[飛びかからせた狼が、使者たる男が振った刃の
一閃に、胸へぱっと鮮血の赤を散らした瞬間も
顔色を変えなかった遣い手が、鋭く声を上げる。
アルマウェルの左肩へ深々と爪を喰いこませた儘、
赤茶色の狼は雪塊と石屋根の欠片に呑み込まれた。]
[小屋の中へも、内へも舞い上がる乾いた雪煙。
いつの間にか窓辺に配していた狼たちが寄り添う。
もうもうと立ち込めるそれがやがて晴れる頃には]
…… そんな閉めかたが、あるか…
[埋まった入口。――遣い手は、低く喉奥で唸る。
アルマウェルは、倒れ伏す態で、重い雪と瓦礫と
赤茶色の狼の死骸とに埋まり…僅か、刃握る儘の
片腕と、胸元から上だけが積雪から覗いていた。]
ツケとやらは溜まる一方らしいが…
癒せぬかね?
[遣い手は使者が入口を踏越えた瞬間に襲わせようと
薬草籠の間に隠し伏せていた狼を立ち上がらせる。
ゆるゆると息を吐きながら、求道者を見遣り―――]
探すもせなんだからには、
まじない師が誰だったかなど、とんと判らんが…
あんたが学究の徒に見える、のは今でもだ。
少なくとも、あたしらには未知の病…
[雪煙が室内を撫でた後であれば、灯した火も
消えかけで。しろい呼気を吐いて遣い手は言う]
街から医師を呼べば、その次は役人が来る。
学者が来るぞ。薬屋も来るな。
流行り病となると、しばらくは
遊牧の商いも成り立つまい――
ずるずると、
やってくるのは文明の波となるわけだ。
ウルスラ先生は、望みだったのだがね。
気づいてくれるかもしれなかった、病の件に。
その可能性が、長老さまのまじないに拾われて
…生き残れなかった…。
…ひとにとっては、必ずしも
滅びではないのだろうけれどな。
けものには、違う。
流れ流れて辿り着いたあたしには、違う。
[――窓外に、ちらちらと松明の灯りが過ぎる。]
[松明を持つ村人たちの様子に、凍る湖上の祭壇へ
ドロテアを捧げた折のような躊躇いは窺えない。
おおかみの届かぬ屋根に上った村人たちが、
狼遣いを小屋諸共焼こうと火矢を用意し始める]
…
ああ。
長老さまは…「癒す」おつもりのようだな。
…
あんたが「変わらない」と言ったのは、
レイヨ。
変われないことへの方便だったのだな。
[手伝いを求める求道者へはそう言い落とす。
埋まる者へ歩を寄せると、ぎ…と床が軋む。]
…。では、選んだままに。
せめて、けものの性で。
儘にあじわって―――愉しむ、さ。
わざわいの先触れたる我らが潰えるなら、
そののちの「望み」…そういう意味だ。
けものの理にひとの理でもって
つきあってくれる必要はないよ、若先生。
[抱いた望みの小ささ故に、遣い手は話を切る。
確かめることが出来るのは重ならぬ性(さが)ばかり]
歩まぬレイヨ、と呼ぶ訳を
言ってしまわねばならんかね?
[車椅子の脇をやわらかく踏んで進み出るのは、
遣い手の傍らへ添っていた一際大柄のおおかみ。
半ば生き埋めとなったアルマウェルの乱れ髪を、
襟元をすこしの間くんくんと嗅いで――――
ぞぶり。
アルマウェルの肩口へと牙を深々うずめた。]
…引け
[本来ならば、告げる必要も無い下知は短い。]
引っ張り出して、生きていたなら
手伝ったことになるのだろうよ。
[瓦礫混じりの雪のなか、使者の全身は果たして
如何なる状態だったか。引出す力は*容赦ない*]
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