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― 双子ビル・中階層 ―
…喰いはじめたかア
[捕食者たちは、群がって儀式を朱に塗り潰す。
口唇の端から黒煙流す儘、軽業師の男が言ちる。
惨状を望む、街の意志めくうねりを見る心地。]
出遅れた奴は、待ち構えられて
デザートにされちまいそうだね?
[梁の上へと立上がりながら、遠くを見遙かす。
デザートと言いながら口にするコークスの塊。]
そろそろ、かな
[人の流れと来し方と――
引揚げ屋を営む奇人は、行先を定め動き出す。
常ならば出入りに難い場への侵入も易いこと。]
腹が膨れたあとは、さて…
みんな何が欲しくなるやら だ
[――妖艶な蛇が、手管を凝らす。
ちらつかせた封筒と其の肌、どちらが白いか。
ふ、と籠る男の吐息は黒く澱む色を憚るよう。]
…
[応えせぬ間にも、被せるような誘惑の言。
片腕で窓枠へぶらさがった儘、軽業師の男は
しなだれかかる娼婦の太腿へ掌を這わせた。]
[遠慮のなさは、擦れた女にも伝わろう。
蛇めく彼女の鱗を探すに似る手つきが、
太腿から昇り骨盤のかたちを確かめて、
緩く甘く腰裏を摩りながら窪みを降りる――]
[柔く身を揺らして、するり
隣家へ跳ぶ足場、それだけのはずだった
宿の庇下、其の部屋へと――滑りこむ。]
骨でも 抜いてくれるのかい
[室内へ降り立つと同時、男は口の銜を離す。]
…お嬢ちゃん
[年齢もそう遠く離れているとは見えない
――毒蛇めく仕草の彼女をそう呼んだ*。]
――砂塵の街・宿の窓辺――
おやん
ほんとうに随分とサービスがいいらしい
[膨らんだ衣服越しに触れられる脚は、
前日の浅い疵が心地よくひりつく。]
仕込んだオトコを褒めるべき…?
[灼熱抱く身に、女がいつまで
触れていられるかは知れず――
笑みの曖昧さを追求する野暮は犯さずに
…やがて身体の芯へ辿り着く手指に任せ]
ん
[絡みつく艶は、視線とも肉ともつかず。
香りばかりはクレオソート臭がかき消す。]
たとえばこういう殺し文句、
お嬢ちゃんも…使うんじゃないかい
[微笑みにかかる女の黒髪を片手に掴むと、
覗き込む己が面へ向けてくっと仰向かせ――]
[見上げさせる面持ちは、
笑みを薄うく広げていて]
…『 普通じゃ だめなの 』ってね
[尖らせた舌先に沿って どろぉ と
300℃超のコールタールが、娼婦の美貌へ
艶かしく迸る軌跡を――――*描いた*]
― 砂塵の街・宿の窓辺 ―
[――花もなく飾られていた花瓶が、倒れた。
零れた濁り水ほどのコールタールに塗れる女。
蹲る姿の何処が如何ほど灼かれたものか――]
居ない相手に、礼は言えないか…
[屈む男は、身の裡からの熱ゆえに頓着もなく、
最前まで蕩けた顔を晒していた娼婦を捕える。]
…で、
ホントは俺に 何の用?
[抵抗は如何ほどか、膝で押さえつけ跨る。
着飾る胸元を引き剥ぐと、零れる豊満――
手荒な扱いに揺れ、定まらないままの乳房。
その脇から、横薙ぎ
強かに平手を打ちつけた。]
* …痛い? *
― ビル街・屋上庭園 ―
[高層ビル街の一角に、上層階のみが
クラシックなレンガ造りの建物がある。
屋上には今も庭園が残るが、
年月に風化した煉瓦は脆く崩れやすく、
この場所へ至れる者は限られていた。]
…ッ ぎ、
[奇形化して歪な花を咲かせる木陰から、
今は押し殺す態の苦鳴が漏れ聞こえる。]
[ガリ、と馬銜噛む音は常より高い。]
く、ア…
[煤の混じったクレオソートの香りを
娼婦の部屋へ残してきた軽業師の身は、
胸板から脇腹まで衣服ごと爛れていた。]
…は っ…
[尨毛の木に凭れる軽業師は
砕けた煉瓦の粉を直接創部へ擦りつけ
至極大雑把にも――焼け爛れた組織ごと
「毒」をその身から削り落とした。]
熱さに鈍いのも、考えもの…
っ痛…
[布も巻きつけず疵は剥き出しのまま、
仰向いて額へ片手を乗せ息を整える。]
― 屋上庭園 ―
[声を聞いてみれば、ぎこちない羽ばたきの音も
足音も先立って聞こえた――ような気がした。]
…ああ…
[割りと助かる。相手をする気はないと言われて
そんなことを考え、額から緩慢に腕を下ろした。]
そうらしいね、
…祭壇じゃご機嫌そうだったのに
[翼持つ其の人の声の調子にか、
尨毛の幹から僅か後頭部を浮かせる。]
…
「目をつけられたんじゃないか」って
言った気がするんだけど、俺
[ストップモーション中の其の人にかける声は]
羽根、どうした?
[まだ脂汗も拭えぬ己の有体を横へ置いたもの*]
それも言っ…
いや 何でもない
[面倒な相手等言う翼人へ言いかけてやめる。
漸く気が到り、腕で汗を拭い帽子を被り直す]
異能者?
――――…祭壇に、ああ
目隠し、ね
[――己の目の高さへ残る白いラインに触れ]
…殺すんだ
…
[滲むどころでない激情を浮かべる其の人。
軽業師の男は、少し思案する間を置いて]
そこのぐらついてる羽根、
飛び回るに支障なく 固定してやれるけど
…お嬢ちゃん
ご自慢の羽根に シミをつける覚悟って
あるかな?
[そして、幾許かの時が流れた頃。
ベルンハードが姿を見せたとき、
撓み軋んでいた床は庭園ごと割れ
煉瓦造りの上階層は半ば崩落を始めていた――――]
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