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[強く強く。
腹部へと死した首を押し付ける。
肉がひしゃげ、皮膚が裂ける音と共に、ぐちゅりと粘性の音を響かせ別の個体であったはずの首は女の腹部へと溶けあい、混じり合い融合する。
そうして――……]
[――蝮の娘。
それは、施設がまだ少女の面影を残す頃に女に与えた名前。
幾度となく古き皮を捨てて新しく生まれ変わる蛇を不老不死の象徴だと盲信した者の手に寄り、人と蛇とを掛け合わせた融合体《キメラ》である事を知る者は少ない]
ああ……でも。
この子を産み直すには、足りないわ。
命が、足りない……。
[腹をさすりながら思うのは賞金稼ぎの女。
何度かの性交の合間に産み付けておいた蛇は、その身体の中でまだ生きているだろうか]
[意識を集中させれば、有翼人の発した大いなる光に照らされ、その表面を焼かれた賞金稼ぎの身体の内部で、蠢く分身の存在に気づく]
生きていたのね、良い子……。
[サーディがまだ生きている間に、蛇の中に蓄えさせていた命がまだ健在であることを知り、紅引く唇が口端をあげる]
戻っておいで、私の可愛い子供だち。
其の身に蓄えた命を、母に渡してちょうだい。
[その言葉を合図とするように、死したサーディの身体が一瞬震えると――]
[サーディの下腹を食い破り、飛び出す無数の蛇]
早く、はやく……。
戻ってきて、私に命を――……。
[歌う女に誘われるように、蛇たちは一斉に駆けだす。
寄生した宿主の命を女の元へと届けるために**]
俺は不真面目に生きている。
唯、不真面目に対して、真面目なだけで。
[返す言葉は、もう自分以外には聞こえぬ響き。
ゴム底のブーツの踵を鳴らし、同じく慣れた夜街の闇へと溶けて行く*]
沢山の音が聞こえる。
[其れは、生贄の少女に投げかけた時と、
同じような響き>>0:7を持っていた。
砂塵の街で、ほんの少しでも異常な状態を見つけられれば、皆集い、手に手に武器持ち向かうかもしれない。]
― 街の地下 ―
[腐るゴミ溜めの中。
汚れた生命はコンクリートに囲まれた暗い地下深くにも。
むしろ、弱者ほどここには溜まろうか。
その中に隠される『カレワラ』の武器庫の一つを、対異形のもの用にと開放するよう双子の使いに指示を出す。
拳銃やナイフ。ライフルや手榴弾、あるいは火薬。さほど高い威力のものも無いが、数は多い。
とはいえ、先代の後に長く使わなかった場所、どの程度現役に使えるものがあるかは知れないが。]
……っタク、とんでもネェ親父ダナ。
[それが弱者に持ち運ばれる様を少しだけ眺め、その場を後にする。
跡継ぎは、これを先代がどのように集めたのかも知らなければ、何の為に集めたのかも知らない。
重要だと、誰にも渡すなと、
死ぬ前に手渡された暗号で書かれた資料の内容は、解読の一枚目『研究所』の単語までで挫折し、ボロボロの店の奥、隠し扉の中に埋もれるまま。]
[街を奔る無数の蛇の集団や、有翼人と街の賞金稼ぎの衝突、熱孕む屋上庭園の在ったビル跡、そのどれも人の目を引くには充分な物だろうか?
街に精通する『情報屋』なら、容易く掌握出来る類の情報だろう。]
―庭園の在ったビル―
だったらなんで、そんな…
[言いかけた折、手を掴まれた。
忽ちの白煙、皮脂と皮下脂が溶融する臭い。
祭壇を遠くから見ていた折、相手がベルンハードと
行動を共にしていたらしきを思い出し…唇を薄く開く。
或いはあの少年の稚気に影響されたのだろうかと]
…そうかい
…うん?
[完成品。
僅かに尋ねる気配させるも、言は次がれ]
…マティウス…
[項垂れる姿に、熱い手は引けず。]
お嬢ちゃんひとりには、
殺しきれない …か?
[軽業師は、独り言めいて呟く。
想う。翼と誇りへつけた染みの…
先刻外した帽子から出し、片手の中に
残っていたコークスを"全て"口の中へ]
…なら
―― 俺のとこに おいで
[ヒュウ…][自らの意志で細く深くする、呼吸。]
そうだな
…行く場所はもうない
[戻る途上で出会ったカウコが浮かべた敵意を想う。
前髪をかき上げる。熱で纏う陽炎も揺らぐ。
実験体でもない男の額に、赤い徴――友誼の証。]
ないから
[実験体のリストにNoDataの欠番が一つ在るのは、
ベルンハードの「にいさま」の、粋な計らい。
俯く旧友の面を素振りにて上げさせて、
徴同士を合わせる態で額を寄せる。]
俺の思い出になって
[鋼をも歪める熱さ宿す身、その額を]
[ぐ、と押しつけようとする力に籠るのは、
旧友の前頭葉を灼き潰そうという 意志。
誰をどれだけ痛めつけようと、旧友の脳だけは
道化た男が、今まで手を出したことのない領域。]
… 一緒にいて
[脳細胞が再生するかは知らず、彼の"情動"は
それだけは、己のものにして連れて行く と]
熱さと 痛さの境を
[喉笛。ざらつく声は吊縄を甘く引く響き。
間近な息遣いは、喘ぎ混じりの…――――]
俺に教えて? …
[破いた衣服を縒った縄で自縊を試みた彼へ、
縄を切った男が、視線合わせて囁いた記憶。]
[無数の傷口を塞いでいたコールタールが
融けだそうとも道化ぬ男に厭う気配はない。
が――街人の気配が建物の周囲を浸し出すと、
軽業師の男は両目を細め…じわり身じろぐ。]
… マティウス
[拒まれたなら拒まれたなりの、
容れられたなら容れられたなりの別れ方がある]
― 砂塵の街 ―
[地上は、闇の過ぎ行くのを待つ常とは異なり、寒々しい夜を奇妙な熱に支配されているようだった。
街の中の幾つかの『目』や『耳』によれば、激しい幾つかの衝突を知る。
有翼人と賞金稼ぎの対立の結末には、優先的に手伝うべきだったかと、退治失敗に僅か臍を噬む。
そのうち、蛇の群れや屋上庭園の崩壊は明らかに異能が関っているよう。]
やれやレ。騒がしイのは嫌いジャないガ。
……異能相手ニ気軽にどんぱちやれるホド、命知らズでも無いンだがナ。
[店に戻れば、独りごち。
しかしそうも言ってはいられないかと、普段のナイフばかりの軽めの武装に、ポーチにはグレネードや手榴弾を詰め込んだ。
それから、一振りの凹状に湾曲した刀身を手にし、合皮の手袋はその握り具合を確かめて。]
……まずは――……
[賞金稼ぎの遺体でも拝みに行ってみようかと、熱帯びる街へと踏み出した。]
[周囲の、食餌した者の、影響。
其れは具わる能力ではない。
対象の脳の摂取による影響は、あの隔離され汚染したとされた『檻』の中で、一つずつ遺体を喰べる中で裡に育まれたもの。
一人きりで鎖された中、もの想いする―――ただそれだけの、心であり能力ではない。]
『あれ』呼ばわり?
[ぽつり、投げかけ。]
死にたい訳じゃない。
疑問に対する答えが欲しい。
[延々と続く実験環境であるが故に狂気が常態であった。だが、やがて裡に正気を育んだ。生きる為が故に常日頃意識は活性化する事はしない。]
[「炉」の温度が更に高まり、男の髪が気流で逆巻く。
赤い徴は研究施設の刻印。細かな意匠。
包み込んでいた手がゆると上下に動けば>>39、男の両手から炭化した皮が落ちる。]
この世界で、
もしも生きる意味があるなら。
[額をちりちりと焦がそうとする熱。
「押し潰す圧」の意志は容易く察せられ、
けれども、受け入れながら男の意識は身を引き受け流された。凹みの容から、片方の出っ張りを後ろへ押し出し、滑らかな斜辺で「圧」を流すように。]
[両手が崩れる前に、火脹れだらけの手は離された。
ざらつく声や、息遣いは、掠れて甘ささえ感じさせ、
妙齢の少女なら幾らか心をときめかせもした事だろう。]
レーメフトとなら生きたいけど、
死にたい訳じゃない。
誰かの代わりに殺されたい訳でもない。
[生贄の苦痛長引かぬよう生贄の少女を殺そうと無意識の選択をしても居たけれど。]
誰かの為に、
命を棄てるなら、
生きようだなんてしてない。
[綺麗な死に方や、呆気ない終わりを受け入れる過去は既に歩んではいなかった。喩え、もがき苦しもうと、幾つもの遺体とその思い出を犠牲にはしきれなかった。
喩え彼等の想いが、男の意識と記憶を混乱させようとも。]
[周囲の殺意ある視線に抗する為にか、
軽業師から僅かに距離を取り、ぱらぱらと炭化した皮膚と肉落ちる手を緩くあげる。]
まだ、思い出にはなれない。
[喩え、永劫荒れ地をゆこうと。*]
―街路―
[遠巻きなざわめきの中、しばらくは天を仰いで倒れていた。
異変に気付いたのは、聞こえて来た異様な音の所為]
[動かなくなった賞金稼ぎの腹を喰い破り、それは現れた。
天の楽園からは追放された、邪なるその生物の名は蛇]
ひっ……
[喉の奥から悲鳴を漏らして、まだ出血も止まらぬ体を必死に動かす。
蛇はこちらには見向きもせず、何処かへ引き寄せられるように這っていく。
動かぬ身を容易く越えられる障害物と判断したか、ぬめぬめとした感触が幾つも体を横断した]
来るんじゃ、ないわよ……。
[体の上の蛇を払い除け、立ち上がる。
持ち上げる事の出来ない左脚を引き摺り引き摺り、その場を離れようと。
白かった左の翼は、ゆっくりと真紅に浸食されつつあり、とても長時間羽ばたける状態ではなかった]
[闇に飲まれる砂塵の街を照らすのは、むき出しの電光や、原始的な松明の灯り。
ずるりずるりと地を這う蛇の行方は、どの『目』が追っていく事か。
戦いの跡地には、僅かながらも遠巻きに眺める弱者の姿がちらほらと。
先人切って飛び掛るものが見えないのは、相手が天よりの使いのようでもあるからか。
そこまで辿りついた情報屋は、まず賞金稼ぎの様子を見やる。
転がる蛇の卵となった女は、あまりに赤く。
遠目からでも明らかな死を感じさせる無残さ。]
[臆病者共の脇を抜け、腰鞘のククリナイフに手をかけ、ただし牽制に見せ抜く事はせず。
その場を離れようとする有翼人へと言葉を向ける。]
……飛べるノカ。
[以前に見た白い翼は、痛々しい赤に染まり。
まるで罪を犯し堕天でもしたかのような、それ。]
[―――その瞬間。]
[男を横殴りの衝撃が襲う。
誰かが、爆弾を仕掛けたのだろう。
崩れていたビルの横が吹き飛び、男の身体が瓦礫と共に、吹っ飛んだ。
軽業師が如何なったか定かではないが、
男と分断された形であるのは間違いない。
爆縮を行えば、ビルが内側へ倒壊した筈だが、それが無かったのは、その計算が出来る者が居なかったからか。]
[いつしか蛇の大群も、その場を去ってしまった。
翼を穿たれた有翼人は、地を這うよりも鈍く歩むことしか出来ない]
…………
[その足も、ぴたと止める]
見られ、てる……?
[姿は見えずとも、突き刺し、或いは纏わりつくような視線を肌に感じる。
遥かな高みにあった時には、気に留めることもなかった視線]
近付くな……卑しき地上人ども……。
[低く、唸るような声で視線の主を遠ざける。
或いは、地と瀝青に塗れても尚、その姿は天よりの使者と見えていたのだろうか]
俺ハこの街の一住人サ。
[警戒しながらも、卑しき地上人に丁寧に応えてくれる優しさに、内心の苦笑は貌にも漏れるか。]
飛ぶのガ有翼人であるとイウのなら。
見世物小屋に売ってモ、今ノあんたニ価値は無さそうダ。
[歪められた笑みに、小さく肩を竦め。
ゆったりと、蛇這うように右手の指先がナイフの柄をなぞって見せる。]
なア……アンタは、この街に、何故来たンだ?
そうね……見た感じ、化け物ではなさそうだわ。
[相手の苦笑に気付けば視線を険しくするが、まだ弓を引く事はしない。
肩を竦め放たれた皮肉にも、激昂はせず]
それは良かったわ。
あたしには、この腕が動く限り、やらなきゃいけないことがあるから。
[賞金稼ぎにより斬り裂かれた場所が、腕でなかったのは幸運であった。
腕が動く限りはまだ、『此処にいる』理由を作れる]
あたしは、聖痕を与えられた。
選ばれし者、力持つ者の証として。
[自分でも驚くほど、饒舌に答えを返していた]
聖痕を持つ者は、地上へ降りねばならない。
楽園を穢されぬよう、穢れた者らを浄化するために。
でも――あたしは穢されてしまったわ。
だから、もっともっと浄化しなくちゃ!
[弓を左手に、矢を右手に、天を振り仰ぐ。
弓矢を番えてはいないものの、その動作は警戒する相手に如何なる印象を与えたか]
もっと穢れを祓わないと、あたしは天に帰れない――!
[口と目を大きく開いた、その表情は果たして笑っていたのだろうか。
――内心では気付いていた。
地上に降りて戦えば、必ず何処かで傷《穢れ》を負う。
つまり、自身に与えられた使命そのものが――]
…―――…はっ、
[空気の塊を肺から押し出す。
腹部が重く熱い。口元から溢れるのは血液だろう。
音が聞こえる。喜び、歓声、興奮の]
うぅ……―――〜〜〜〜〜〜
[皮が再生し切っていない血濡れの指先を、側頭部から片頬にかけて押し当てた。もう片方の手が、ぬめりと這う何かに触れる。躊躇わず、掴んだ。―――…蛇だ。]
[いっそかき口説く態の素振りは、
身を引く旧友の身こなしに遮られた。
軽業師が僅かに目を瞠り口を開くのは、
正気づいてもの言うマティウスのさまへでなく
――「前頭葉のみ」を灼こうとした
己の意志が相手に「生死」を口にさせたこと。]
…
[ヒュウ… 喉鳴りを弱めながら、
軽業師は旧き友の言葉に耳を傾ける。]
[二度ほどにまりとばつが悪そうに頬を掻く
道化きらぬ仕草もあったが――爆発は突然。
応えもなにもなく、邂逅は引き裂かれた]
[屋上庭園の在った建物を跳び出すと同時、
軽業師は空中で2つの手榴弾と擦れ違った。
陽炎の中を通過する其れが爆発する猶予は、
其れを投げた中年の男の思惑より早かろう。
飛翔する先に居るのは誰あらぬマティウス。
視線のみで気にしたばかりで…正面へ跳ぶ。
走れば常の疾さは望めない――
跳躍した先に見えるのは、
瓦礫の陰へ屈み込もうとする酔いどれ男の背。]
[手榴弾を投げたと思しき彼の背へ片手をつく。
其処で身体の向きをぐいと変えれば僅かに沈む。
直後飛来する1ダースの銃弾は、酔いどれ男を
援護するものでなく異形を彼ごと射殺するための。]
ハ、…えぐいね
[ミチミチと焼け窪んだ脊髄の糸を引きながら、
低い宙返りで逃れる、
――否、逆方へ待ち伏せる他の一団を奇襲する。]
[警告と怒号、銃火器を構える音は
言葉も動作も完結することはない。
口腔へ灼熱の拳を叩き込む。
喉仏を摘み炭化しきらぬうちに引き千切る。
油の染みこんだ作業服は掴んで火だるまに。
火炎瓶を持つものは、
間近を駆け抜けるだけで事足りる。
粗悪灯油の引火点はせいぜい50℃――破裂、炎上。]
[握力は健在だが、身に抱く炉熱の高さゆえ
掴むアルミニウムの窓枠は容易く融けて弾ける。
火花に片目を眇めつ、狙撃を避けて高さを得る。]
…ッ、かは――
[胸板から脇腹へ大きく抉れた傷が引き攣れ喘ぐ。]
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